勤は中学生になると星と遊学と同じ吹奏楽部に入部した
そこで双馬と出会う
遊学は実はサックスのコンクールで20歳未満の部門に出場し金賞を取った経験があった
そのためか中高一貫校の吹奏楽部からスカウトがあったらしい
遊学の加わった吹奏楽部は確実に色が変わり、全国大会出場を堂々と目標にするようになった
しかし三年間の成績は銅賞といった具合であった
それでも凄いと褒める人は多かったが、勤はこれぽっちも嬉しくなかった
日本全国で名前が知られないと音楽では食ってはいけない
音楽で食っていけない?
中学三年生になり自然と無意識にそのことを口にするようになった
自分の将来の進路が形を持つようになる
※
上野ヶ丘音楽高等学校に進学が決まると吹奏楽部の顧問は手を叩いて喜んだ
片田舎の中学から音楽の名門校に数名輩出したのだから誇らしいのだ
わざわざ後輩の練習時間を使って報告会を行った
4人の他にも吹奏楽部で2名、帰宅部で5名と、合計11名が進学しその年は大豊作となった
3年生の中頃から双馬は変わり、高校ではジャズ愛好会に入部すると言い出した
トランペットを捨てエレキ・ギターを弾くのだと
別にそれで友情に亀裂が入るわけではない
淡々と事実を受け入れた
※
上野ヶ丘音楽高等学校吹奏楽部は、春休みに1年生のオーディションを行う
部員総数100名の中から45名の大会メンバーに選ばれるのは至難の業だ
合格すれば大会のメンバーになり翌日から練習に参加し、不合格なら4月から練習に参加する
低音楽器やパーカッションなら人数が少ない為、この1回で人生が大きく変わることはない
しかしトランペットやサックスなど花形の楽器となるとそうもいかない
大会メンバーから実力順に、A組、B組、C組と、ピラミッド構造となっているため、ここでなんとか大会メンバー入りを果たさなければ、ステージに立つ道のりは遠くなる
試験はいたってシンプルだ
課題曲を3人の指揮者の元で演奏する。課題曲は坂田雅弘作曲の「吹奏楽の為の序曲」であった
勤はともかく吹奏楽部の求める音楽を想像し臨んだが、見事に裏目となった
予想に反した演奏指示に四苦八苦した
当然、指揮者が変われば演奏指示も変わる
前の指揮者の指揮が頭の中に残り間違えること多数
コンサートフルートを吹きながら頭の中で舌打ちをした
1回目から右肩下がりの演奏を続け、最悪の状態で終わる
即日、結果は発表となり、3人の中で合格したのは遊学だけであった
遊学は他の合格者と一緒に部長に連れられて、部の説明を聞くために練習場所へと向かった
落ちた2人はTangoに集まり、とりあえず遊学が来るのを待った
※
双馬は目の前でうなだれる勤と星を見て状況を察した
「とりあえずお疲れ様」
「オーディション全然だめだった」
「指揮者が何考えているか分からねぇ」
勤は嫌味たらしく言う
「双馬はいいよな
楽しい春休みで」
「それがねジャズ愛好会がなくなっていたらしいね」
勤と星は困惑する
「マジどうすんの」
「大丈夫
軽音楽部があるか」
「でもロック好きに分かるかジャズなんて」
「広く言えば音楽好きだろ
なら共通している」
「言うけどな」
ここで扉が開く
予想外に早い到着であった
三人は声高らかに遊学を祝福する
「おめでとう遊学」
「流石遊学
偉いっす」
「絶対受かると思ってたんだ
吹奏楽部盛り上げて来いよ」
「なにが」
遊学は二人の横並びに座り、双馬が前からアイスコーヒーを出す
「サンキュー」
双馬はミルクとガムシロップを入れながら話す
「吹奏楽部は断った
入部しませんって」
「「「えっ断った」」」
「なんでそんなこと言った」
「賭けだよ賭け
三人全員で合格したなら吹奏楽部に骨を埋める
誰か一人が落ちたら軽音楽部に骨を埋める」
「そんな話聞いてないぞ」
「言ったらあからさまに手を抜くだろう」
「確かに」
双馬は信じられないと顔をする
「軽音楽部に入るのか」
「嫌か」
「全然嬉しいけど」
「まぁまだメンバー集めが残っているけど
とりあえずこのメンツは確定にしよう」
「任せとき」
「オーディションを落とした先生にぎゃふんと言わせる」
遊学はアイスコーヒーを飲む
「だがしかし!
それでなんだあの演奏は
勤はめちゃくちゃ音デカすぎ
途中でバテるかと思って気が気でじゃなかったよ」
「すまん」
「それに星」
「は、はい!」
「事前に指揮者に言われたことは覚えなくていい
だけど目の前で行われていることは正確にな」
「参考になります」
「バンドは指揮者がいないんだぜ
先が思いやられる」
遊学はアイスコーヒーの代金を机の上において席を立つ
「これから新しい奴と組むんだ
しっかりやるぞ
じゃっごちそうさん」
遊学は扉を開けて出て行こうとする
双馬は慌てて楽器ケースを机の上に置いた
「ちょっと待って
せっかく合格祝い用意したから受け取って帰ってよ」
「気が利くじゃん」
「まずは勤ほら開けてみな」
勤は双馬に促され楽器ケースを開く
中には銀光りするアルトサックスが入っていた
「前から色んなの吹いてみたいと言ってたから
当店の物を進呈いたします」
双馬はうやうやしくお辞儀をする
「もったいないってそれは」
「遠慮するなよ」
「俺にはどんな楽器が」
双馬はカウンターを回り込みレコードプレイヤーを勤の前に置く
「お古だけどコンパクトサイズのレコードプレイヤー
マイルズ・デイヴィスの「Kind Of Blue」のLPも付けておきます」
「うわぁCDでめっちゃ聴いてたやつ
嬉しいな」
「遊学にはサックス用のケース」
「ありがとよ」
勤は困惑する
「だけどいいの
ここまでよくしてもらって
返すもんねぇぞ」
「よくぞ聞いてくれた」
双馬はサイン色紙を取り出す
「お店に飾るサイン色紙
これ書いて売り上げに貢献してくれたらいいよ」
「なんて太っ腹」
双馬は嬉々とした顔でサイン色紙とペンを渡す
「とりあえず今いる分でサイン書いて」
「俺サイン決めてね…」
「こういうのモチベーションあがりますね」
※
遊学は家の前であの時のサイン色紙がどうなったか気になった
すぐに双馬に電話をする
「もしもし忘れ物」
「あのさ去年のサイン色紙覚えてる
皆で書いた奴」
「あー貼ったまま
それがどうした」
「いやふと気になって」
「そっか
またな」
「おう。また」
店内の壁にはー1の色紙が飾ってある
そして、バックヤードの壁には、ブルー・トレインと黒紅梅のサイン色紙が飾ってある
奏が部活に復帰した時のパーティの写真を貼って
そこで双馬と出会う
遊学は実はサックスのコンクールで20歳未満の部門に出場し金賞を取った経験があった
そのためか中高一貫校の吹奏楽部からスカウトがあったらしい
遊学の加わった吹奏楽部は確実に色が変わり、全国大会出場を堂々と目標にするようになった
しかし三年間の成績は銅賞といった具合であった
それでも凄いと褒める人は多かったが、勤はこれぽっちも嬉しくなかった
日本全国で名前が知られないと音楽では食ってはいけない
音楽で食っていけない?
中学三年生になり自然と無意識にそのことを口にするようになった
自分の将来の進路が形を持つようになる
※
上野ヶ丘音楽高等学校に進学が決まると吹奏楽部の顧問は手を叩いて喜んだ
片田舎の中学から音楽の名門校に数名輩出したのだから誇らしいのだ
わざわざ後輩の練習時間を使って報告会を行った
4人の他にも吹奏楽部で2名、帰宅部で5名と、合計11名が進学しその年は大豊作となった
3年生の中頃から双馬は変わり、高校ではジャズ愛好会に入部すると言い出した
トランペットを捨てエレキ・ギターを弾くのだと
別にそれで友情に亀裂が入るわけではない
淡々と事実を受け入れた
※
上野ヶ丘音楽高等学校吹奏楽部は、春休みに1年生のオーディションを行う
部員総数100名の中から45名の大会メンバーに選ばれるのは至難の業だ
合格すれば大会のメンバーになり翌日から練習に参加し、不合格なら4月から練習に参加する
低音楽器やパーカッションなら人数が少ない為、この1回で人生が大きく変わることはない
しかしトランペットやサックスなど花形の楽器となるとそうもいかない
大会メンバーから実力順に、A組、B組、C組と、ピラミッド構造となっているため、ここでなんとか大会メンバー入りを果たさなければ、ステージに立つ道のりは遠くなる
試験はいたってシンプルだ
課題曲を3人の指揮者の元で演奏する。課題曲は坂田雅弘作曲の「吹奏楽の為の序曲」であった
勤はともかく吹奏楽部の求める音楽を想像し臨んだが、見事に裏目となった
予想に反した演奏指示に四苦八苦した
当然、指揮者が変われば演奏指示も変わる
前の指揮者の指揮が頭の中に残り間違えること多数
コンサートフルートを吹きながら頭の中で舌打ちをした
1回目から右肩下がりの演奏を続け、最悪の状態で終わる
即日、結果は発表となり、3人の中で合格したのは遊学だけであった
遊学は他の合格者と一緒に部長に連れられて、部の説明を聞くために練習場所へと向かった
落ちた2人はTangoに集まり、とりあえず遊学が来るのを待った
※
双馬は目の前でうなだれる勤と星を見て状況を察した
「とりあえずお疲れ様」
「オーディション全然だめだった」
「指揮者が何考えているか分からねぇ」
勤は嫌味たらしく言う
「双馬はいいよな
楽しい春休みで」
「それがねジャズ愛好会がなくなっていたらしいね」
勤と星は困惑する
「マジどうすんの」
「大丈夫
軽音楽部があるか」
「でもロック好きに分かるかジャズなんて」
「広く言えば音楽好きだろ
なら共通している」
「言うけどな」
ここで扉が開く
予想外に早い到着であった
三人は声高らかに遊学を祝福する
「おめでとう遊学」
「流石遊学
偉いっす」
「絶対受かると思ってたんだ
吹奏楽部盛り上げて来いよ」
「なにが」
遊学は二人の横並びに座り、双馬が前からアイスコーヒーを出す
「サンキュー」
双馬はミルクとガムシロップを入れながら話す
「吹奏楽部は断った
入部しませんって」
「「「えっ断った」」」
「なんでそんなこと言った」
「賭けだよ賭け
三人全員で合格したなら吹奏楽部に骨を埋める
誰か一人が落ちたら軽音楽部に骨を埋める」
「そんな話聞いてないぞ」
「言ったらあからさまに手を抜くだろう」
「確かに」
双馬は信じられないと顔をする
「軽音楽部に入るのか」
「嫌か」
「全然嬉しいけど」
「まぁまだメンバー集めが残っているけど
とりあえずこのメンツは確定にしよう」
「任せとき」
「オーディションを落とした先生にぎゃふんと言わせる」
遊学はアイスコーヒーを飲む
「だがしかし!
それでなんだあの演奏は
勤はめちゃくちゃ音デカすぎ
途中でバテるかと思って気が気でじゃなかったよ」
「すまん」
「それに星」
「は、はい!」
「事前に指揮者に言われたことは覚えなくていい
だけど目の前で行われていることは正確にな」
「参考になります」
「バンドは指揮者がいないんだぜ
先が思いやられる」
遊学はアイスコーヒーの代金を机の上において席を立つ
「これから新しい奴と組むんだ
しっかりやるぞ
じゃっごちそうさん」
遊学は扉を開けて出て行こうとする
双馬は慌てて楽器ケースを机の上に置いた
「ちょっと待って
せっかく合格祝い用意したから受け取って帰ってよ」
「気が利くじゃん」
「まずは勤ほら開けてみな」
勤は双馬に促され楽器ケースを開く
中には銀光りするアルトサックスが入っていた
「前から色んなの吹いてみたいと言ってたから
当店の物を進呈いたします」
双馬はうやうやしくお辞儀をする
「もったいないってそれは」
「遠慮するなよ」
「俺にはどんな楽器が」
双馬はカウンターを回り込みレコードプレイヤーを勤の前に置く
「お古だけどコンパクトサイズのレコードプレイヤー
マイルズ・デイヴィスの「Kind Of Blue」のLPも付けておきます」
「うわぁCDでめっちゃ聴いてたやつ
嬉しいな」
「遊学にはサックス用のケース」
「ありがとよ」
勤は困惑する
「だけどいいの
ここまでよくしてもらって
返すもんねぇぞ」
「よくぞ聞いてくれた」
双馬はサイン色紙を取り出す
「お店に飾るサイン色紙
これ書いて売り上げに貢献してくれたらいいよ」
「なんて太っ腹」
双馬は嬉々とした顔でサイン色紙とペンを渡す
「とりあえず今いる分でサイン書いて」
「俺サイン決めてね…」
「こういうのモチベーションあがりますね」
※
遊学は家の前であの時のサイン色紙がどうなったか気になった
すぐに双馬に電話をする
「もしもし忘れ物」
「あのさ去年のサイン色紙覚えてる
皆で書いた奴」
「あー貼ったまま
それがどうした」
「いやふと気になって」
「そっか
またな」
「おう。また」
店内の壁にはー1の色紙が飾ってある
そして、バックヤードの壁には、ブルー・トレインと黒紅梅のサイン色紙が飾ってある
奏が部活に復帰した時のパーティの写真を貼って