奏と鶴美はラーメンを食べ終え、厚意で出されたコーヒーを飲む
よくある粉末のインスタントコーヒーで量産的な味がする

「どうして私が副部長に選ばれたんですか」
「教えない」

毎回、この話になると鶴美ははぐらかす

「今日こそ逃しませんよ」

鶴美は奏の放つ圧に凄みを感じて頷く

「わかったよ」



去年の5月下旬
レクリエーション室に集められた2・3年生は6月のライブに出演する1年生を決める
緊張感を持たせるためにも、円は2・3年生の出演者を発表していない
部長は採決を取る

「それでは1年生の出演者を決めます」

結果は、8割の部員が挙げた黒紅梅となった
ここからが本番だ

「では、1年生の出演者は黒紅梅となります」

ここで拍手が起こる

「続いて副部長の指名を行います
 ふさわしい人に挙手をお願いします」

2・3年生の部員18人のうち、
諫早奏 1票
斎藤蓮児 2票
天草俊 15票

「では、天草俊で決定でよろしいですか」
「異議あり」

鶴美は手を挙げる

「なんですか鶴美副部長」
「私が手を挙げたのは諫早奏です」
「それは分かっています」
「奏です」

3年生の女子部員はおかしそうに笑う

「鶴ちゃんが逆張りなんて珍しいね」
「先輩」
「訳を聞かせて欲しいのさ」

鶴美はスーゥッと息を吐いて呼吸を整えた。そして、慎重に、言葉を選んで言う

「票の分かれ方を見るとやはり素行の良い生徒を選ぶ気持ちは分かります」
 ですが皆さんは彼女のどこを見ているのでしょうか
 彼女と会話をしたことがある人は挙手を願いたい」

2年生には数名、3年生は部長以外挙手をしていない

「違反項目は衣服の乱れ、校内でのアクセサリーの着用、染髪
 もちろん酒の一缶も煙草の一箱も見つかっていません
 交友関係に対しても同様です。単なるうわさしかございません」

鶴美は自分の発言が妙に可笑しくて恥ずかしくなる。ここまで言ってしまったのならと語気を強める

「要するに、皆さんが勝手に怖がっているだけで、実際は単なるヤサグレです」

鶴美は静かにお辞儀をする

「群れを追われた狼が群れを襲うことはあります
 どうか孤立しないようにご協力をお願いします」

3年生の女子部員は大袈裟に手を叩く

「面白いねパチパチパチー
 それでなにも副部長にする必要はないよね
 私達が冷たくしなければいいんでしょ」
「それは・・・」

部長が助け舟を出す

「ですが黒紅梅の楽曲は諫早さんが作られています
 まだ粗削りですが間違いなく売れます
 黒紅梅が看板を背負うなら彼等のリーダーがやるべきだと思います」

3年生の女子部員は鼻をツンと鳴らし、髪をいじる

「なるほどね
 臭いものには蓋をしないと
 おっと女の子にこの言い方は失礼だったね
 オフレコで頼むよ」

書記担当の部員はノートに書き込む。一言一句逃さず

「書き込むな」

円はここで話に入る

「つまり、要点は、
 ①世間体をよくするために天草君にするか
 ②これから部の看板を背負うバンドのリーダー・諫早さんにするか
 ③同じ不良なら斎藤君がいいか」
「では、皆さん、最後にもう一度採決をしてもよろしいですか」

部員は頷く

「わかりました
 挙手でお願いします」
「大事な事なんだし紙に書こうぜ
 記名式で」
「楽市先生はどうですか」
「いいんじゃない
 でも誰が投票しても喧嘩はしない事」
「皆さん賛成なら挙手をお願いします」

部員は挙手をする
部長は急いで紙を用意する
準部を終えると、

「この紙にふさわしいと思う人の名前を書いて下さい
 そして、書いたら楽市先生に」

投票が始まる
黒板に紙が次々と貼られていく
数分後、部長は集計結果を読み上げる

「斎藤0票
 天草6票
 諫早12票」

部長は一呼吸を置く

「副部長は諫早奏でよろしいでしょうか」

部員は静かに拍手をする



「まぁだいたいこんな感じだ」

奏はいきり立つ

「臭いって私そんなに臭いんですか
 歩くシュールストレミングなんですか」

鶴美は冷静になだめる

「喩えだよ」

奏の表情が柔らかくなる

「でもよかったです
 皆に嫌われているんじゃなくて」
「昔はシャーシャーしてたからな」
「うにゃ
 部長だとしても怒りますよ」
「扱い方すら分かれば簡単だからな」
「否定したいけど否定できない」

鶴美は立ち上がりギグバッグを背負う

「じゃっそろそろ出ようぜ」
「部長」
「なんだ」

奏は少し照れ臭そうにする

「熱心に推薦してもらったのに私としたことが」
「いい迷惑だった」
「ちょっとそれ言います
 思っていても言わないですよね」
「申し訳ないと思ったら
 次回に来た時に誠意のチャーシュー丼を頼むよ」