部屋に戻ったぼくはいいことを思いついた。エプロン! パパへのバースデープレゼントに仕事用のエプロンを追加しよう。
 いつだって絵の具だらけのエプロンはすでにボロボロだし、実はこれはぼくが履き古したジーンズをバラバラにして、ママが縫い合わせたもの。見事に生まれ変わったぼくのお古だけど、もともとそんなだから継ぎ接ぎだらけだし、ポケットの位置だってあべこべだ。逆になって役に立たないコインポケットまで付いている。
 エプロンならそんなに高くないし、パパが毎日使うものだからきっと喜んでくれる。いつも手に絵の具のチューブをたくさん握りしめているから、ポケットがたくさん付いてたら間違いない。
 そう決めたぼくは、明日エミリーの家に行った帰りにでも、ネストオブラビッツに寄ってエプロンを買おうと考えた。そしてお釣りの5ドル紙幣をパパに返せば、ぼくのついた嘘はすべてアーチャーの言うとおり本当になって、ぼくの胸に刺さるトゲも綺麗さっぱりなくなるはずだ。
「あらー? すごくいい匂い。今日はシチュー?」
「おお、お帰り! 今日はアーティチョークを入れてみたんだよ」
 やがてママもアイリーンも帰ってくると、テーブルに集まりみんなでシチューを食べる。ちょっと苦い珍しい野菜に、アイリーンが「なんか球根みたいだね」なんて笑う。いつもどおりの和やかな食事中に、珍しくうちの電話が鳴り響いた。
「あら、なにかしら。……はい、あら、今日はなに? どうせまたテレビショッピングで失敗して返品してとかそんなことでしょ?」
 ちょっと意地悪なそんなママの口ぶりから、すぐにそれがママのお母さんだって判別できた。電話の相手はつまりぼくのお婆ちゃんだ。
「無理よ! そんな突然言われても……えぇ!? もぉ……お父さんにも困ったものね……」
 ママは呆れながらも笑っている。いったいなにを話しているのかパパも気になるみたいで、食器を持つ手を止めてママを見ていた。アイリーンはあまり気にしてない様子でパンに手を伸ばす。
「お婆ちゃん、どうしたんだろ?」
 目があったぼくが訊くと、アイリーンはシチューに浸したパンを啜るようにかじって肩をすぼめ、「さぁ?」って顔をした。
「えぇ、わかったわ、明日の朝一番の汽車で行くわ。……ええ、わかったから、お父さんにそう伝えておいて……えぇ、それじゃあ」
 ママはそう言うと受話器を置いて苦笑いしながらテーブルに戻ってくる。心配そうにパパが訊ねた。
「お父さんになにかあったのかい?」
「いつもの仮病よ! ちょっと体調が悪くなると『死ぬ前に娘に会いたい!』っていつものお父さんの手口!」
「あぁ! 君のパパは事件現場のヘリコプターみたいに君に執着してるからな」
 パパが笑いながら頷くと、アイリーンが「それをいうならドローンダッドとでも言ってよ」とニッと笑った。

 おじいちゃんたちが住んでいる街はハリスバーグという場所だ。このフィリーからは100マイルほど離れた街で、アムトラックで行けばおよそ二時間くらいで着けてしまう。でも割と近いからいつでも行けるって思ってしまうのか、ぼくたち一家はしばらくおじいちゃんたちに会ってない。
「きっと、ダディールーにも会いたがってるよ」
 アイリーンがぼくを見てニヤついている。
 ダディールー(Daddy Roo)ってのは、ダディ―とカンガルーをくっつけたおじいちゃんの造語さ。いつまでもパパにくっついてポケットから出ようとしない赤ちゃんだって意味。もっと昔は、カンガルーの赤ちゃんのことを指すジョーイって呼ばれてたらしいんだけど、いつまでもパパから離れないぼくを見るたびに、「ダディールー、ダディールー」って茶化すようになった。
 そんなおじいちゃんだって、今ではすっかりカンガルーの赤ちゃんみたいにぼくのママにべったりなんだけどね。
「車でハリスバーグまで送ろうか?」
 パパがそう言うとママは首を横に振った。
「列車で行くわ。一度帰ったら最後、二~三日は帰してくれなさそうだもの」

     †‡†

 翌朝目を覚まして下へ降りるとママの姿はなかった。朝一番のアムトラックに乗ったんだろう。
「おはよう! フィリー! シリアルはミルクとチョコどっちにする?」
 フライパンを左手に持ったままのパパが、卵を焼きながら話しかける。「チョコにするよ」と答えたぼくの頬におはようのキスをすると、出来上がったばかりのスクランブルエッグを手際よく青いお皿の真ん中にこんもりと載せる。
 顔を洗って席に着いたぼくは、お気に入りのチョコシリアルにミルクをたっぷり注ぐと、黄色いスクランブルエッグと一緒にスプーンで一気に平らげる。今日もお皿と同じ色のデニムエプロンを着ているパパにぼくが目で合図をすると、パパは人差し指を唇に当てて笑った。
 支度のできたぼくがアパートを出るとアーチャーがいつものように待っている。
「おはよう! フィリー!」
 今日は薄曇りで少し肌寒い。雨でも降り出しそうな空模様に、ぼくは念のため折りたたみ傘を鞄に忍ばせた。
「おはよう! アーチャー、お待たせ」
「俺、あのあと急に熱っぽくなって、帰ってすぐに寝ちゃったよ! 初めてのアルバイトで疲れたからかなぁ?」
 初めてのアルバイトっていったって、ただ座ってクッキーと紅茶を飲んで喋っていただけじゃないか。
「君ってそんなに繊細だっけ?」
 そう笑ったぼくに、アーチャーは「繊細だな! サイスサイドピザが食べれなかったショックは今でも忘れられない! 俺は深く傷ついた!」と真剣に返してきた。冗談のつもりでいったセリフだったけど、あの日の落胆したアーチャーのことを思い出すと、あながちそうじゃないとも言えないのかもしれない。
「ねぇ、アーチャー、今日もエミリーのところに行くでしょ?」
「まぁ、約束しちゃったしな! 行かなきゃ悪いよな?」
「そっか、ならよかった!」
 なんとなく昨日のアーチャーの態度が気になっていたぼくは、それを聞いて少し安心していた。

     †‡†

 授業が終わるころ、薄曇りだった空はいつの間にか分厚い真っ黒な雲でいっぱいになり、その影で街全体が覆われていた。湿り気のある風が吹くと、アーチャーがぼくに言った。
「フィリー、先に行っててくれないか? 俺、傘を取りに一度家に戻るよ」
 黒い雨でも降りそうなほど空は黒くどよどよとしている。ぼくの折りたたみ傘なんかじゃとても二人入るのは無理だ。特にアーチャーの体はでかすぎるし。
「わかった、じゃあ先に行くけど必ず来てよね! 約束だよ?」
 ぼくは念を押すように釘をさす。
「わかってるって!」
 アーチャーはクリスチャン通りを走っていった。

 エミリーの家を目指し、昨日と同じ道順でサウス21番通りを北に歩く。少しずつ雨が降り出してきたのは、ベインブリッジ通りに差し掛かったころだった。傘を取りに帰ったアーチャーを思い、少し時間をつぶそうと雨を避けるようにして『ネストオブラビッツ』に飛び込んだぼくは、ついでにパパへのエプロンを買っておこうと考えた。
 慣れた店内をまっすぐ奥に進んでいくと、すぐに日用品雑貨コーナーにたどり着く。端の方に、エプロンがいくつかハンギングされている。白やピンク、花柄……どれも違う。フリル、フリルか意外に気に入るかも? そんなことを思っているとぼくの目に飛びこんできたのはカーキ色のエプロンだった。胸にペン差しポケットが複数付いた大きなポケットが一つ、そして両脇にも真四角の大きなポケットが二つ用意されている。
 カーキってのもまた良い色だ。パパに似合いそうだし、なにより売れっ子イラストレーターのイメージにピッタリだと思った。値札を見ると『$4.50』と予算にもバッチリで、すぐにレジで精算すると鞄にしまい込み、代わりに折りたたみ傘を出した。お店を出れば、エミリーの家は目の前。通りを横切ればすぐだけどさすがにこの雨ではずぶ濡れになってしまう。

 玄関のベルを押すとビーッという音が響いた。「はい、どちら様?」という応答に、ぼくが来たことを伝えるとエミリーが慌てて迎え入れてくれる。
「フィリー! あなた本当に来てくれたのね!?

 まるで予期してなかったかのような態度に、なんと答えていいかわからない気分だ。あらためて挨拶をして部屋の奥へとついていくと、どうやらアーチャーはまだ来ていないみたいだった。
「さぁ、入って。温かい紅茶を淹れるわね。今日はアッサムにしましょう。雨で少し冷えるからミルクティーもいいわね」
 エミリーはぼくを座らせると、「昨日の話なんて、気にすることなかったのに……」と言いながら、キッチンの戸棚を開けて紅茶の用意をしてくれる。やがて、トレイに載せた紅茶とお菓子のお皿をカチャカチャと鳴らしながら歩いてくるエミリーはとても嬉しそうにしていた。
「昨日約束したでしょ? なにかお手伝いをするって。アーチャーもすぐ来ますよ! 彼は傘を取りに戻ったから遅れてくるんです」
 そう話すぼくにエミリーは目を丸くする。
「ほら、エミリー、なんでも言って!」
 ぼくが立ち上がってそう言うと、エミリーは昨日と同じような優しい笑顔で話し出した。
「私たち夫婦は子宝に恵まれなくてね……養子も考えたのだけれど、いざ話が進み始めると、心に迷いが生じてね、その先に進むことができなかったわ……」
 エミリーはぼくに座るように促すと、自分もぼくの正面に座って淹れ立ての紅茶を口に含んでカップを置いた。
「主人がね、子供のことは綺麗に忘れて、自分たち二人のために楽しい思い出をたくさん作ろうって言ってくれたの。それから私たち夫婦は毎年のように海外旅行に出掛けては、二人でたくさんの思い出を作ったのよ」
 美しい思い出を指先でなぞるように、優しい言葉を紡ぐエミリーの綺麗なブルーの瞳が時折涙で滲んで見えた。
「主人に先立たれて、この広い家でひとりだけれど、寂しくはないわ。だって、思い出しても、思い出しきれないほどのたくさんの楽しい思い出をあの人は残してくれたから。ただひとつ悔いが残ることは、私自身が母親になれなかったってことよ……」
 切ない目で微笑みかけるエミリーを見てピンと来た。
「だから、ぼくたちを話し相手のアルバイトに雇ったの?」
「そう。でもあなたたちに子供なんていったら失礼かしら? どう考えたって孫ほども歳が離れているんだものね」
 エミリーはそういって、照れ臭そうに肩をすぼめた。細めた目でぼくを見つめて眩しそうに笑う。
「亡くなったご主人とはどんな思い出があるの?」
「まあ! そうね、ではちょっと待っていてちょうだい」
 エミリーは待ってましたとばかりに席を立つと部屋を出ていった。しばらくして戻ってくると、その腕にはたくさんのアルバムが抱えられている。
「これはまだ、ほんの一部よ」
 大切な想い出なんだろう――テーブルに載せたアルバムをそっと開くと、様々な国のランドマークを背景に、二人仲良く写った写真が手書きのメモと一緒にたくさん収められていた。
「これはね、オランダよ。主人はドクターでね、学会でたびたびスイスやオランダ、イタリアにも行ったのよ。私もよくついていったわ。仕事の合間も飛行機のなかも、すっかり旅行気分だったわね」
 世界中とまではいかないまでも、かなりの国に行ったんだろう。川を流れるカラフルなカヌーや、顔よりも大きなチーズがボール売り場のように並べられているショーケース。アメリカではあまり見たこともないような郵便ポストとか、変な形の信号機や風景、珍しいお店、食べ物、動物……二人が一緒に観てきたとにかくあらゆる景色がそこにしっかりと収められていた。
 そしてどの写真に写るエミリーもそしてご主人も、それは生き生きとした満面の笑顔でそこに息づいていたんだ。
「思い出作りのための海外旅行がきっかけで、主人も私も写真を撮る技術だけは上達していったわ」
 得意げに話すエミリーにぼくは大きく頷いた。
「すごいや! 二人とも、ぼくのパパと同じ芸術家みたいだ!」
 目を輝かせて眺めるぼくにエミリーは訊ねた。
「あなたのパパはなんの芸術家なの?」
 エミリーの質問に今度はぼくのソナーが発動して、待ってましたとばかりに答える。
「ぼくのパパはイラストレーターだよ! ストロベリークリームサンドビスケットのCM見たことある? あのフラミンゴのデザインはパパが起こしたものなんだよ!」
 興奮してまくし立てるぼくに、エミリーは目を丸くして驚いている。
「まあ! あのCMなら見ない日はないわ! あなたのパパはそんなに有名な人だったのね? じゃあ、あなたも絵を?」
「ぼくには絵の才能がないみたい……毎日練習してるんだけど、ちっとも上達しないんだ」
 残念そうに首を振ったぼくをエミリーが慰めた。
「偉大なベースボールプレイヤーの息子が、必ずしも父親のようなプレイヤーになるとは限らないわ。案外バスケットプレイヤーになったり、もしくはまったく別の……たとえば、映画スターになったりするものよ」
 その考えに、ぼくは親近感を覚えた。
「でも間違いなく、あなたにはパパのような鋭い感性があるはずよ。被写体を自分の感性でどう表現するか……あなたならきっと自分でしか表現できない特別な方法を見つけられる気がするわ」
 アルバムをめくりながら、エミリーは一枚の写真を抜き出す。その手が愛おしそうに掴んでいたのは、たくさんの真っ赤なフラミンゴがいっせいに大空へ飛び立つ瞬間の写真だった。まさにストロベリークリームサンドビスケットのCMを実写化したかのような一枚。
 その写真を見た瞬間、なにかを表現したい! そんな言葉にならない気持ちが、胸の奥から湧き上がってくるのを感じた。
「エミリー! この写真をぼくに貸してくれませんか? この写真を見てたら、なんだかものすごくなにかを表現したいって気持ちが湧いて来たんだ!」
 写真に釘付けになるぼくを見ながらエミリーは優しく笑う。
「もちろんよ、その代わり作品が出来上がったあかつきには、私にもあなたの作品を見せてくれるかしら?」
「うん!」
 ぼくは興奮してそんな約束を交わした。

     †‡†

「さぁ、今日はもうお開きにしましょう。雨脚が強まる前に帰らないと御両親が心配するわ」
 話し込んでる間にすっかり時間が経つのを忘れていたぼくは、ふとアーチャーがまだ来てないのに気づく。
「ちぇっ、アーチャーの奴、約束したのに結局来なかったよ……」
 やっぱり初めから来るつもりなんてなかったんだ。
「ごめんなさい、エミリー。約束したのに……」
 玄関まで送ろうとエミリーは立ち上がった。 
「約束したのはあなたたちで、私は来てくれるのなら嬉しいと答えたまでよ。だからそのことについて、あなたたちが私に謝らなくてはならないことなどなにもないわ」
 微笑みながら玄関まで導こうとする。たしかにぼくたちが一方的に交わした約束なんて、真剣には受け止めてなかったのかもしれない。でもぼくたちが今日も来ようとしたのには訳があって、昨日散々エミリーによくしてもらい、しかも多過ぎるチップとアルバイト代を貰った気まずさから、その報酬に見合ったお手伝いがしたいって思ったからなんだ。
 エミリーは正当な報酬と言ってくれたけど、そうじゃないと感じたからこそ、アーチャーは今日も来ると言ったし、ぼくも彼の意見に賛成だった。でもこれじゃ、口では上手いこと言って、欲しいものを手に入れたら急に手の平を返すズルいやり方のような気がして、親友の取った行動にぼくはすごくがっかりしたんだ。
 不服そうなぼくの表情を見たエミリーは、ぼくの肩を優しく摩る。
「世の中にはね、ズルをしたり、嘘をついて楽をしたり、様々な生き方をする人がいるわ。でも、そんな人たちを誰かがきっと見てるのよ」
 エミリーを見上げながらぼくは訊ねる。
「それは、誰が見てるの?」
「さぁ? それはわからないわ。その人の周りにいる誰かかもしれないし、心のなかに住むその人の本心かもしれないし、あるいは神様かもしれないわ」
 子供に言い聞かせるように、エミリーは優しく語り掛けた。
「あなたのように正しいと思う生き方をするのは、とても勇気のいることよ、臆病者ではできないわ。でも、アーチャーはあなたをがっかりさせるような人間じゃないのは確かよ。もしそうなら、今でもあなたと親友でいられるはずないもの」
 エミリーの強い瞳とその言葉が、ぼくの心にずっしりと腰を据えたように感じる。どんよりと分厚い真っ黒な雲は、今にも大雨を降らしそうな湿り気を含んだ風を吹かしている。でも、エミリーの言葉が胸に刺さったぼくは、この重苦しい空とは裏腹にとても気分がよかった。
 玄関まで見送られ、傘を取り出したぼくは振り返って訊いた。
「ねぇ、エミリー。ぼく、またここに会いに来てもいい? アルバイトじゃなく、これからは友人として」
 ぼくの言葉に驚いたように手の平で胸を押さえるエミリーの綺麗なブルーの瞳が、涙でゆらゆら揺れているようだ。
「フィリー! もちろんよ! あなたとなら、きっと素晴らしい友人になれるわ!」
 嬉しそうに笑ったエミリーの頬には涙の筋が光っていた。

     †‡†

 徐々に強まる雨のベインブリッジ通りを歩く。サウス22番通りと交わる交差点を南に曲がると、その先に私服姿のアーチャーが傘を差してこちらに向かってくるのが見えた。
「アーチャー?」
 声を掛けると彼はバツの悪そうな顔で腕を上げ、ゆっくりと近づいてくる。そんなアーチャーの顔は、いつもとはまったく違う不器用な愛想笑いを湛えていた。
「よ……よぉ! 今帰りかい?」
 まるでぼくが隠した秘密を探りでもするように、おそるおそる声を掛けてくるけど、エミリーと話していたぼくはなんとなくこうなることがわかっていた。だからぼくはものすごく冷静だったし、そんなぼくを見たアーチャーは内心すごくドキドキしてたんじゃないかな? 
「フィリー! 本当にごめんッ!! 俺、一度家に帰ったら、雨も降り出して出掛けるのが面倒になっちゃって……それでサボろうかと思ったんだけど、その間、ずっとお前のこと考えてて……」
 あまりに冷静なぼくに、アーチャーは怯えた顔をして駆け寄った。
「俺……ひょっとしてお前との友情を壊してしまうようなとんでもないことしてるんじゃないかって思ったら急に怖くなって……もう間に合わないかもって思ったけど、どうしていいかわからなくなって……だから……本当にごめん!!」
 取り乱しているのか、謝りっぱなしのアーチャーにぼくはいつもと変わらない態度で接する。
「君ってそんなに繊細だっけ?」
 そんなぼくの言葉に、一瞬前までひたすら申し訳なさそうにしていたアーチャーはポカンと口を開けた。
「来てくれてありがとう。アーチャー、君はぼくの大切な親友だよ」
「……フィリー! ちくしょう!」
 アーチャーが泣きそうな顔をして傘を持つ手に力を入れる。
 ぼくにはわかっていた。きっと彼のことを見ていた誰かが、アーチャーに正しい行動を起こさせたんだって。それが、ぼくの知らない誰かなのか、それともアーチャーの心に住む彼の本心なのか、それとも本当に神様なのか?
 そんなことはぼくにはわからないけど、彼が臆病者じゃないってことだけは誰よりもよく知ってるんだ。

 二人並んで傘を差しながら、ぼくたちはストリートを歩く。
「今日のお詫びに俺、エピキュリアンでチーズステーキ奢るよ!」
 すっかり調子を取り戻したアーチャーは嬉しそうに言った。
「本当に? 約束だよ!」
 次第に強まる雨のなか、雨音にも負けない大声でぼくたちは話し合った。アーチャーが体を揺らして笑うたびに、傘から跳ねた滴がぼくに当たった。隣にいる親友の清々しい笑顔を感じながら、アーチャーのようにぼくも勇気のある人間になりたい、帰ったらパパに本当のことを話そうと思った。
 アーチャーがそう思わせてくれたのか? それともぼくの心に住むぼくの本心がそう思わせたのか? はたまた神様がぼくに勇気をくれたのか? そんなことはまったくわからない。でも帰ったらとにかくパパにすべてを話して謝ろう――そう思ったんだ。
 ポケットのコインを握りしめたぼくは、傘に当たる激しい雨音と、跳ね返る水しぶきに足元を叩かれながらアーチャーと帰路についた。