ワシは頭を抱えていた。
つい先日、聖女と賢者が王都を去った。しかも理由はあの無能のレンを左遷したワシに失望しただの、あいつのいない王都に未来はないだの。

ふざけるなと言いたい。
国王であるこのワシより、あの無能のレンの方が優れているなど有り得ない話だ。

ワシの判断はなにも間違ってはいない。
レンに何か吹き込まれて揺らいだだけだろう。

しかもなにせ向かった先はあのヘレクス領だ。劣悪な環境に耐えきれず、王都に戻ってくるに違いない。

そこまで考えてワシは、自分でも笑みがこぼれて行くのがわかった。

歪なまでに口が歪んでいるだろう。

あいつらが出ていったせいで、ワシの城での……いや王都での評判まで落ち始めていた。
人の噂というものはすぐに広まる。

「聖女様と賢者様が愛想を尽かして出ていかれてしまわれたらしい」

だの、

「理由は第五王子のレン様を左遷したかららしい。聖女様や賢者様が、自らあのヘレクス領に向かう程の理由になる人物……」

だの、

「ウチの娘が迷子が怪我をして座り込んで泣いていた時に、キズを癒して、ウチまで連れ帰ってくれたことがある。そんな優しい心の持ち主を左遷させるなんて信じられない」

だの、

「騎士団長様と訓練してるところを偶然みかけたことがあるが、かなりの実力者だった。終始圧倒していたし、騎士団長様の悪い癖や、アドバイスも的確に行っていた。それでいて、休憩中には冷たいシート? をおでこに貼ってあげていて、喜んでいたのを見かけた」

だの……。

ああああ!!!!
机を思い切り叩きつける。

思い出すだけでも腹が立つ。
現在のワシの評判はかなり悪いといっていいだろう。

レンを追放して、それを城のもの達に報告して以降、メイドどもはワシを汚物を見るような目で見てくるし、騎士団長も、剣聖も、魔術師長も、結界魔術師長も、どいつもこいつも、その決定は可笑しい、貴方は何もわかっていないとほざく始末。

無能を1匹追放した。ただそれだけのことだ。何故こいつらはレンがレンがと言ってくる。意味がわからない。

しかし。 ワシは再びニヤリとする。

見立てではそろそろ寝を上げて、聖女どもが帰ってくるはずだ。

「私たちが間違っていました。これからも国王様の元で働かせてください。なんでもします」

こういうに違いない。

ククク……。
しかしワシはこう返答してやる。

「今更もう遅い。しかしワシは心が寛大だからなぁ。一生城の飼育小屋で畜生共の糞尿でも掃除してろ。もちろんそこが貴様らの住む部屋だ」

となぁ。そう言い放った時の顔が見てみたくてしょうがない。

くくく……!! 想像したら気分が良くなってきた。
よぉし、仕事をしよう。

「おいメイドぉぉ!! 書類をもってこんかぁ!!! 」

大声で怒鳴るが、誰も入ってこない。

なぜだ? いつでも呼びつけて雑用をさせれるように必ず一人は部屋の外に配置しているはずだ。

少し待っているとカツン、カツン、と金属が擦れる音がなりながら、足音が近づいてきた。

ちぃぃっ、やっときたか。このメイドはもうクビだ。

呼びつけてからやってくるまでに数十秒もかかったことにイライラしたワシは、机に置いてあった、飲みかけが入ったコップを持ち上げ、腕を振り上げる。

入ってきた瞬間に飲み物を顔にぶちまけてやる。
これでワシの溜飲が下がるのだから、本望だろう。

ギギギ……とドアが開く。

今だ!
入ってきた人物にコップを投げつけた。

その人物の【甲冑】にコップが当たり、衝撃で粉々に割れる。びしゃりと液体が全身にふりかかる。

そう、【甲冑】に。
一瞬、ワシの思考が止まった。

甲冑を着るようなメイドは居ないはずだ。
それに思い返せば、何故ドアの向こうからやってくる足音に、金属が擦れる音が鳴っていたのか。

メイドは全員メイド服を着用させているので、金属なんて一切身についていない。

と、なると……。今、目の前にいるであろう人物はメイドではない。そして、メイド以外にここに来るような人間。

執事……違う。

ここまで考えてワシの頭は真っ白になる。とてもじゃないが目の前の人物の顔を見上げることが出来ない。

いや、待て、落ち着くんだ。
焦りからよく考えれなかったが、兵士どもだって甲冑を来てるはずだ。

ああ、そうだ。ワシは何を勘違いして焦っていたのだろう。
報告に来た兵士だ。それ以外ありえない。

しかし何故だろうか。
目の前にたっている人物からとてつもない殺気が、襲いかかってきているのだ。

並の兵士が出せる殺気をゆうに越えている。
そう、まるで王都の最上位クラス。

ワシはまた現実逃避をする。
そうだ、息子達だ。外で訓練をしていたから甲冑でも着ているのだろう。そうに違いない。

ワシはようやく顔を上げて、来訪者の顔を見上げた。
そして、絶望する。

目の前にいる、飲み物で顔と髪がべちゃべちゃになった女性の姿を見て。

なんとか力を振り絞り声をかける。

「こ、これはメリア殿。以下にしてこちらへ……」

ダメだ、情けない声になってしまった。

無理もない、なにせメリアは王国最強クラスの騎士団長なのだから。

とんでもない人物に飲み物を、それも顔面にぶちまけてしまった。

急ぎポケットからハンカチを取り出す。

「こ、これでお顔をお吹きくだされ。こ、これは事故でして……」

メリアは顔をヒクつかせながら言う。

「そうか、事故か。部屋にやってきた人物に顔も見ることなく飲み物を、いや器物を投げつけてきたのが事故か。ハハハ! 国王様は面白い事をおっしゃるな」

「ガハハハ! そうであろう!! 」

メリア殿が笑うので、つられてワシも大きく笑う。……両者、顔をヒクつかせながら。

「して、何用で」

ええい、ビビらせやがって。
こいつだって国王が直々に飲み物をぶちまけたんだ、今頃感謝し、ありがたみを噛み締めているはずだ。

「(なっ、なぜこのあほ面バカ国王はこの状況で笑ってられるのだ!? さっきのは皮肉に決まっているだろう。謝罪の一言もなく、平然と、いや、当たり前のようにふんぞり返っているのはおかしいだろう!? 今ここで叩き切ってやってもいいんだぞ……はっ、いかんいかん。深呼吸してっと)こほん、ここに参ったのは他でもない」

なんだ……?
まさか、こいつまで辞めるとか言い出さないだろうな。

いや、こいつの家系は先祖代々王国の騎士団長としてこの国に仕えてきた。そんなやつが辞めるなどありえない。

「マサカコンナコト国王、すまないが私、メリア・トライシスは王国騎士団長を辞めさせていただく」

しかしメリア殿の口から発せられた言葉は、ワシが危惧していたものだった。

「なぜだッ!? 先程のは事故だと言っただろう!! 」

「(こ、こいつはやはりアホ、アホなのか!? 飲み物を頭にかけられたから、ふてくされて辞めると言い出したと思われてるのか!? )違うに決まってるだろう!? 私はそんな幼稚ではないぞ!? 」

「じゃあ、なぜぇ!!!!!!!!! 」

「(唾を撒き散らかしながら怒鳴らないでくれ、私は今日は液体まみれになる一日なのか!? というか、)そんな理由も分からないのか!? 少し考えたら分かるだろう」

「分からんから聞いてるのだろう!!!!!!! 」

「(よくこんなやつが国王になれたな!? 今までレンから愚痴は聞いていたが、まさかここまでとは……あいつがここまで苦労していたことに気づけなかった私は、あいつの友失格だ。あいつはいつも私を気遣ってくれたのに……)」

メリアは深呼吸をする。
そして、意を決した様子で言う。

「友が心配だ。あいつのサポートに回る。ああ、安心しろ、私の後釜は全信頼を置いている副団長に任せている。これからも変わらないはずだ」

「その友が誰だときいているんだあああああ!!!!! 」

「私の心からの友はただ1人。レンだけだ。では失礼する」

「ま、待ってくれ……いや、まてええええ!!!!! 」

メリアはワシの魂の絶叫を無視し、きびすを返す。
しかし、思い立ったかのように立ち止まる。

考え直してくれるのだろうか、ワシの言葉で踏みとどまってくれるのか。

そんな願いとは裏腹に、淡々と言う。

「このエンブレムの付いた甲冑や鎧、剣。一式ここに置いておく。副団長に渡してくれ」

そして今度こそ立ち止まることはなく、ドアが閉まった。
部屋に一人取り残される。

また、レンだ。
聖女も賢者も、そして騎士団長も全員が「レン」。

抗議に来たメイドどもも、全員、どいつもこいつも口を揃えて「レン」。

これじゃあ、あいつが国王みたいじゃないか。

「レンんんんぅぅぅぅぅ!!!! ……待っていろよおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!! 貴様の全てを壊してやるからなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!! 」

机の上にあった紙束をぐしゃりと握りしめる。
重要な書類の束だが、今はどうでもいい。

ワシの顔に泥を塗り、恥をかかせ続けるレンをどうやって潰してやろうと、その計画をねり始めるのであった。