なんだかんだ平和な日々を過ごしている。

変な案件も舞い込んでこないし、領地は少しずつ発展していっている。

そして今日は領地の外にやってきた。
ヘレクス領までの街道は、ナナンちゃんを外に連れ出した時に少しだけ整えたが、それだけだ。

多少整えてもまだ雰囲気が悪い。
言うならば薄暗くて、近寄り難いような雰囲気を醸し出している。逆にこれがあるから、この道を進んでは行けない。あの領地に続く道だ、とか言われるのかも。もっとこう、安全ですよってアピール出来るようにしなければ。

それだけて人が来るのかと言われたら微妙だが、こういうところから改革していくべきだろう。


「それでマーリンを連れてきたの〜? 」

「いや、勝手に着いてきただろ。俺、誘ってねーし」

「あら? マーリンをじっと見つめてたじゃない」

「捏造するな。一切そんな記憶ないぞ」

「レンちゃんが5歳の頃」

「はっ倒すぞ!? いつの時代を引き合いに出してんだ……お前俺がそんな小さな頃から近くに居たんだったな。そーいや」

「だってお抱えの賢者でしたし。あのくらいの頃は皆可愛かったわね〜今じゃ全員憎たらしい態度とってるけど、大人になった証拠ね」

「おい、あいつらと同類にすんな」

俺は不満を口にする。
だってそうだろう、クソ兄貴達と同じ括りにされるなんて溜まったもんじゃない。自分で言うのもなんだか、アレらよりはマシだと自負している。

人に不躾な態度はとってない……と思う。
まずお偉いさんと話さんし。ガークと話してる時に話題にでた王女とか、魔界に住んでるロリババアとか。実際にはお偉いさん的な立ち位置なんだろうけど、どうも本人がバカっぽくて、同年代、ロリババアは一回りも二回りも小さい子供みたいな扱いで考えてしまう。

「レンちゃんへの憎たらしいは別の意味で、ですよ〜」

「はぁ、よく分からんがまぁいい。着いてくるなら手伝ってもらうぞ」

「元より手伝うつもりで来たわけだし、もちろん手伝うわよ〜」

そうか。
……うん? 俺は誰にもこのことを朝食の時間に伝えていないはずだ。出かける時にリーナ、トメリル、トゥーンちゃんのメイドコンビか玄関でお見送りをしてくれたが、その時にも散歩としか答えていない。

ましてや外で合流してきたマーリンが知ってるわけが無いのだが。

「何故知っている? 」

そう聞くと、ニヤニヤとしながら言ってきた。

「レンちゃんがサボる時ってあんな真面目な顔して散歩に言ってくるとか言わないもの。というか昔からサボる時ほど仕事をしてくるって強調してたもの〜」

その言葉に俺はショックを受けた。

「そんなに分かりやすかったのか……」

しかし、これは彼女が賢者だからってのもあるだろう。
洞察力のある人間だし。

そんなことを考えていたが、次の一言で否定された。

「クレ二ちゃん以外、分かってるわよ」

「へ? 」

「レンちゃん、散歩に行くってリーナに言った時に彼女、ニコニコしてなかった? 」

「言われてみれば確かにそうだったな」

出る前はただ機嫌がいいのだろう程度しか考えてなかったが、実際は俺が真面目に働きに行くのを見越したから微笑んでいたらしい。

そんなに俺って分かりやすかったのかと、肩を落とし項垂れる。

「つーかクレ二で思い出したけど、君あいつに何吹き込んでんの!? 」

「マーリンはただ一人の恋する乙女の相談に乗って、背中を押しただけよ。何も言われる筋合いは無いわ〜」

「そうだけどさぁ……」

「返事はいつでもいいって、普通ありえないわよ? 」

「俺としちゃありがたいが、まぁそうだろうな」

「返事どうするつもりなの〜? 」

「仮にも元とはいえ聖女だろ? 逃げるようにしてここに来たとはいえ、問題になって面倒事になるのは避けたい」

「レンちゃんなら協会と対立しても余裕でしょうに」

「そういう問題じゃねー! 俺はゆっくりのんびりしたいんだよ」

「(否定はしなかった……ここに来てレンちゃん少しは自分に自信を持てるようになったのかな。マーリンとしては嬉しい限りだし、リーナはマーリン以上に嬉しいでしょうね)」

「何その子供の成長を感じてる母親みたいな目」

「あれ、そんな顔してた? 」

頷くと、あちゃーと頭に手をやるマーリン。

「マーリンも人のこと言えないくらい顔に出るのね。嫌な目だった? 」

「んや、別に? 俺にとっちゃリーナが母親みたいなとこあるけど、お前だって俺を育ててくれた大切な母親だと思ってるぜ? 」

その言葉に固まったマーリンは複雑そうな顔をしながら小声で何かを呟いたが聞き取れなかった。

聞き返したが、

「なんでもないわよ〜」

とのことだったので、あまり深くは考えず歩いていき、道をぬけて看板がある場所までやってきた。

その看板にはここから先は危険だなんだの書かれている。

ヘレクス領をいじめて楽しいか!
なんて言葉が出そうだが、それはさておいて。

「まずはこの看板を引っこ抜いて、新しく看板を建てようと思うんだが、どう思う? 」

「いいと思いますよ〜まずはこの看板をっ〜……んぬぬぬぬっ!! こ、これどれだけ深くに埋まってるのよ〜。マーリンの魔法ですらビクともしないわ〜」

ふむ、これを建てた奴は余程ヘレクス領が嫌いだと見た。もしこの看板を建てた奴、それに作ったやつと会う機会があろうものなら一発殴りを入れてやる。

それに親父も。

「それは左遷されたからか? 」

「んや、ここに何も支援をしてこなかったからだよ。ってマーリンなら分かるくね? 」

「マーリン何も言ってないわよ〜」

ん? 確かにいつもの間延びしたような、おっとりした声じゃなかった気がする。先程の声はもっと低くて、性別や素性が分からないような声で。認識阻害の魔法がかかってる。

俺は後ろを振り向く。そこにはフードを被った一人の姿が。
深く被っているせいで、顔は見えない。

「だれっ!? 」

マーリンが一瞬で戦闘態勢をとる。その顔にはすぅっ……と一滴の汗が垂れている。

まー確かにヤバそうだけどさ、目の前のこいつ。魔力量えげつないし。

けど、俺はそいつに1歩、歩みよる。

「ちょっとレンちゃん!? 」

その行動をみて慌てるマーリンに、左手を上げる。

「大丈夫そうだよ? あいつ」

「レンちゃんなら気づいてると思うけど、あの人魔力量やばいわよ」

「けど殺気とかないし、敵意もないみたいだぞ? そこの人、そうだよな? なければ俺とハイタッチしようぜ」

「うむ。しかし何故ハイタッチしなければならんのだ」

「その瞬間にお顔が見えるかな? って」

「まだその時では無い。素性を明かすのはまだ先であろう」

「えー今教えてくれないのかよ」

「今日ここにきたのは他でもない。大事な話をしに来たのだ」

大事な話なら正体あかせよ、と言いたいところだ。

「隣の女もそう身構えるな。ただお隣さんとして挨拶をしに来ただけだ。どうも人間にはそういう文化があると部活から教えられてな。それで来た感じだ」

へーお隣さんね。そんなアパートの引越しみたいなノリで、挨拶来てくれるもんなんだな。世間一般的に見たら、近寄り難いだろうに。

そこまで考えて、ふとおかしい点に気づいた。
お隣はピクニックにも行った森、逆側は魔の森。後は海。
てことはお隣のお隣さん? なんて現実逃避してみる。

「我が主が森から降り立つ訳にもいかぬからな。我はただの代理だ」

「森ってもしかして魔の森であってる? 」

「うむ。瘴気が濃い方だ」

「やっぱりかー。まぁ、これからよろしく頼む! 俺は最近ここの領主になったレンだ。で、こっちがマーリン」

「なんでそんなにすんなり納得出来てるの!? そして会話スムーズすぎない!? 」

「敵意がなけりゃなんだったっていいよ。魔の森に住んでようが、ただのお隣さんなのには変わりないし」

「我はザグトウェス。もし我が主に用事がある時は我の名前を言え。融通が聞くはずだ。ではまた会おう」

そう言って、正体不明で尚且つ魔の森に住んでるザグトウェスはこの場から消えた。

俺と同じで転移魔法が使える人間、いや人間なのか怪しいが。

雰囲気やあの魔力量、そして今の転移魔法。どれをとっても実力者なのは間違いない。

彼はただの挨拶だと言っていたが、何故このタイミングだったのか。魔の森に住んでいるというのは本当なのか。そして主の存在。主ってくらいだし、あいつよりも強いのだろう。

マーリンにはああいったが、とてつもなく面倒事が始まりそうな気がしてならない。

俺はため息をつきながら、新しい看板の作成に取り掛かるのだった。

ちなみにマーリンはさっきの出来事が衝撃すぎたのか、固まっていたので結局一人で仕上げた。