行き先は長崎のテーマパークにした
当然、チケットも宿泊に掛かるお金も、交通費もなかった
母親には内緒でATMからお金を引き出す
お金を封筒に入れるとなぜか罪悪感が込み上げていた
母親に部活の合宿を言い忘れていたと嘘をでっち上げ、旅行の日を迎えた
大分駅で奏と落ち合う

「おはよう
 今日どこへ行くの」

奏には肝心の行き先を告げていなかった

「長崎のツツジパーク」
「結構遠いね」

健後は断られるかと一瞬身構える

「なにしているの
 電車?バス?飛行機?」
「バス」

健後は奏をバス乗り場に案内する
大分駅から高速バスを使って長崎県に入る。そこから鉄道を乗り継いでテーマパークへ着く
集合時間を午前10時にしたので、到着する頃には午後2時になる
健後は道中奏とは喋らなかった
やっとテーマパークに入園して健後と奏は会話をした
奏は洋風な建築物に興味津々なようだ

「ねぇここ外国みたい
 ほらあそこ
 教会かな。サン=ピエール教会みたいな」

健後は奏に手を引かれ園内を見て回る
てっきり洋風建築を見て楽しむだけの施設かと思ったが、しっかりアトラクションはあるらしい
メリーゴーランドにコーヒーカップ、ジェットコースターとベターな乗り物を楽しみお化け屋敷に辿り着いた
立派なお屋敷がずんと待ち構える
お化け屋敷に入ると受付で係員からVRゴーグルを手渡された
ここは孤児院でかくれんぼで見つからない女の子を探し出すというものだ
1階から3階まであり、特定の物を見るとストーリーに進展があり、結末が分岐する
8通りのエンディングが用意されており、何回も訪れ楽しむことが出来る
最初は長い映像から始まった
なにかのゲームとコラボしているらしい
きな臭い企業のCM映像が流れ、次にテロで朽ち果てた街並みが現れる
そして、タイトルロゴが出ると、広間に場所が移り、初老の男性から迷子の少女を探し出して欲しいと言われる
ここでやっと動けるようになる
「前に進んでください」とテロップに従い扉を開ける
後ろを振り向くと奏がいた
どうやらリアルタイムの映像に視覚効果が組み合わせているらしい
長い廊下を進む

「なにも起きないね」
「奥に行ったらなにかあるんじゃない」
「そうかも」

廊下の途中には扉があったが鍵が掛かっていた
最奥に到達し、「医務室」と書かれた部屋を覗く
すると、顔面に包帯が巻かれ血塗られたナースがこちらに気が付き、急接近をする
奏はノリよく悲鳴を上げ来た道をUターンする
健後も続く
鍵の掛かっていた部屋が1室開き、逃げ込む
どうやらこのお化け屋敷はアクティブらしい
捕まらず逃げつつ、謎を解き、物語を進行するようだ
ここで急にタイマーが現れ、5分以内に鍵を見つけるよう指示が現れる

「私一番奥から探すから」
「わかった」

室内は暗く恐怖と緊張に染まる
ゴーグルのカメラが反応するとアイテムが自動で入手になるそうだ
コントローラを渡されていないのでそれをじっくりと見る術はない
となると、この部屋になにか隠されている
辺りには重厚感のある造りの机や棚が。応接室のようだ
と、ここで、机が不自然に明るいことに気が付いた
アルファベットが書かれた積み木
触れてみると机に固定してあるらしく掴むことが出来ない
もう一度、周囲をよく観察してみる
部屋を囲うように大量のぬいぐるみがこちらを見ている

「あっ!!」

思わず後ずさりをして大きな物音を立ててしまう
ジャラジャラと鎖を引き摺る音が聞こえる
慌ててロッカーの中に隠れ、ランタンを持ったハンターが通り過ぎるのを待つ
慎重に扉を開け、ぬいぐるみをじっくりと観察する
不自然に逆さまになったぬいぐるみ、右足にはアルファベットの刺繍
5個見つけ、合わせると「Clock」となる

「奏、奏」
「なに」
「ぬいぐるみ
 そっちに逆さになったのない」
「ちょっと待って・・・あった
 L,B,L,E」
「そうか答えはBell
 鐘の鳴る時計、振り子時計はない」
「あった」

瞬間、けたたましいサイレンが鳴る
次のエリアが解放されたらしい
健後は奏の腕を引っ張る

「隠れても見つかるだけだ」
 走ろう」
「うん」

その選択は正解だったらしい
廊下に転がり込むとハンターは追って来なかった
次の部屋に進む
1階はどれも謎解きがメインで、2階へと続く階段を探すというものだ
2階も仕掛けの面では1階と大差はなかった
しかし、孤児院の子供達が人体実験に使われているなど、物語に大きな進展があった
少女と出会うと、彼女を突き出し真相を闇に葬り去るか、それとも先に孤児院の外へ逃がすか選択が現れる
健後はもう充分楽しめたと前者を選びたかったが、奏は後者を選ぶ気でいた
健後は奏の意見に合わせる
最後のエリアは研究所で、15分以内になるべく多くの証拠を入手をすることであった
これまでと段違いに不気味な見た目なクリーチャーや幽霊がうようよと現れる
死角がないように配置されており、二人は上手く相手の背後にくっつき探索をする
まさかここでサッカーで鍛え上げられた能力が活かされるとは
健後は楽々人を縫うように逃げ証拠集めをする
奏はどうにか苦戦しながらも進んでいるらしい

「ああもうなんでこんなに人がいるの」

たしかにサッカーの試合でもここまでの猛攻を受けたことがない
息切れしそうなくらい駆け回り、背中に汗が滲んだら時間となる
ホラーゲームなら定番のアナウンスが流れる

「自爆装置が起動しました。5分後に爆破します」

わざとらしく照明が明滅を繰り返し、エレベーターに誘導される
1階に降りると、映像が流れ始めた
孤児院には特殊部隊が突入すると爆発する
少女は無事に逃げられたのか
一人の屈強な男が少女を抱えて歩いてくる

「君達の勇敢な行動に感謝をする
 さぁゴーグルを外すんだ」

言われた通りゴーグルを外すと、真っ白な空間が広がった
スピーカーから音声が流れる

「これはゲームだ
 君達の日常ではない」

裏のストーリーでは、主人公は研究所で洗脳されていた
孤児院の捜索の中で洗脳が解け、その後、精神病院に入院する
時折、フラッシュバックに悩まされ、こうして過去を体験するセラピーを受け、トラウマを克服するのであった
ドアが開き係員が現れVRゴーグルを回収する
外に出ると気持ちの良い風が吹く

「これがお化け屋敷か…」

奏はなにやらスマホを見ている

「私原作ゲームプレイしようかな」

途中でリタイアしなくてよかった
健後は興奮冷めやらぬといった具合だ

「疲れたけどめっちゃ面白いね
 俺絶対ゲームやる」
「なんかね最後に出て来た兵士が4作目までの主人公らしい」
「へぇサプライズ登場みたいな」
「そうそう
 ネタバレ言っていい?」
「ああいいよ」
「5は彼に成りすました兵士が主人公なんだって
 プレイヤーすらも騙し最悪の鬱ゲーと評されていると」
「あぁ最悪の結末になっちゃうわけか」
「そう。世界中でテロが起き壊滅状態に
 で、さっき助けた少女が大人になって登場するのが6から10」
「なるほどな」
「前文明的な世界で土地を奪い合い国を築いていく
 自然の生き物、テロで生まれた怪物、そして夜限定で幽霊まで
 サバイバルアクションのホラーゲームなんだって」
「聞くと全部やりたいな」

健後と奏は歩き出す。夕食時だからかあちこちでいい匂いが漂ってくる
思えば、園内で一度も食事をしていない

「食事にしようか」
「賛成」

二人は手近にあるレストランに入店した



レストランのメニューはファミレスにあるようなものであった
値段だけは強気で、ドリンクだけでも最低800円、料理は1,500円からであった
健後はハンバーグセットを頼み、奏はオムハヤシを頼む
ほどなくして料理が運ばれてくる
ハンバーグをナイフで切ると肉汁があふれ出す
大きく切った肉を口に入れるが、高いと思った自分を恥じたいほど、満足な味が広がった
チェーン店のハンバーガーみたいにパサついてはいなく、あえて食感を残したタマネギが癖になる
空腹が満たされれば、自然と会話を弾む
学校ではじっくりと話をしたことがなかったため、ここぞとばかり、趣味の話、好きな芸能人の話、音楽の話をした

「鶴美部長とは昔からの知り合い」
「違うよ
 音楽フェスでライブを観てそれからのファン」
「なるほど」
「でも私もよく分からないんだよね」
「なにが」
「副部長に選ばれたの」
「仲がいいからだろ」
「まさか
 私面倒ごとは嫌いだし
 それは鶴美部長も承知の上」
「信頼されている証だろ」
「かもね」

ごちそうさまと席を立つ
会計は健後が払うことにした



ディナーを終え、最後に観覧車に乗った
白色のゴンドラに乗り込み向かい合うように座る
上空から見える景色は宝石のように輝いていた
健後は今日これだけは聞いておきたい質問をした

「奏はさ俊のことどう思う」
「それは頼りになる人
 ドラムがいないとバンド成り立たないし」
「そういうんじゃなくて恋愛の話」

奏はこめかみを指差す

「私の頭の中には王子様がいるんだ
 ずっと探しても見つからない王子様」
「それって」
「幼稚園の頃に近くにいたの
 でもアルバムを見返してもそんな子はいない
 私の空想が生み出した理想の人」
「もしも会えたら付き合う?」
「たぶん終わらせるともう」
「どうして」
「大人にならないといけないから」