八子が帰宅すると、午後5時を過ぎていた
朝と変わらぬ鬱蒼とした景色にうんざりしながら、家の中に入った

「ただいま」
「おかえりなさい」

リビングでは、母親が静かにテレビを見ている
八子は台所に行き、お薬カレンダーを見る
きちんと薬は減っていた
八子は自室に行き荷物置くと、洗面所で手洗いをして、夕食の支度に取り掛かった
基本的に、朝食と夕食、そして自分が食べる昼食は用意している
母親の昼食は冷凍のお弁当である
毎週日曜日の夜に一週間分が送り届けられる
八子は冷蔵庫を開け、野菜室からミニカボチャを取り出す
戸棚から蒸し器を取り出し、ミニカボチャを蒸す
その間、冷蔵庫から料理酒の染み込んだ鶏むね肉とカット野菜を用意する
フライパンを火に掛け、サラダ油、鶏むね肉、カット野菜と入れ、炒める
途中、あらかじめ予約していた炊飯器が鳴り、すぐに電源を切る
炊飯器の蓋を開けたままにして、火傷がしないように冷ます
香ばしいお米の香りとジューシーな肉の薫りが台所に立ち込める
炒め物を醤油と生姜で味を付けたら皿に盛り付ける
冷蔵庫を開け、豆腐を取り出し、水気を切ったら小皿にのせる
蒸し器がチンと音を鳴らし、カボチャをなんとかまな板の上にのせ、包丁で半分に切り種を取る
カボチャを豆腐の上にのせスプーンでよく掻き混ぜて、ドレッシングを掛ける
最後に茶碗にごはんを盛り付け、テーブルに全ての皿を運んだら、夕食の準備が完了だ
八子は冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注ぎ、母親と自分の前に置いた

「お母さん夕食出来たよ」
「ありがとうねはっちゃん」



母親との食事は無言のまま終わった
授業もまだ始まっていないので、夜は勉強せずギターを練習することにした
八子はギターを持って向かいの部屋に入る
そこは昔、祖父が若い頃、趣味で作った部屋だ
左側の壁には重厚感のある本棚が、専門書がぎゅうぎゅうに押し込まれている
ビジネスや法律、科学など、ジャンルは多種多様である
右側の壁にはモデル・ガンが掛けられている
祖父の好きなクリストン・イーストウッド
彼の出演する西部劇に登場する銃だ
部屋の奥に進み、レコードプレイヤーの前で立ち止まる
近くの机にORANGE製のアンプを置いてコンセントに繋ぐ
ギターをアンプと繋ぎ、立ったまま音を鳴らす
セミアコの滑らかで温かみのある音が部屋に響く
防音室のため、音が外に漏れる心配がない
八子はクリーム色の空気に包まれながら日付が変わるまで弾き続けた