『ちゃんと降りられたではないか』
マハトを飛ばしたあとは、黙りこむと言っていたはずのタクトの声がした。
「おまえ、俺をあそこから放り投げたあとは、話す力も無くなるとか言ってなかったか?」
『儂は術を行使しておらんからな。貴様を此処に運んだのは、先程感じた気配のようじゃが…。むっ、そこに立ってる柱の傍に寄ってみよ』
タクトに言われ、マハトはストーンサークルの中央にある柱に歩み寄った。
「クロスさんが言っていたんだが、この砂漠の周辺は古い遺跡だらけだそうだ。これもその仲間じゃないのか?」
柱の周りをグルッと回ってから、マハトは何気なく柱に触れた。
途端にサークルの周囲から中央の柱に向かって、街の広場によくある噴水のような水がザアッと吹き出してきて、マハトは頭から足元までたっぷりと水を被ってしまった。
「うわ、なんだこれは!」
『水…か。ストーンサークルの水……? ううむ、そういえば…』
濡れた髪を掻き上げ、顔や手から水を払っていたマハトがふと気付くと、マハトの隣に自分と同じぐらいの背丈をした、透けて光を帯びた人物が立っている。
「もしかして、おまえがタクトか?」
『儂が視えるようになったのか?』
クロスは、タクトを美女でも美人でもなく "美少女" と呼んだ。
その言葉とその後のやり取りの様子から、タクトはジェラートより少し年上、ジェラートは6歳ぐらいに見えたので、12歳ぐらいかと予想していた。
だが、マハトの前に立っているタクトは17〜18歳ぐらいで、高身長ながらスラリとした体つきをした、女性に見間違いそうなほど美しい青年だ。
クロスの目には12歳くらいと18歳ぐらいの姿が視えていたのだが、12歳くらいの姿を視ていないマハトは、そのことには言及せず、ただ容姿と口調のギャップの方に首を傾げた。
「おまえのその口調はなんなんだ?」
『なんだもなにも、偉大なる存在はこういう風に語るものであろうが』
ふんっと鼻を鳴らすタクトは、猫のような緑の瞳に古い時代の宮廷人が着ていたような服装をしていて、伽羅色の髪を腰より長く垂らしている。
「悪いが、その容姿で "偉大なる存在" と言われてもな…。というか、ふざけた少女にしか見えないんだが…。そんな長い髪を垂らしているからじゃないか? 俺の使ってる紐でよければ貸すぞ。透けてるから紐じゃ束ねられないのか?」
『儂のサラサラシルクヘアーに、いらん注文をつけるでない。それより貴様の額のそれは何じゃ』
「額? ああ…ただの痣だ。生まれつきのものらしい。普段は見えないんだが、何かの折に見えるようになるようだ」
『もっと良く見せい』
「見たければ、近くに寄って見れば良いだろう?」
『貴様の視ている儂は幻影じゃ。短剣の刃と柄の境目にある水晶を、額に当てよ』
マハトは、改めて短剣の柄に嵌め込まれている水晶を見た。
透き通った球の中に、金色の細い針が煌めく、実に美しい水晶だ。
言われた通りに短剣を捧げ、それを額に当てる。
心なしか、何かに覗き込まれたような気がした。
『分かったぞ、貴様の正体』
「正体?」
『これは痣ではない、巫の一族の証じゃ』
「はあ?」
『とぼけるでない』
「イナダとかいう魚なら知ってるが、それも魚の一種か?」
『誰も魚の話などしておらん、巫じゃ! 良いか、このストーンサークルは、人間が祭事を行っていた場所なのじゃ。巫とはつまり、神と交信が出来る存在じゃ』
「はあ? 神と直接話なんて出来ないだろう?」
タクトは少し思案する。
自分が常識と思っている知識の数々は、近代的な人間には理解の範疇の外にあるらしい。
マハトが、そもそも世界の理を知らない人間であることを考慮すると、言葉を選ばないと通じないのだろう。
『少し噛み砕いて説明するとじゃな、このストーンサークルを造った人間どもは、自分たちよりも能力の高い種族を "神" と呼んでおったのじゃ。ここは、神に "お願い" をするために設えられた祈りの場…と言えば通じるか? 巫はそれを行い、場を取り仕切る者だ』
タクトの説明に、マハトはようやく話を理解したのだった。