「では、攫った連中は、とりあえずジェラートの命を奪うようなことはしない…と考えて良いんだな」
「そもそも、人間(フォルク)神耶族(イルン)を殺すなんて、よっぽど策を弄さないと無理だしね」
「そういうものか?」
「上級幻獣族(ファンタズマ)を殺しにいくようなもんだよ」

 クロスの説明に、マハトはなるほどと頷いた。

『ジェラートは未だ子供ではあるが、儂の押し込み(・・・・)もあるから、丸め込むにも、しばらくの時間が掛かると見てよかろうぞ』
「しかし、不思議だな。おまえは決して思慮の浅い(もの)じゃなさそうなのに。そんなおかしな(もの)に目をつけられていて、なぜ悪目立ちするようなことをしたんだ?」
『おぬしも大概ボンクラじゃの。もし貴様がジェラートの立場にあったとして、目をつけられた原因が "自分が子供である" ためだと知ったら、傷つかぬか? そのような、避けようもない理由で、狙われて逃げ回る羽目になった子供に、気遣いをするのは傲慢か?』

 クロスが少し意外そうな顔をしている。
 たぶんその視線の先に、マハトには見えないタクトの顔があるのだろう。
 とはいえ、そのタクトの言葉はマハトを納得させるに足るものだった。

「すまない、余計なことを言った」
人間(フォルク)に理解してもらおうとは、思っておらんわ』

 タクトの顔は見えないが、その言葉が額面通りのタクトの気持ちと言う(わけ)でも無いのだろうと、マハトは思った。

「よし。神耶族(イルン)のあらましは判った。それで、こいつは何者なんだ?」
「アルバーラの四番弟子のカービンだよ。二番弟子のルミギリスとべったりツルんでる仲良し(・・・)コンビさ」
「なぜそこで、わざわざ仲の良さを強調するんだ?」
『オトコ不要のオンナ友達…という意味を、含んでいるからであろ』

 タクトは如何にも小馬鹿にしたような揶揄(からか)い口調だったが、そんなことよりマハトは、目の前のカービンが女性だったことのほうに驚いていた。

「女? じゃあそいつ、いや、その人は…、女性…なのか?」
『どこをどう見ても、オンナの格好をしておるではないか』
「格好…」

 カービンの身なりは、ガーターベルトにタイツとショートブーツ、それにマントを羽織っているが、今はそのマントが捲り上がって、肌が露出した胸当てが見えている。
 とはいえ、カービンの身長はマハトと大差なく、更に骨ばっていて胸にも尻にもほとんど肉付きがない。
 髪はボサボサで手入れもされておらず、それを面長で頬の痩けた顔を隠すように顔面に垂らしているので、正直、マハトのような(もの)でなかったとしても、性別を一目(ひとめ)で判別するのは難しいだろう。
 もっとも、魔力持ち(セイズ)はいわゆる "見栄え" のする(もの)は稀であり、痩せぎすで長躯か、痩せぎすで短躯ばかりではあるが。
 服装的には女性だが、そもそも他人の服装などに気を払う性質(たち)ではなさそうなマハトでは、無理からぬことだろうな…とクロスは思った。

「女性に乱暴を働いてたのか、俺は…」
「マハさん、そもそも先に仕掛けてきたのは向こうなんだし、性別に関係なく、魔導士(セイドラー)相手の時に容赦は不要だよ」
「そう、なのか……。それで、この四番弟子と二番弟子がコンビで、その二番弟子がジェラートを攫ったのか?」
「だろうね。それにルミギリスは、一番弟子のアンリーと、後継者を巡って泥沼の争いをしているって話だから、カービンからルミギリスの情報を聞き出せても、読めない敵がまだ居るって考えて行動するべきだろうな」
「よし、それならまずそのカービンを起こして、ルミギリスの居場所を聞き出すのが順当だろうな」

 マハトの提案に、クロスも同意した。