Jazz Bar Tangoは午前2時に閉店した
双馬は母親の閉店作業を手伝う
母親はテーブルを拭きながら言う
「そういえば健後君お店に来なくなったね」
「ああ一時期の友達だから」
「そう
でもたまには顔を見せなさいよ
いつでも息抜きに演奏させてあげるから」
「そうだね声掛けてみるよ」
双馬が健後と知り合ったのは中学2年
初めてクラスが同じになった
大体、学校全体音楽をやっている奴を虐げる風潮があった
そのくせアイドルやバンドの話題で盛り上がる
双馬は吹奏楽部に所属しながらクラスの端にいた
ある日、定期テストの直前、健後は双馬に頼みごとをした
「数学のノート貸してくんない
全く取ってなくてさ
提出しないとヤバいって」
全く自業自得だろう
と、言えずに、渋々ノートを貸してしまう
「サンキュー」
結局、ノートは返って来なかった
数学担当の先生は提出をしない双馬を呼び出し問いただす
「なんで提出しないんだ」
「取ってないからです」
「そんなことはないだろう
先生見ていたぞ」
「見間違いです」
「まさかお前虐められてないか」
「それはあり得ません」
双馬は教師の話を遮り帰宅した
その道中、息を切らして走って来る馬鹿がいた
「なあ双馬」
健後だ
「なんでノートの事言わんかったの」
「それは忘れてたからだ」
「俺はちゃんと謝った
だから減点はしないって」
「ありがとう」
「あー疲れた
お前ん家すぐそこ」
「うん
もう目の前」
言った後に後悔した
「よかったぁ休憩させてくんない」
これもまた断ることが出来なかった
「いいよ」
※
健後はお店の扉を勢いよく開けると、一目散にドラムセットに近付いた
「おじゃましまーす
おぉすげぇこれがドラムセットか」
お店の許可なく叩くのはご法度だ
健後はペダルを激しく踏んだ
「双馬がお友達連れて来るなんて珍しいじゃない」
「水商売しているって言われるのが嫌なだけ
それにあいつは友達じゃない
母さんも注意してよ」
「いいじゃない
楽器で大事なのは触れ合いよ」
母親はバーカウンターにアイスコーヒーとコーラを出す
健後はコーラをずずっと一気飲みすると話し始める
「同じサッカー部の俊がドラム叩けるんだぜ」
「へぇそうなんだ」
「俺もなんか楽器やりてぇ
おばさんなんか貸してくれない」
「そうだね」
母親は棚を指差す
「そこにあるのどれでも気に入ったの貸してあげるわ」
「母さん」
健後が棚から取り出したのはTAKAMINEのB10
エレクトリック・アコースティックベースだ
エレキベースと同じ電子楽器だが、ボディは厚く大きく、生音だけでも十分な音が鳴る
高い楽器なので貸さないと思ったが母親は乗る気だ
「じゃアンプとシールドとチューナーね
あと教則本は付けておくから」
いかにもなサッカー少年がベースを持つと違和感がある
楽器ケースを背負い誇らしげに帰っていった
※
それからというもの健後はベースに夢中になった
その年の暮れ、双馬は健後と初めてセッションをした
初心者ながら悪くない出来だ
「俺ってバンド組める」
「練習用のフレーズ弾けるだけだからな
即興で弾けないと無理」
「そっか」
「でもさお前サッカーは大丈夫なのか」
「サッカーもベースも疎かにしてないぜ」
「そっかならいいけど」
「俺上野ヶ丘の行こうと思うんだ」
「えっ」
上野ヶ丘音楽高等学校は私立で音楽教育に力を入れている学校だ
勉強もハイレベルで難関大学に合格できるレベルだ
そんな学校に行けるはずがない
「サッカーはいつも俊のお陰でどうにかやれているけど
俺一人でもなにか出来ること見つけないと不安でさ
勉強も音楽もまだまだだけどやってみたい」
「それってサッカーを諦めるってこと」
「まぁな
俺には無理だ」
健後が努力家なのはこの僅かな期間で知った
きっとサッカーも続ければ活路が見えるはずだ
それなのに――
「もったいねぇ」
「もったいなくはねぇよ
もしも入学出来てお前が認めてくれるならバンド組もうぜ」
「うん」
※
正直、健後が唐突にバンドを抜けると言った時は気持ちが追い付かなかった
喧嘩をし、それ以降会話はない
絶縁状態だ
しかし、時間を置けば、状況が飲み込めて来る
※
双馬は店の片づけを終え、軽くシャワーを浴びようと風呂場に向かう
そのタイミングでスマホが鳴る
「今起きた」
健後からのラインのメッセージだ
既読がすぐに付いて起きているのだと分かったのだろう
続けてメッセージが来る
「今更だけど悪かったな」
「許している」
「ありがとう」
「こっちも周りに当たってみっともなかった
マジで辞めるべきか悩んだ」
「馬鹿言うなよ」
「たまには練習に顔出せよ」
「いいのか」
「待ってる」
「サンキュー(ぺこりと頭を下げる熊のスタンプ)」
「店にも来いよ」
「わかった」
「じゃあまた学校で」
「学校で」
双馬は母親の閉店作業を手伝う
母親はテーブルを拭きながら言う
「そういえば健後君お店に来なくなったね」
「ああ一時期の友達だから」
「そう
でもたまには顔を見せなさいよ
いつでも息抜きに演奏させてあげるから」
「そうだね声掛けてみるよ」
双馬が健後と知り合ったのは中学2年
初めてクラスが同じになった
大体、学校全体音楽をやっている奴を虐げる風潮があった
そのくせアイドルやバンドの話題で盛り上がる
双馬は吹奏楽部に所属しながらクラスの端にいた
ある日、定期テストの直前、健後は双馬に頼みごとをした
「数学のノート貸してくんない
全く取ってなくてさ
提出しないとヤバいって」
全く自業自得だろう
と、言えずに、渋々ノートを貸してしまう
「サンキュー」
結局、ノートは返って来なかった
数学担当の先生は提出をしない双馬を呼び出し問いただす
「なんで提出しないんだ」
「取ってないからです」
「そんなことはないだろう
先生見ていたぞ」
「見間違いです」
「まさかお前虐められてないか」
「それはあり得ません」
双馬は教師の話を遮り帰宅した
その道中、息を切らして走って来る馬鹿がいた
「なあ双馬」
健後だ
「なんでノートの事言わんかったの」
「それは忘れてたからだ」
「俺はちゃんと謝った
だから減点はしないって」
「ありがとう」
「あー疲れた
お前ん家すぐそこ」
「うん
もう目の前」
言った後に後悔した
「よかったぁ休憩させてくんない」
これもまた断ることが出来なかった
「いいよ」
※
健後はお店の扉を勢いよく開けると、一目散にドラムセットに近付いた
「おじゃましまーす
おぉすげぇこれがドラムセットか」
お店の許可なく叩くのはご法度だ
健後はペダルを激しく踏んだ
「双馬がお友達連れて来るなんて珍しいじゃない」
「水商売しているって言われるのが嫌なだけ
それにあいつは友達じゃない
母さんも注意してよ」
「いいじゃない
楽器で大事なのは触れ合いよ」
母親はバーカウンターにアイスコーヒーとコーラを出す
健後はコーラをずずっと一気飲みすると話し始める
「同じサッカー部の俊がドラム叩けるんだぜ」
「へぇそうなんだ」
「俺もなんか楽器やりてぇ
おばさんなんか貸してくれない」
「そうだね」
母親は棚を指差す
「そこにあるのどれでも気に入ったの貸してあげるわ」
「母さん」
健後が棚から取り出したのはTAKAMINEのB10
エレクトリック・アコースティックベースだ
エレキベースと同じ電子楽器だが、ボディは厚く大きく、生音だけでも十分な音が鳴る
高い楽器なので貸さないと思ったが母親は乗る気だ
「じゃアンプとシールドとチューナーね
あと教則本は付けておくから」
いかにもなサッカー少年がベースを持つと違和感がある
楽器ケースを背負い誇らしげに帰っていった
※
それからというもの健後はベースに夢中になった
その年の暮れ、双馬は健後と初めてセッションをした
初心者ながら悪くない出来だ
「俺ってバンド組める」
「練習用のフレーズ弾けるだけだからな
即興で弾けないと無理」
「そっか」
「でもさお前サッカーは大丈夫なのか」
「サッカーもベースも疎かにしてないぜ」
「そっかならいいけど」
「俺上野ヶ丘の行こうと思うんだ」
「えっ」
上野ヶ丘音楽高等学校は私立で音楽教育に力を入れている学校だ
勉強もハイレベルで難関大学に合格できるレベルだ
そんな学校に行けるはずがない
「サッカーはいつも俊のお陰でどうにかやれているけど
俺一人でもなにか出来ること見つけないと不安でさ
勉強も音楽もまだまだだけどやってみたい」
「それってサッカーを諦めるってこと」
「まぁな
俺には無理だ」
健後が努力家なのはこの僅かな期間で知った
きっとサッカーも続ければ活路が見えるはずだ
それなのに――
「もったいねぇ」
「もったいなくはねぇよ
もしも入学出来てお前が認めてくれるならバンド組もうぜ」
「うん」
※
正直、健後が唐突にバンドを抜けると言った時は気持ちが追い付かなかった
喧嘩をし、それ以降会話はない
絶縁状態だ
しかし、時間を置けば、状況が飲み込めて来る
※
双馬は店の片づけを終え、軽くシャワーを浴びようと風呂場に向かう
そのタイミングでスマホが鳴る
「今起きた」
健後からのラインのメッセージだ
既読がすぐに付いて起きているのだと分かったのだろう
続けてメッセージが来る
「今更だけど悪かったな」
「許している」
「ありがとう」
「こっちも周りに当たってみっともなかった
マジで辞めるべきか悩んだ」
「馬鹿言うなよ」
「たまには練習に顔出せよ」
「いいのか」
「待ってる」
「サンキュー(ぺこりと頭を下げる熊のスタンプ)」
「店にも来いよ」
「わかった」
「じゃあまた学校で」
「学校で」