6月のライブが終ると黒紅梅に好意を持つ生徒は増えていった
健後は俊を取り囲む女子生徒を見ると、嫉妬を通り越して呆れた
優等生キャラがライブで荒々しくドラムを叩く姿に惚れたのだろうか
本当は優等生でもなく、二日酔いで学校を休むやさぐれなのに
部活では9月のライブの準備が始まった
もうコピーは許されない
オリジナルで勝負しないといけない
一年生にとって最大の山場となる
だが、ブルートレインは1曲も案が出なかった。黒紅梅の圧倒的なパフォーマンスにもはや全てを削り取られたようだ
どうすれば、黒紅梅を超えられるのだろうか
ブルー・トレインと黒紅梅は、静と動だ
激しさを前面に押し出せばそれはジャズの持つ横ノリが失われてしまう
静と動を嚙み合わせた曲を作るためにはどうしたらよいのか
バンドを結成したばかりの頃はこういう音楽をやりたいと毎日議論を繰り返していたのに
急に記憶を失ったのように、バンドで集まっても誰一人口も手も足も動かさなくなった
延々と時間だけを浪費する空間に健後はいてもたってもいられず、ある日の練習でこう呟いた
「おもんな」
それから健後は練習を無断でサボり始めた
※
健後には双子の兄がいた
産後わずか10分で息を引き取った
両親は健一と名付けようとしたらしい
なにか悪いことをすれば口癖のように「健一ならそうしない」と言って叱った
「健一はもういない」と口答えすれば母親は半狂乱になり膝にすがりつき「お願い健一みたいになって」と言う
大事な試合や試験がある日の朝には、母親は玄関で「健一の分まで頑張って」と送り出す
歳を重ねるごとに自分の名前が呪いになっていく
「うるせぇよ」
そう言えたらいい。だがそう言えるものを持っていない
負け犬の遠吠えみたいに吠えたくない
何か武器があれば――
ある日の午後、昼休みからサボってゲームセンターで格闘ゲームに没頭していた
健後の操作するキャラクターはバグに捕まって操作不能になる
動かないキャラクターをNPCは何度も殴りゲームオーバーに
「ああクソッ」
健後は思わず台を強く叩く
ゲーム画面はスタート画面に戻り、誰かの戦績がスタッフクレジットのように流れる
自分は死ぬまでになにかを残せるのだろうか。健後は焦燥と孤独を感じた
再び、オープニングに戻る
武器を持った男達が勇猛に戦うアニメーションだ
「人を殺せば唯一無二の存在になれるかな」
頭の中が邪悪な考えで染まる
健後は立ち上がると店を後にしてホームセンターへ足を運んだ
キッチン用品にあった包丁をレジに持って行く
店員は紙を差し出した
「名前と電話番号をお願いします」
健後が制服を着ていたからか。店員は付け加える
「可能でしたら学校名も教えてもらっていいですか」
一瞬、自分が逮捕された時のことを思い浮かべる
周りの憐れむ声がパトカーのサイレンみたいに聞こえる
「ああもういいよ、健一でも健後でも」
店員は怪訝な顔をする
「えっ」
「キャンセルで」
健後は紙に書きかけた名前を二重線で消す
※
健後は思案に暮れて気付いてもいなかったが店の外は夜になっていた
大分駅に向かって歩き出すと奏が前から歩いてきた
素通りしようとしたその時、
「今日も練習サボり?」
「ああ」
「次の練習で自分がカッコいいと思う演奏をするんだって
それを繋ぎ合わせて曲にするって」
「なんでそれを言う」
「一応副部長なんで」
そういえばと、健後は俊が奏に好意を抱いているのを思い出した
「奏にとって俊は一番なのか」
「何その質問」
健後と俊は振り返りお互いの目を見る
「恋愛として」
「別に一番じゃない。好きだけど」
「じゃあ次の土曜日俺と泊りで旅行しよう」
奏は即答する
「いいけど」
再び、健後と奏は背を向けると歩き出した
健後は俊を取り囲む女子生徒を見ると、嫉妬を通り越して呆れた
優等生キャラがライブで荒々しくドラムを叩く姿に惚れたのだろうか
本当は優等生でもなく、二日酔いで学校を休むやさぐれなのに
部活では9月のライブの準備が始まった
もうコピーは許されない
オリジナルで勝負しないといけない
一年生にとって最大の山場となる
だが、ブルートレインは1曲も案が出なかった。黒紅梅の圧倒的なパフォーマンスにもはや全てを削り取られたようだ
どうすれば、黒紅梅を超えられるのだろうか
ブルー・トレインと黒紅梅は、静と動だ
激しさを前面に押し出せばそれはジャズの持つ横ノリが失われてしまう
静と動を嚙み合わせた曲を作るためにはどうしたらよいのか
バンドを結成したばかりの頃はこういう音楽をやりたいと毎日議論を繰り返していたのに
急に記憶を失ったのように、バンドで集まっても誰一人口も手も足も動かさなくなった
延々と時間だけを浪費する空間に健後はいてもたってもいられず、ある日の練習でこう呟いた
「おもんな」
それから健後は練習を無断でサボり始めた
※
健後には双子の兄がいた
産後わずか10分で息を引き取った
両親は健一と名付けようとしたらしい
なにか悪いことをすれば口癖のように「健一ならそうしない」と言って叱った
「健一はもういない」と口答えすれば母親は半狂乱になり膝にすがりつき「お願い健一みたいになって」と言う
大事な試合や試験がある日の朝には、母親は玄関で「健一の分まで頑張って」と送り出す
歳を重ねるごとに自分の名前が呪いになっていく
「うるせぇよ」
そう言えたらいい。だがそう言えるものを持っていない
負け犬の遠吠えみたいに吠えたくない
何か武器があれば――
ある日の午後、昼休みからサボってゲームセンターで格闘ゲームに没頭していた
健後の操作するキャラクターはバグに捕まって操作不能になる
動かないキャラクターをNPCは何度も殴りゲームオーバーに
「ああクソッ」
健後は思わず台を強く叩く
ゲーム画面はスタート画面に戻り、誰かの戦績がスタッフクレジットのように流れる
自分は死ぬまでになにかを残せるのだろうか。健後は焦燥と孤独を感じた
再び、オープニングに戻る
武器を持った男達が勇猛に戦うアニメーションだ
「人を殺せば唯一無二の存在になれるかな」
頭の中が邪悪な考えで染まる
健後は立ち上がると店を後にしてホームセンターへ足を運んだ
キッチン用品にあった包丁をレジに持って行く
店員は紙を差し出した
「名前と電話番号をお願いします」
健後が制服を着ていたからか。店員は付け加える
「可能でしたら学校名も教えてもらっていいですか」
一瞬、自分が逮捕された時のことを思い浮かべる
周りの憐れむ声がパトカーのサイレンみたいに聞こえる
「ああもういいよ、健一でも健後でも」
店員は怪訝な顔をする
「えっ」
「キャンセルで」
健後は紙に書きかけた名前を二重線で消す
※
健後は思案に暮れて気付いてもいなかったが店の外は夜になっていた
大分駅に向かって歩き出すと奏が前から歩いてきた
素通りしようとしたその時、
「今日も練習サボり?」
「ああ」
「次の練習で自分がカッコいいと思う演奏をするんだって
それを繋ぎ合わせて曲にするって」
「なんでそれを言う」
「一応副部長なんで」
そういえばと、健後は俊が奏に好意を抱いているのを思い出した
「奏にとって俊は一番なのか」
「何その質問」
健後と俊は振り返りお互いの目を見る
「恋愛として」
「別に一番じゃない。好きだけど」
「じゃあ次の土曜日俺と泊りで旅行しよう」
奏は即答する
「いいけど」
再び、健後と奏は背を向けると歩き出した