私の父は、私が産まれた日に大切なものを失った。

私は、人殺しだ。お腹を痛めて産んでくれた実の母を、私が殺してしまった。

なのに、15年間……父が私を責めることはなかった。むしろ、私に15年も尽くしてくれている。私が、衣食住に困らないように、必死に働いて、必死に家事をして、副業までして……。

自分の時間は全て費やして、私に尽くしてくれる。


……ネジが外れてるよ。

おかしいだろ。馬鹿だろ。もっと私を責めろよ。お前の大切なものを壊したんだ。


……そんな笑顔を向けるな、お願いだから。

私は、みんなのように幸せになってはいけない。誰かと笑う事も、一丁前に人間ヅラして泣く事も許されない。



幼い頃の私は、無知だった。

小学校の低学年の頃、友達が私に聞いてきた。

『なんでお母さんいないの?』

たった一言、「分からない」って言えばよかったのに、私はただ泣くことしか出来なかった。


そんな出来事があった数日後。親戚の集まりがあった。

その日私は、父と車で祖父と祖母の家に行った。昔ながらの平屋の一軒家だった。

私は、大人達の話に興味がなく、この日もいつもと同じように居間の隣の座敷に座って、祖母と折り紙をしていた。

居間では、お昼から父以外の男性たちが、お酒をあけて大声で歌っていた。

みんな自由にいている。私も、子供らしくジュースやお菓子をたくさん食べて過ごしていた。

しばらくすると、トイレに行きたくなり座敷を出た。

長い廊下を右に曲がり、客間の前の廊下を通った時だった。