翌朝、朝食のバイキングの時間になり、奏が起こして来る
1階のカフェで健後と奏は食事をする
カフェは一般客と宿泊客を分けていて、境界線の向こう側ではビジネスマンが険しい顔でパソコンと睨み合っている
健後はカレーライスとオレンジジュースを取り、先に着く
奏はコーヒーと大量のケーキを持って来た

「それ朝から食べるのかよ」
「だって単品500円以上のケーキだよ
 朝食代2,000円なら最低4個は食べなきゃ」
「すげーな」

健後と奏は黙々と食事をする

「ごちそうさま」

健後はコーヒーを取りに席を立つ

「ねぇクロワッサン焼いて」
「はーい」

先にクロワッサンをトースターで焼いて、コーヒーを淹れる
もしも、奏と付き合ったら、こんな風な生活があるのだろうか
高校を卒業して、一人暮らしを始めて、たまにお互いの家に遊びに行く
いや、きっとないな
健後は微かに笑う
トースターが鳴り、クロワッサンを取り出す
テーブルにそれを持って行くと奏は4個目のケーキを口にしていた

「なににやついてんの」
「いや可愛いと思って」

奏は不意を食らったように頬を赤らめる

「苺のジャムは」
「言われてない」
「早く持ってきて」
「はいはい」

健後は苺のジャムを取りに行く




午後10時にチェックアウトを済ませ、佐世保駅へ向かう
昨日の遊園地もそうだが、ここも中々に異国情緒が漂う
日本の田舎町と妙にアンバランスな組み合わせがクセになる
健後と奏は改札を通り列車に乗る
帰りは博多駅行の特急と大分駅行の特急を乗り継いで帰る
所要時間はさほど大きく変わらないが、海岸線をなぞるように大きく弧を描くルートだ

「奏ってやっぱ長崎と関係あるの」

長崎には諫早という町がある

「苗字が同じだけ
 ずっと大分、親戚も皆同じ」
「そうなんだ」
「長崎に来るのも初めて」
「へぇ
 俺もそうなんだ」
「カステラ買って帰ればよかった」
「お土産なんも買ってねぇ」

奏は目を瞑り、顔を下にする

「着いたら起こして」
「うっす」



予定通り、列車は大分駅に着いた
奏は在来線に乗り換えなければならないらしい

「健後君
 これお土産」

奏はサボテンのキーホルダーを渡した

「人にあげてもいい」
「気にしない」
「サンキュー」

健後はキーホルダーを鞄に仕舞う

「それじゃあ明日学校で」
「じゃあな」

健後と奏はホームで別れる



健後が家に帰ると母親は出掛けていた
健後は仏間で手を合わせキーホルダーを置く
と、ここで、母親が帰宅する

「ただいま」

穏やかな口調が一変し、鋭い声を出す

「ちょっと健後なにをしとったの」
「だから昨日も言ったろ旅行だって」
「人の金を盗って旅行だって
 いいご身分だね」
「それはごめん」

母親は健後の頬を叩く

「健一ならそうしなかった
 なしてあんたはそんなことをするの」

健後の平穏を取り戻した心の海に波が立つ

「健一は死んだんだ」

母親は恐怖に怯えるような顔をする

「なんでひどい事を言うの?」
「もう何年も前に死んだんだろ
 なあ母さんはなにと比べとる
 健一はおらんのにいっつもいっつも」
「違うって」
「なにが違う」

健後は香炉を手に取ると床に叩き付けた
砂と灰が畳の上に飛び散る

「いい加減やめにしようぜ」

健後はむせび泣く母親を置いて家を出る