健後はとりあえずコーヒーでも買って落ち着こうとした
汽車のある公園に行き、ベンチに座る
缶のプルタブを捻り口にする
遠くの方に俊が、マーカーを置いて練習しているのが見える
中学時代、土・日の練習場所はここであった
練習が終わると、部員達はこの公園で自主練習に励んでいた

「よぉ健後」

どこに目が付いているのだろうか
全くこちらに顔を向けず声を掛ける
健後は立ち上がり健後に近付く

「なんで練習をしているんだ」
「球技大会近いだろ」
「そこまでガチになるかよ」
「お前は何の種目にした」
「サッカー」
「そうか
 ならまた戦えるな」

俊はボールを掬い上げると高く蹴り上げた
健後は飛び跳ねてボールを落とす

「あぶねーだろ」
「大丈夫
 お前ならこの高さ余裕」
「ふざけんなっ」

健後と俊はパスを出し合う

「丁度健後と話したかったんだ」
「奏と旅行した事か」
「土産話もついでに聞きたいとこだが
 今は相談したい事があってな」
「相談?」
「サッカー部に入部しないか」

健後の足が止まる

「今なんて」
「サッカー部に入部しないか」

健後は拳を握り震わす

「どうして今更」
「駄目か
 俺とお前じゃ相性もいい」
「中学の時と同じじゃねぇか」
「なにが」
「お前がいつも勝手に先陣切って
 俺達を仕切る」
「戦略的に妥当な判断だ」
「なにも信用してくれてないじゃないか」
「そんなつもりじゃ」
「だったらなんだよ
 お前に合わせるためにどれだけ背伸びして苦しんだと思うんだよ
 いいよな才能があるから。自分が出来ることは皆が出来るんだろう」
「悪い」
「消えてくれよ…」

健後は俊の胸倉を掴む

「やっと自分の居場所を見つけたのに
 お前のせいで全部滅茶苦茶だ」

健後は傷付いた表情でその場を立ち去る
俊は健後の背中に向かって言う

「俺の我儘なのは承知だ
 だけど奏を音楽で苦しめたくないんだ」

だったらバンドを続けろよと、健後は内心思う



健後が家に帰ると玄関の前で父親が待ち構えていた

「なんだ親父も帰っていたのか」
「母さんから電話があってな」
「今はどうしている」
「薬を飲んで眠っている」
「わかった
 ごめん親父」
「子供の迷惑は親の幸福だ
 それより外で少し話さないか」
「うん」

健後と父親は並んで歩く
家の周りは夏の緑色に染まっていた

「健一が死んだあと次の子供を産もうと色々と試したんだ
 不妊治療もした
 だが子供を授かることはなかった」

目の前にベビーカーを引いた母親が、小学生くらいの息子と歩いている

「なんでゲーム課金しちゃダメなんだよ」

少年は悪態をつく
母親はなだめる

「もうお兄ちゃんなんだからお手本にならないと」
「嫌だ
 今まで欲しいものをなんでも買ってくれたじゃん」

父親は遠い目をする

「幸せを分け与えるのが家族か」

父親は健後に悲しい目を向ける

「ある時から母さんは子供を求めなくなった
 健後に冷たくしていたからな
 やっと子育てに向き合ってくれるのかと安心したよ」
「だけど違かった」
「そうだ
 健一がいると言い始めたんだ」

父親は申し訳なさそうな表情をする

「本当に悪かったな
 健後一人に背負わせて
 これからは父さん向き合うよ家族の事に」

父親はアナウンサーを辞める決心をしたらしい
しかし、会社は認めず、報道部を取りまとめる仕事を与えた
それからレギュラー番組を次々と降板し、以前よりも家にいることが多くなった
母親も健一の死を理解するようになったのか
ある時、日記に「健一は死にました」と書いた
以来、健後を健一と比較することはなくなった



長い夜が明け健後はベッドの上で目が覚める
記憶を辿っていても覚えがない
ラインのやり取りの後、いつの間にか部屋に戻り眠っていたそうだ
時計は午前4時30分を指している
健後は滝のような汗に限界が来てシャワーを浴びる
制服に袖を通し手早く支度を済ませると朝練習に向かった