さらに隣の防音室にて
剣は不服そうな顔で部屋に鎮座する

「時間になったら代れよ」
「嫌だよ
 叩かないのに練習する意味ないでしょ」
「ライブ当日に体調不良になっても俺は叩かないからなー」
「そうはなりませんからご安心を」

うづめは適当にギターを弾く

「結成オーディションはなににする
 やっぱヤバT」
「コミックバンド路線かよ」

コミックバンドとはロックにユーモアを足したようなバンドの事である

「バンド名はもちろん売れているバンドっすよ」
「ダサっ」
「これぐらいインパクトないと
 「売れてるバンド 日本武道館公演決定」みたいな」
「なんだそれ」
「ファーストアルバムは「世界進出」」
「いいねそれ
 「売れてるバンド 世界進出」みたいな」
「何かの手違いで海外のフェスに呼ばれるかもっす」
「真面目に最初は自分達の好きな曲やればいいんじゃない
 持ち時間15分だし
 ギリいけるでしょ」
「なら俺はマカロニえんぴつの「零食」」
「石崎ひゅーいの「第三惑星交響曲」っす」
「 私はback numberの「最深部」」
「うづめはKANA-BOONの「みたくないもの」」

うづめはスマホで計算をする

「ざっと単純計算で」

済夏はドラムロールをする

「14分48秒
 チューニングする時間ないです」
「アコギとエレキ用意して使い分ければ問題解決だろ」
「簡単に言ってくれるなドラムは」
「着ぐるみでしょ」
「おいドラマーだ」
「うづめのやりたい曲は除いて3曲にして解決っと」
「それでいいのか
 俺はただ立っているけだし
 やんなくてもいいけど」
「不遇な境遇を考慮しての配慮なんです」
「ならドラムを叩かせろ」
「嫌でーす」

その後、4人は候補に挙がった曲を聴くことにした
1曲目はマカロニえんぴつの「ワンドリンク別」で、2曲目は石崎ひゅーいの「第三惑星交響曲」、3曲目はback numberの「最深部」、4曲目はKANA-BOONの「みたくないもの」となった
1曲目は候補になかったがより短い曲で余裕を持たせたいと思い選んだ。2曲目は剣が歌いアコギを弾いているように見せる。隣で弾いているうづめは曲の中盤まで照明を当てず、その後徐々に光を強くして姿を見せるという感じだ。シュールな笑いで自分達の方向性を見せる狙いだ。3曲目は原曲に忠実にカバーをして、4曲目はイントロとアウトロを上手く繋ぎ合わせて終わる

「いいんじゃない」

4人は一通り流れを確認して1曲目から順に練習をすると打ち合わせた

「あ、そうだ」

うづめは剣に手を合わせて謝る

「本当にごめん
 着ぐるみは夏休みまでに用意するのでそれまではこれでお願い」

うづめは鞄からカエルの形をしたパジャマを取り出す

「私のパジャマ
 もちろん洗濯してるよ」
「うよよ
 羨ましいっす」

剣はうづめからパジャマを受け取ると中を確認する
裏起毛で触れるだけで熱が伝わる

「九州の夏をこれで耐えろと」
「ライブの時だけだよ」
「おいお前ら
 6月の出演オーディションは落ちれ」
「嫌に決まっているでしょ」
「そうっす
 絶対に受かるっす」

うづめは胸に手を置く

「私はなにがあっても忘れないよ
 安らかな眠りを」
「やっぱこれ返す」

剣はうづめにパジャマを返す
済夏はスマホで動画を撮影する
うづめは一旦受け取るが押し返し、わざとらしく床に倒れる

「いや~ん身ぐるみ奪われた
 これからパジャマパーティだったのに」
「最低っす」
「本当だ最低」
「ちょっと待て」

済夏はカメラを止める

「ハイカット―
 いい画が撮れたね」
「ということで着てくれるよね」
「いや着ねーし」
「もうグループラインに送った」
「てめー」

そして、剣はうづめのパジャマを渋々着ることにした



八子はスマホの通知音を聞き、ラインのトーク画面を開く

「なにこの動画」

3人は画面に注目する
手ブレが見事に緊張感を表している
動画を見終えると八子は呟く

「最低」