倉庫に向かう廊下もまた普通の廊下然としており、並んでいる扉にはいちいちプレートが付いている。
 それぞれのプレートには奇妙な名称が付いていたが、他人の家の中をいちいち覗くのもどうかと思ったので、ファルサーは廊下を進んで、それらの扉の前は素通りした。
 廊下の一番奥に、アークの言った通りの扉があった。
 どうやらここが目的の倉庫(ストック)らしい。

 だが扉を開けると、そこにはまたしても、ファルサーの想像を裏切る光景が広がっていた。
 天井は遥かに高く、向こうの壁はよく見えないほど遠い、広大な部屋だったからだ。
 そこに理路整然と等間隔に、天井まで届く石で作られた棚がビッシリと並んでいる。
 それぞれの棚は高さや広さが異なるが、全てにプレートが貼られていて、その名称に見合った物が収められているらしい。
 しばらく呆然と倉庫(ストック)の中を見て回ったが、やがて我に返ったファルサーは、アークの言っていたリストのことを思い出した。
 入り口に戻って見ると、扉の脇に木製の棚とボードが設えられていて、その(そば)に大きな肩掛け袋や背負い籠などが置いてある。
 ボードを手に取って見ると、そこには「(たきぎ)」のようなファルサーにも分かる名称の他に「緋蓬(あかよもぎ)」や「露羊歯(つゆしだ)」と言った、見たことも聞いたことも無い名称がいっぱいに並んでいる。
 ファルサーは、アークは自分を島に渡してくれる気など毛頭無いのではないかと思った。
 意味も判らない単語の羅列を眺めて、どうしてリストの物を集めることなど出来ようか?
 アークが手の中で弄んでいた水晶球のことなど思い返すと、自分はからかわれているとしか思えない。
 しかし金銭に興味は無いとハッキリ言われてしまっているし、そもそもアークが言う通り自分の手持ちの(かね)は此処までの旅費として渡された路銀で、しかもさほども残っていない。
 最初にこの路銀を渡された時、ファルサーには金銭感覚が無かったので良く解っていなかったが、旅に出て直ぐ、その(かね)が往路の分しか無いのではないかと感じた程度だ。
 アークはこの(かね)は受け取らないと言っていたし、そうなると要求された労働力以外に提供できるものはなにも無い。
 しばらくリストを眺めてから、仕方がないので頭を下げて、アークにこのリストが何を指示しているのか訊ねようかと考えた。
 だが、アークのあの高慢で人を喰ったような態度を思い出すと、頭を下げて訊ねる気持ちが急速に萎む。
 そもそもアークが「暇を持て余している」と言ったことも、ファルサーの心に引っかかっていた。
 自分にとっては命に関わる重大事なのに、あんな応対をされて、その上に頭まで下げるのか。
 色々な迷いをどう取捨選択しようかと途方に暮れつつ悩んでいると、ふと、棚のプレートにリストに書かれた名称と同じ物があることに気付いた。
 馬鹿げて広い部屋だが、棚の名称はアルファベット順に並んでいるようだ。
 棚に書かれた名称で同じ物を探せば、アークに教えを乞う必要は無いのではないか?
 ファルサーは、まずはストックの中での名称探しから始めた。
 そうして端から虱潰しに探してみると、リストと合致するプレートを全部見つけることが出来た。
 棚に収集されている物は植物が多く、鉱石も混ざっているようだ。
 ファルサーはリストと見合わせたプレートの棚から、見本になりそうな品をいくつかピックアップして袋に入れ、それから洞窟の外に出て、山の中を歩き回った。
 見本にした植物はほとんどが乾燥されていたので、最初の頃は区別がつかなかったが、何種類もの植物を集めているうちに、だんだん見分けが付くようになった。
 更に集めていくうちに、リストの植物は季節的に収穫時期の物ばかりであることにも気付く。
 どうやらアークはファルサーに難問をふっかけてきたのではなく、自分で収穫に行くつもりだったが丁度ファルサーが現れたので、仕事を頼んだようだった。