時計の針が5時を過ぎた頃、美音はバイト先に向かった
高校の近くの喫茶店で、年季の入った建物が歴史を感じさせる
ここ最近、アルバイトが一人辞めた
学校が始まる前の勤務は辛いが新しいアルバイトが決まるまで開店準備から働いている
ちょうど店のシャッターを開けると健後が歩いてきた
「おはよう」
「おはよう」
「今日はいつものでいい」
「いつもので」
健後は美音の姉の彩菜(アヤナ)と付き合っていた
バイト先に彼氏を連れて来るからと言って、健後が来た時は驚いた
それから数か月後に別れたそうだ。なにが原因なのか分からないが、姉曰く高校生は子供であったらしい
大学生と高校生の恋愛は難しいのかと疑問に思う
美音は厨房に入ると袖をまくりはりきって朝食を作る
まだ蓮児のように料理は上手くないが、モーニングで出すオムレツは上手くなったと自負している
フライパンに卵を落とし掻き混ぜる
美音は顔を上げてカウンター席に座る健後と話をする
「そういえばなんでサッカー部に入部したんだっけ」
「なんだかんだ言ってなかったな」
「聞かせてよ」
「まぁ最初に言い出したのは俊の方なんだ」
「それで」
「俺は反対したよ
でも色々と行き詰ってただろ」
「懐かしいね」
「そもそもジャズなんてマイナーな音楽になりつつある
もっと真新しい何かがなければ誰も聴いてくれない」
「それがジャズとメタルの融合」
「そう」
「でもわざわざ抜ける必要はなかったんじゃない」
「自分が存在する理由が分からなくなっちまったからだよ」
美音は健後がバンドを抜けると言った日を思い出した
久し振りに練習に顔を出したと思えば大事な話があると続けた
「もうこれ以上続けられない
俺はバンドを抜ける」
それはこの世で一番残酷な言葉であった
「私はさ失望されたと思った」
「失望はたよ。自分自身に
俺はなにも導けなかった
俊や奏みたいに」
「絶対的なリーダーなんていらない
自分達が膝付き合わせて納得のいく音楽をやればいい」
「そうかもな」
美音は健後の前にモーニングセットを置く
健後はそれをぺろりと平らげると、代金を支払い忙しなく練習場所へ向かった
美音は食器を片付けながら呟く
「たまには部活に顔を出してよ」
※
球技大会当日、サッカーの決勝戦は俊と健後のクラスであった
通常のサッカーと異なり15分の戦いを2回することになる
5分間のハーフタイムで選手は総入れ替えになる
どちらの組も作戦は同じだ。経験者を後半に回す。図らずとも俊と健後は戦うことになる
前半は0対0で終わり、このまま引き分けならPK戦となる
試合開始のホイッスルが鳴り、俊のクラスが攻撃を始めた
「俊パス」
遠くから飛んでくるボールを俊はスムーズに前へ運ぶ
すぐに健後がボールを奪おうと駆け寄っていく
徐々に徐々に左側のサイドラインに近付く
俊の周りに人が集まり、代わりにゴール前に小さな空間が出来る
「よし」
俊はフェイントを交えゴール前に走って来る生徒にボールを蹴る
しかし、相手は立ち止まるとあらぬ方向を向いた
蹴ったボールはまんまと相手チームに奪われてしまう
「なんでだよ」
「悪ぃー」
俊はすぐにボールに近付き相手選手をブロックをする
ボールは取り返せたが健後が肩をぶつけてくる
刹那、俊は誰に蹴るか考え、視界を遠くへ向けると――
遠くに奏が見えた
前に進むのならどうか忘れて欲しい
そう思っているはずなのに心から口へ飛び出した言葉は奏を求めていた
「渡すものかよ」
俊は強引に前へ進む。健後はせめてファウルでもと俊のゼッケンを引っ張る
審判の生徒はすぐに笛を鳴らす
「ファウル」
俊はそれでも前へ歩き、もつれるように二人は倒れる
絡み合った足はほどけず、強引に引っ張ったせいで嫌な音を立てる
立ち上がろうとも地面を踏む感覚がなくすぐに倒れる
健後も同じで手をついて起き上るもすぐにどでんと倒れた
「救護担架――」
生徒達の戸惑いの声が聞こえる
「俺今クソだせー」
「コケて骨折とかマジはずい」
健後は俊を見る
「俺あれから考えたんだけどさ
逃げてばっかでいつも自分に都合のいい居場所を探してた」
「いいんじゃねぇの
だいたいそういう奴ばっかじゃん」
「俺もうやめたそういうのやめた
ちゃんと戦うよ」
健後はゆっくりと起き上がり、俊に握手を求める
「もう一度俺と信頼する仲間にならないか」
俊は健後と握手をする
「最初から信頼しているよ」
試合は0対1で俊のクラスが勝った
そんなことどうでもいいぐらいにその日は空が青く、飛行機雲が真っ直ぐに浮かんでいた
※
奏は停学明けにサッカー部の練習場所へ向かった
初日から授業を受けるのも空気に耐えられない
それに俊の事が気がかりだ
今一番に会いたいと思っていた
俊は奏に気が付いてコーチに声を掛ける
「すいません
ちょっとへばって」
「暑いからな
10分だけだぞ」
「あざす」
俊は奏を手招きする
奏は俊の後に続き、グラウンドから見えない場所へ移動する
「どうした」
「バンドよりサッカーがいいの」
「バンドがいいに決まってんだろ」
「じゃあなんで」
「お別れを言わないといけないから」
奏ははっとなる
「頭の中の」
「そう俺が王子様
自分で言って照れるな」
奏は頭を下げる
「ごめん
俊君だって知らなくて」
「いいよ」
俊は奏の頭を撫でる
「寂しい思いさせて悪かったな」
「今も寂しい」
「ごめん本当に
上手くいくと思ってた」
「言葉にしてくれないと気が付かないでしょ」
「そうだよね」
奏は顔を上げる
「やっぱり駄目なの」
「前に進もう」
俊は奏の顎に触れると静かに口付けをした
奏は過去を思い出し胸に温かいものが溢れる
「奏のことが好きだった」
「私も俊君のことが好きだった」
俊は優しく微笑む
「歩こうか」
「・・・うん」
俊はゆっくりと前へ歩き出す
これからも学校で会えるのに、奏は俊の背中を名残惜しそうに見る
俊は左腕を上げ、人差し指を立てる
「俺達がナンバーワン」
奏は泣き笑いをする
※
レクリエーション室では奏の復帰を祝う準備が進められていた
高校の近くの喫茶店で、年季の入った建物が歴史を感じさせる
ここ最近、アルバイトが一人辞めた
学校が始まる前の勤務は辛いが新しいアルバイトが決まるまで開店準備から働いている
ちょうど店のシャッターを開けると健後が歩いてきた
「おはよう」
「おはよう」
「今日はいつものでいい」
「いつもので」
健後は美音の姉の彩菜(アヤナ)と付き合っていた
バイト先に彼氏を連れて来るからと言って、健後が来た時は驚いた
それから数か月後に別れたそうだ。なにが原因なのか分からないが、姉曰く高校生は子供であったらしい
大学生と高校生の恋愛は難しいのかと疑問に思う
美音は厨房に入ると袖をまくりはりきって朝食を作る
まだ蓮児のように料理は上手くないが、モーニングで出すオムレツは上手くなったと自負している
フライパンに卵を落とし掻き混ぜる
美音は顔を上げてカウンター席に座る健後と話をする
「そういえばなんでサッカー部に入部したんだっけ」
「なんだかんだ言ってなかったな」
「聞かせてよ」
「まぁ最初に言い出したのは俊の方なんだ」
「それで」
「俺は反対したよ
でも色々と行き詰ってただろ」
「懐かしいね」
「そもそもジャズなんてマイナーな音楽になりつつある
もっと真新しい何かがなければ誰も聴いてくれない」
「それがジャズとメタルの融合」
「そう」
「でもわざわざ抜ける必要はなかったんじゃない」
「自分が存在する理由が分からなくなっちまったからだよ」
美音は健後がバンドを抜けると言った日を思い出した
久し振りに練習に顔を出したと思えば大事な話があると続けた
「もうこれ以上続けられない
俺はバンドを抜ける」
それはこの世で一番残酷な言葉であった
「私はさ失望されたと思った」
「失望はたよ。自分自身に
俺はなにも導けなかった
俊や奏みたいに」
「絶対的なリーダーなんていらない
自分達が膝付き合わせて納得のいく音楽をやればいい」
「そうかもな」
美音は健後の前にモーニングセットを置く
健後はそれをぺろりと平らげると、代金を支払い忙しなく練習場所へ向かった
美音は食器を片付けながら呟く
「たまには部活に顔を出してよ」
※
球技大会当日、サッカーの決勝戦は俊と健後のクラスであった
通常のサッカーと異なり15分の戦いを2回することになる
5分間のハーフタイムで選手は総入れ替えになる
どちらの組も作戦は同じだ。経験者を後半に回す。図らずとも俊と健後は戦うことになる
前半は0対0で終わり、このまま引き分けならPK戦となる
試合開始のホイッスルが鳴り、俊のクラスが攻撃を始めた
「俊パス」
遠くから飛んでくるボールを俊はスムーズに前へ運ぶ
すぐに健後がボールを奪おうと駆け寄っていく
徐々に徐々に左側のサイドラインに近付く
俊の周りに人が集まり、代わりにゴール前に小さな空間が出来る
「よし」
俊はフェイントを交えゴール前に走って来る生徒にボールを蹴る
しかし、相手は立ち止まるとあらぬ方向を向いた
蹴ったボールはまんまと相手チームに奪われてしまう
「なんでだよ」
「悪ぃー」
俊はすぐにボールに近付き相手選手をブロックをする
ボールは取り返せたが健後が肩をぶつけてくる
刹那、俊は誰に蹴るか考え、視界を遠くへ向けると――
遠くに奏が見えた
前に進むのならどうか忘れて欲しい
そう思っているはずなのに心から口へ飛び出した言葉は奏を求めていた
「渡すものかよ」
俊は強引に前へ進む。健後はせめてファウルでもと俊のゼッケンを引っ張る
審判の生徒はすぐに笛を鳴らす
「ファウル」
俊はそれでも前へ歩き、もつれるように二人は倒れる
絡み合った足はほどけず、強引に引っ張ったせいで嫌な音を立てる
立ち上がろうとも地面を踏む感覚がなくすぐに倒れる
健後も同じで手をついて起き上るもすぐにどでんと倒れた
「救護担架――」
生徒達の戸惑いの声が聞こえる
「俺今クソだせー」
「コケて骨折とかマジはずい」
健後は俊を見る
「俺あれから考えたんだけどさ
逃げてばっかでいつも自分に都合のいい居場所を探してた」
「いいんじゃねぇの
だいたいそういう奴ばっかじゃん」
「俺もうやめたそういうのやめた
ちゃんと戦うよ」
健後はゆっくりと起き上がり、俊に握手を求める
「もう一度俺と信頼する仲間にならないか」
俊は健後と握手をする
「最初から信頼しているよ」
試合は0対1で俊のクラスが勝った
そんなことどうでもいいぐらいにその日は空が青く、飛行機雲が真っ直ぐに浮かんでいた
※
奏は停学明けにサッカー部の練習場所へ向かった
初日から授業を受けるのも空気に耐えられない
それに俊の事が気がかりだ
今一番に会いたいと思っていた
俊は奏に気が付いてコーチに声を掛ける
「すいません
ちょっとへばって」
「暑いからな
10分だけだぞ」
「あざす」
俊は奏を手招きする
奏は俊の後に続き、グラウンドから見えない場所へ移動する
「どうした」
「バンドよりサッカーがいいの」
「バンドがいいに決まってんだろ」
「じゃあなんで」
「お別れを言わないといけないから」
奏ははっとなる
「頭の中の」
「そう俺が王子様
自分で言って照れるな」
奏は頭を下げる
「ごめん
俊君だって知らなくて」
「いいよ」
俊は奏の頭を撫でる
「寂しい思いさせて悪かったな」
「今も寂しい」
「ごめん本当に
上手くいくと思ってた」
「言葉にしてくれないと気が付かないでしょ」
「そうだよね」
奏は顔を上げる
「やっぱり駄目なの」
「前に進もう」
俊は奏の顎に触れると静かに口付けをした
奏は過去を思い出し胸に温かいものが溢れる
「奏のことが好きだった」
「私も俊君のことが好きだった」
俊は優しく微笑む
「歩こうか」
「・・・うん」
俊はゆっくりと前へ歩き出す
これからも学校で会えるのに、奏は俊の背中を名残惜しそうに見る
俊は左腕を上げ、人差し指を立てる
「俺達がナンバーワン」
奏は泣き笑いをする
※
レクリエーション室では奏の復帰を祝う準備が進められていた