左遷されたチート錬金術師の最強領地経営〜劣悪な辺境に追放されたけど、何故か次々と俺を追って王国中の美少女たちや、慕ってくれる仲間がやってきた結果、王国を超える領地が出来上がってしまったんだか?〜

「あー暇ぁぁ……ふわぁぁ」

「大きな欠伸をしないでください。仕事中ですよ」

「そんな怒らんといて……」

「では仕事に集中してください」

「いや仕事って……」

机の上には大量の紙……なんてものは無く、俺がさっきまで寝てた証拠となるヨダレが垂れていた。

きったね。

「あの……なんか仕事ないんですか」

「今は特に何も起きてないので、ぐーたら過ごしていいですよ! 領民からも領主が直々に出るような案件はなさそうなので」

うーん、かといってまた寝ようとしたらリーナに怒られるだろうし。

「では領地の外を見て回るのはどうでしょう!? 」

「俺はいいぞ」

「レン様? ただサボりたいだけでは……」

「これはサボりでもなんでもないぞ! 外を視察して危険がないかチェックする。れっきとした仕事だ! 」

「まぁいいですけど、では支度をしてまいります。せっかくのお誘いですしね」

「やったー! 皆さんでピクニックです! るんるんです! 」

そう言ってリーナとトメリルは領主室から退出した。

俺=領主の仕事。二人=ピクニック。
つまりちゃんと仕事してる俺えらい!

そうだ、せっかくだしトルンとトゥーンも誘ってみよう。

部屋を移動し、トルンの部屋(仮)に行ってドアをノックする。

「おーい俺だけどー」

直ぐにドアが開き、トルンとトゥーンが顔をのぞかせる。

二人とも一緒に居たのか、トゥーンを呼ぶ手間が省けてよかった。

「レン、何か用?」

「ちょっと出かけるんだが、お前らもくるか? トメリルが言うにはピクニックみたいだぞ? 俺は領主の仕事として赴く訳だが」

「いく。待ってて、五分で支度する」

「あはは、ピクニックですか! いいですね!!私も行きたいです! ご迷惑でなければですけど」

「ピクニックに迷惑なんてないぞ。気にせずトルンと支度をしておいてくれ。終わったら玄関に集合してくれな」

「あ、いやピクニックはそうなんですが、あまり大勢で行くと領主としてのお仕事を邪魔しちゃわないかなって……」

そんな真っ直ぐとした気持ちに、後ろめたくなる。
自分は仕事として、を強調し過ぎてしまった。
ほんとは俺もピクニック気分なんだけどな、わはは。

「仕事がピクニックだ。気にせずに準備をしてくれ」

「へ? 」

「ま、まぁそういう事だから。じゃ」

「ははーそういう事ですか! 私ニブチンでしたね! いつもだらけてるようでだらけてないレン様ですけど、リーナ様の目がある手前、あくまでも俺は仕事として行くアピールってことでしたか!! 」

「バカ!!声がでけぇよ!! 」

「あっ、すいません! 私ったらつい……」

慌てて口をつむったトゥーンちゃん。

まったく……もしリーナがこれ聞いてたらどうすんだよ。ゲンコツ食らうぞ。

「! わ、わたしはぁ……これで一先ず失礼します……ね? ほ、ほらピクニックですし? おめかししなくっちゃ。トルン様のお手伝いもしますので……すいませんっ!! 後で謝りますからー!! 」

俺の後ろ? を見て焦ったような顔をしているトゥーンちゃんは、早口でそう言うと、物凄いスピードでドアを閉めた。

はて、どうしたんだろうか、と首をかしげた瞬間、足元近くに足元があった?

幽霊、なのかな?

逆に幽霊であってほしい。いや、幽霊に決まってる。
俺はフラグなんて立ててやいない。

「そうですよ? 幽霊です。ですからこちらを向いてください」

なんてこった、背中の幽霊は俺のメイドさんの声とそっくりだ。

怖くて後ろなんて向けたもんじゃない。後ろ向かなくても背中開眼したら見れるんだけどね。見るの怖いからね。

テ、テレポート。

俺は頭の中でスキルを発動させた。
無事トルンの部屋の前の廊下から、俺の部屋にテレポートできた。

さっきのは幽霊、さっきのは幽霊……。

少し身支度を整えてから、待ち合わせ場所である玄関に向かった。まだ誰も来ておらず、玄関近くの階段に腰掛けて皆が来るのを待っていると、トメリルがやってきた。

「あっレン様! はやいですね」

「んにゃ、はやいっつーても、そろそろ時間だぞ」

トルン達はともかく、リーナが約束の時間ギリギリになるまでやってこないなんて今までただの一度もなかった。

「おめかししてるんですよ! おめかし」

「トゥーンちゃんも言ってたけど、ピクニックくらいでおめかしするもんなのか? しかも本格的なピクニックでもないただの外回りだぞ? 」

「バカですねぇ〜。リーナ様の今までの苦労が目に見えて分かります。レン様はこの方面にはからっきしですね」

「何を証拠にドンドコドーン!? 」

「いいですか? 好きな相手とお出かけする時は女の子はおめかしをするんです」

「え、じゃあトメリルも俺の事好きってこと? 」

「ひゃえぇっ!? わ、わわわわわたしはおめかししたい気分だったからしただけです!!! 急にとんでもないこと言わないでください!!!! 」

みるみる顔を赤く染まらせ、ぽかすか叩いてくる。

「ん、おまたせ」

「遅くなってごめんなさい〜! 」

なるほど、観察してみると確かに普段とはちょっと違うな。花の髪飾りを二人とも付けていて、初めて見る二人の姿に新鮮な気持ちになる。
なんか双子みたい?

「お待たせしました。って私がビリですか」

「ああ! ぶっちぎりのビリ! 」

言った瞬間、無言でひっぱ叩かれた。
俺ですら捉えられない速度での高速ビンタ。神でも見逃しちゃうね。

「「「「デリカシーがない」」」」

こうしてピクニック……いや、領主としての仕事である外回りが始まったのだった! 俺、不憫!!
「いってー……何も叩くことないだろ……」

「こればっかりは擁護できないですよ! 」

とトメリル。

「あれはレンが馬鹿」

「そうですよ! レン様は錬金術で【女心】みたいなスキルでも作って、それを理解した方がいいんじゃ……」

「どーやってそんなスキル作るんだよ」

「私たちからしたら【アイテムボックス】とか【テレポート】とかの方が、どうやって作るか気になるんですけど!? 」

「そう言われてもなー、作れちゃったんだから仕方ない」

「オバケです! 神様はどうしてこんな完璧超人に【女心】を外してしまったんでしょうか。それさえあればハーレムでしたでしょうに」

「ん、 いまでもハーレム。四人もレンの周りにいる」

「トルン様ハーレムと言うのは、その男性に好意を持った女性が複数人いて、ごにょごにょ……」

「しってる、だからハーレム」

「いや、ですから〜!! 」

そんな会話をしながら森を進んでいく。

ゴブリンが草むらから飛び出して襲いかかってきた。

「あ、ゴブリン」

俺はそう呟いたが、一斉にツッコミが入る。

「レン様、こいつはゴブリングレートです」

「リーナ様やっぱりそうですよね!? どうみても普通のゴブリンじゃないですもんね!! 」

「ん、ゴブリンの数倍強い」

「えー? 同じようなもんじゃね? そいっ」

手刀で目の前の空間を横に切る。それと同時にゴブリングレートは真っ二つ。

「な、何をしたんですか!? 私にはレン様が手を少し振ったようにしか見えなかったんですが!? 」

「あってるよ」

「え、それで倒したんですか? 」

「うん。こう手でズバッと」

「私の目がおかしいだけですか!!?? 一切ゴブリングレートに触れてなかったように見えたんですが」

「触れてない。脆すぎて衝撃波で真っ二つになった」

「手を振るだけでゴブリングレート倒すって……もうなんか信じれません。レン様魔王だったりします? 」

「なわけ。ただの無能ぐーたら領主だ」

「こんな無能がいるわけないですよ!? ほんとにレン様のお父様であるマサカコンナコト国王様や兄弟の方たちは、レン様の何を見て無能と判断したんです!? 節穴すぎません!? 」

「病気なのかってくらいレン様のこと毛嫌いしてましたからね〜。けど剣聖様も賢者様も、結界魔術師長も、他の皆さんは気づいてますからね、レン様が優秀だってこと」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、買いかぶりだって。今の技くらい兄貴たち全員出来ると思うぞ? 」

「王国ってそんなバケモン揃いなんですか!? 」

「レン様以外誰にも不可能なので安心してください」

トメリルは呆れた様子でそう答えた。

「え!? 兄貴たちこれ出来ねぇの!? 」

こんな簡単なのに!?
手に魔力込めてズバッとするだけだよ!?

試しにやってみて、とお願いしてみると、リーナがやってみてくれることに。

魔力を手に込めている。全身から魔力が手に流れて集中していってるのがわかる。そして俺の真似をして手をふる。

目の前にあった木の幹に小さくではあるが傷がついた。

「ほら簡単だろ? 初めてだから傷が付く程度だけど、練習していけば、あのくらい余裕になるぞ」

「出来てしまいました……」

「えぇぇぇぇえ!?!? ちょ、リーナ様!? 」

「トメリルも頑張れば出来るようになるぞ。そうだ、開けた場所に着いたら皆で練習でもしないか。覚えておいて損はない技だし」

「じゃあ……お願いします」

「ん、やる」

「トルンは似たようなこと出来るだろ」

「レンに教えてもらいたい……だめ? 」

トルンが可愛くお願いしてきた。
そういうことなら仕方ない。というか断れん。

「じゃあ皆で練習だー! 」


30分後。
くたくたになった四人とサンドイッチを食べながら、領地を眺めていた。

森の上の方の開けた場所にある丘からだと、ちょうど領地一帯を眺めれる絶景スポットだった。

ちなみにここ、最初来た時にやばさがビンビンにあった例のどちゃくそにやばい森である。

道中いろいろ魔物が襲いかかってきたけど、ぶっちゃけザコしかいなかった。

最初に感じたあの気配、あれは気のせいだったのか。

「レン様、今日は領主の仕事お疲れ様です」

リーナがそう言ってきた。

「ピクニックしただけな気がするけど」

残り一個となったサンドイッチに手を伸ばしながら言う。

「あら、認めるんですか? 」

ギクッとなり伸ばしていた手が止まる。それを見逃さなかったリーナがサンドイッチを横取りする。

「私に内緒でお話して、私が近づいた瞬間にテレポートで逃げておいて、今はみとめるんですか」

「さーせん」

反論の余地もなく、今日の出来事が楽しかったからか、自然と謝っていた。

「ふふっ、冗談ですよレン様。ピクニック以外でもちゃんとお仕事してくれたじゃないですか」

「なんかしたっけ? 」

「私たち全員にチート技教えてくれたじゃないですか。しかも全員が安定して出来るようになるまで何回も」

「なりゆきみたいなもんだしなー」

「疲れた人から休憩させてましたけど、レン様は一切休憩挟んでませんでしたよね? 普段からサボりたがってるのに」

「そりゃ必死に頑張ってるお前らを置いて、一人で寝っ転がって鼻ほじったりはできねーよ」

「普段私とトメリルが必死に雑務こなしてるのを横目に、今言った行為をしているのはどこの誰ですかね」

「解せぬ」

「これで私が言いたいことって分かりますか? 」

「今日みたいにサボらずに仕事しろってことか? 」

「はぁ……ほんとに女心が分かりませんね」

またでた女心。今日だけで何回その単語を言われるんだ俺は。

「いや……これは関係ないかもしれませんが……自分からすることは面倒くさがるけど、相手から頼まれたことは絶対にやり遂げるし、真剣に取り組んでくれますよね。私、そんなレン様が……」

レン様が……?

「す……」

す?

「素晴らしいと思います。なのでこのサンドイッチをあげます」


奪われたサンドイッチが手元に戻ってきた。
リーナの食いくさしの半分欠けたサンドイッチが。

「あ、ありがとう? 」

手渡された食いくさしサンドイッチを口元に運び、ひと口。うん、美味しい。

「これから様々な苦悩も待ち受けてると思いますが、貴方となら乗り越えられる気がします。というか世界で一番問題起きそうです」

「人を厄介者扱いするんじゃありません! 」

「でも貴方のそばに居るのが世界で一番安全だとも思います。だから安心して私は身を委ねられます」

そう言うと隣までちょこちょこと移動してきたリーナは俺の肩に頭をポンッとのせると、すやすやと寝息をたてだした。

……なんでも完璧にこなすメイドさんでもあの練習は堪えたのかもしれない。

他のみんなもリーナを起こさまいと、談笑をやめて静かに夕陽を眺めているのであった。
あたし、クレニール・スアントル。
王国で聖女をやってるよっ。

聖女ってこの王国でたった一人しか存在しないんだって。

そのせいであたしは今日まで散々な目にあってきた。

変な修行はさせられるし、変なのしないといけないし。
お祈りめんどくさいし。

それでもあたしが逃亡したら、神が世界を滅ぼすだなんて脅されるもんだから逃げるに逃げれないし。

さっさと後継者現れてくれー!

ずっと退屈な日々を過ごしていたある日、あたしは変なやつに出会った。身なりは整ってるけど、口調は砕けてるし、お世辞にもまともなやつには見えなかった。

そいつ教会に来たかと思えば、女神像の宝玉を指さして「あれ、そろそろぶっ壊れるぞ」だなんて言って、宝玉に手のひらを向けて、何やら力を貯め始めた。

あたしは突然のことに口をぽかーんとして遠くからそれを見つめるくらいしか出来なかった。

当然、急に女神像の宝玉がぶっ壊れるだなんて言われても困るよね。

女神像が壊れるなどなんて罰当たりな事を口にするんだとキレ始めたうちの連中が、わらわらとそいつに襲いかかっていく。

止めようとしたけど声が出なかった。

だって、1秒後には全員床ペロしてたもん。
それみてあたし、ざっこって思っちゃったよ。

騒ぎを聞き付けた門番の聖騎士も、そいつに斬りかかってたけどイチコロ。

うちの連中がクソザコなのか、こいつが強いのかよく分かんなかったくらい。

けど、神の加護ゴリゴリに付与されためちゃ強い甲冑とか大剣を持った聖騎士を、生身で瞬殺しちゃう青年の方が凄いという結論に至った。

外見弱そーだけど。

んで、他にもわらわらうちの連中出てきて、そいつ話し合いしてたけど、うちの連中みんなガンコなの。

女神が全てなの。それ以外なんも聞き入れないの。

あたしの言葉すらたまに流されるんだからね?

あたし聖女なのにだよ!?
いや、普段はめっちゃあたしの言うこと聞くけど。たまに狂ってんのかってくらい話が通じなくなるのよ。

めんどくさそうに事情を話してる青年君だったけど、やっぱりうちの連中聞く耳持たず。

可哀想だったからあたしが仲介に入って、連中を持ち場に帰らせたり、伸びてるクソザコ聖騎士を運ばせたりした。

そして青年君と二人でお話したんだけど、ここからがビックリなの。

コイツ王子だったの!! 第五王子!!

最初はウソだと思ってたけど、この王国のこととかめちゃ詳しかったから信じた。

そこで事の重大さに気づいたの。
うちの連中とんでもないことやらかしてね? って。

第五王子とはいえ、この王国の王子に問答無用で襲いかかるアホ達、チート大剣で斬りかかったドアホクソザコ聖騎士、出禁だとか言い放ったアホ連中。

次々と浮かび上がる粗相にあたしの頭の中は真っ白になった。

次の瞬間にはダイナミック土下座してて、ガチで100回くらい謝った記憶がある。

なんか思い出したらおでこ痛くなってきた。さすさす。

まじでやべぇ、ってことしか頭にその時無かったから、青年君こと第五王子君はあたしが1回謝った時からずっと止めてくれてたらしいんだけど、ぜんっぜん聞こえてなかった。


で、なんかあの場で庇ってくれたことに感謝されて、食事に誘われた。

こいつやりおる……。聖女様をさらっと食事に誘ったんだよ。(本人からすればこれ以上謝られてもめんどくさいので、打ち切るための案に過ぎなかったのだが)

別に断る理由もないし、よくよくみたら第五王子君イケメンだし? OKしちゃったよ、きゃっ♡

それで約束した後、この場はお開きとなった。

別れ惜しむ素振りもなく、すたすた帰っていく第五王子君……名前はレンらしいからレンくん? いや王子だからレン王子? 様?

「呼び捨てでいいぞ」

とのことなのでレン君って呼ぶ。
レン君、ちょっとは名残惜しんでくれてもいいじゃん。

なんで食事の約束までした中なのにそんなすんなり帰って行けるのよ。

あたし聖女様よ。(n回目)

「は、はぁ……」

そんなだるそうにしないでくれる!?

このまま帰られても癪なので帰り道ちょこっとだけ着いて行ってやる。

「あの、聖女様? 俺おうち帰るんで? 」

「クレニーでいいわよ」

「じゃあクレニーよ、俺はおうち元い城に帰るんだ。あんたも帰れ。教会に住んでるのか家あるのか知らんけど」

「言われなくても帰るわよ。けど一つ伝えたいことがあってね? 聞いてくれる? 」

「えーだるいから帰りたいーーー」

「ちょっ!? こんな夜のロマンチックな風景の中、女の子が会話を切り出してきてるのにだるいから帰るとか酷くない!? 」

「じょーだんじょーだん。聞いてやんよ」

ひらひらと手を振りながら、こちらを見てニヤッと笑う。
殴りたいほんとに。

「あのね? 今日はありがとね」

「感謝される覚えはないぞ。謝られる覚えはあっても」

「今ここでまた100回土下座しましょうかぁぁ!? 」

「ウソ! ウソだから!! みろ!! 通行人白い目で見てるぞお前のこと!? 」

「誰のせいだと思ってんのよ!? 」

あーもう、まったく。
今日初めて話したのに……。

こんなに憎いことやってくるのに。

こいつと喋ってる時間が楽しい。
もっと話していたい。

こいつの城までついていって、夜中まで語り明かしたい。

そんな感情が湧き出てくる。

「あ? おまえ顔赤いけど熱でもあんのか? 」

そう言って、あたしのおでこに手を当てる。

「ふぇっ……!? ね、熱なんてないから心配しないでよね! 」

あーあ……こんな強く言っちゃったから、手離しちゃった。
もっと触れていて欲しかった。

って、あたし何考えてんの!?
けど、なんか今なら胸の内をさらけ出せる気がする。
こいつになら……。

「あのね、あたし教会で心からこうやってお喋り出来る人いなかったから、楽しかったわよ。だから感謝してあげる」

上から目線になっちゃったけど、これが限界。

あたしが思い切って想いを伝えた。
それを聞いたこいつはというと。

照れてた。うん、なんか意外。こいつにもそういうとこあんのね。安心した。

お互い立ち止まったまま、数秒の時が流れる。
先に静寂を破ったのはレン君。

なんか手元が変な光で輝いたか思ったら、ベアーのぬいぐるみが現れてた。

それを手渡してきた。

受け取ったあたしは、ぬいぐるみをまじまじと見つめる。
実際のベアーって怖いけど、これはちょー可愛い。

「なんで……? 」

「いや俺も知らんわい! 女の子が喜びそうなものって念じながら錬成したらそうなった! んじゃ、またな! ご飯一緒に食べよーな! 」

レン君はそう言うと、暗闇に消えていった。
いや、比喩表現じゃなくてガチで消えた気がするけど、多分気のせいだよね。


その日の夜はプレゼントされたぬいぐるみを抱きしめながら、レン君との今日の思い出を思い出しながら眠った。
で、なのよ。ここからが問題。
あたし、さっきとんでもないこと聞いちゃったのよ。

第五王子が辺境に、しかもあの恐ろしい噂しか聞かないヘレクス領に左遷されたって。

へー第五王子が左遷ねー。王位継承権1番下だし、家でだらだらしてるから飛ばされたんかなー。

第五王子……。

えっ、レン君!?!?

その立ち話をしてた二人組に、詳しく話を聞かせてもらおうと詰め寄ったが、あまりにも焦りすぎていたせいか、はたまた人に見せられないような顔にでもなっていたのか分からないが、ビビって逃げられた。

持っていたペンを投げつけ、怒鳴る。
ちきしょーめー!!

ここからのあたしの行動は早かった。

事実確認をするべく、お城に出向いた。
めんどくさいことになりそうだから護衛とかはつけずに。


「せ、聖女様。今日もお綺麗で……この度は以下にして我が城に出向かれたのでしょうか」

「あのね、噂? を聞いたんだけど、その事実確認をしにきたのよ」

「ははぁ? その噂とは」

「あんたレン君左遷したってマジ? 」

流石に無いわよね。あの噂はウソ。そうに決まってるよ。

あたしの質問に国王様は、驚きながらも言葉を返してきた。

「左遷いたしましたが、何かレンが聖女様にご迷惑でもおかけしていたでしょうか」

こいつガチで左遷させてやがった。しかも何とも思ってなさそうな口ぶり。厄介払いができて嬉しいという気持ちがヒシヒシと伝わってきた。

「いや逆よ。このまえ初めて会ったんだけど、うちの聖騎士達が手違いでレン君を襲ってしまったけど、ものの数秒でなぎ倒してたくらいには強かったわよ」

「!? またまたご冗談を。あやつがそんなに強いわけがないでしょう。変な魔法しか使えない、錬金術師のくせしてろくな物も作れない輩ですぞ」

「ベアーちゃんのぬいぐるみ作ってくれたわよ? 」

「ガハハハ!! 」

あたしがそう言うと、下品な笑い声をあげる国王様。

「ですからその程度の人間なのですよあやつは。仮にも王子であろう……いや、 あった 者がぬいぐるみしか作れないなど……ガハハハハハハ!!!! 失礼、笑いすぎてしまったな」

なんなのこいつ。

「要件は済みましたかな? 聖女様。今息子のトンダーガが暇をしているのですが、一緒に食事でもされたらどうですかな」

「誰がするかよ」

「き、聞き間違えですかな」

「あたしはレン君と食事する約束はしてたけど、他のやつとする約束はしてないんだよ」

「左様でしたか。しかしレンはもうおりません故……」

「レン君をどこに左遷したか教えてくれる? 」

「ヘレクス領でございますが」

「百歩譲って左遷するのはいい……いやだめだけど、いいとして、実の息子をあんなとこに左遷するって何考えてんの? あんたそれでも親なの? 」

「この国を治める者として正常な判断をしたまで」

「家族すらも大切なできない人間に、国を治めるなんて出来るわけないでしょ」

「貴様ァ!! いくら聖女だからといって国王様になんだその口はァァァ」

「あんたこそ急に口を開いたかと思えばなによ! 聖女様に向かってその口はなんなのよ!! さっきまであたしのこと下品な目で見つめてたくせに」

やべっ、と目を逸らす兵士。そいつを睨みつける国王とあたし。

やだ、こいつと行動シンクロしたくない。

「傍付きが失礼した」

「あたしも口悪くてごめんなさいね。でもさっきのは本心。悪いけどあんたのようなやつが治める国には居たくないわ。あたしもレン君のとこに行かせてもらうわね」

あたしがそう言った瞬間、国王は飛び跳ねて立ち上がり、大焦り。

「今一度お考え直しを!! やつに向かわせたのはヘレクス領ですぞ。今頃死んでるかもしれませぬなぁ……そんなやつのために聖女様が後を追うなど。それにこの国を出るということは聖女としての肩書きもなくなりますぞ」

「あら? あたし言ったわよ、レン君は強いって。そんなすぐにへこたれるような人間じゃないわよあいつは。それにこの国の聖女としての肩書きが無くなる? 大いに結構よ。やっと開放されるのかとせいぜいするわ」

「ちぃぃぃっ、……ぐぐぐ、こ、後悔しますぞ!! 」

「あら、脅しかしら? 今ここで死んでもらうーーとか言い出さないわよね? 」

黙り込む国王。

流石に応接間が血に染まるのは良くないと判断したのだろうか。

そこでガチャリと応接間のトビラが開き、一人の女性が入ってきた。

つばが広く先の尖った黒と青の帽子を被った黒髪に、凛とした顔、かなり突き出た胸。手には先に魔石がはめ込まれた杖を持っている。

女性であれば誰もがうらやむであろう容姿だ。

その女性が部屋に入ると、兵士は敬礼をした。

「聖女のお嬢ちゃん、さっきの言葉かっこよかったわよ」

「あ、ありがと」

急に褒められて困惑したが、お礼を言う。
そんなあたしに微笑むと、彼女は驚くべき発言をした。

「マーリンもこの国お付の賢者を今日をもってやめさせてもらいます」

なんとこの爆乳女、賢者だった。
なんかちょっと見たことあるような顔だなとは思ってたけど……。

ぶっちゃけあたし他の人間との交流薄いから、王国のお偉いさんがたの顔あんまり知らないのよね。

「図書館の大精霊ニートルン様が急にお辞めになったかと思えば次は聖女様に賢者様も辞めるだと!? 聖女様の理由は分かったが、賢者殿! 賢者殿は何故辞められる!? 」

「あら♡ 大精霊様にも愛想をつかされてしまったのですね」

「大精霊様もそこの聖女様と同じでレンを辞めさせたからとかいう意味不明な理由で出ていかれた!! 」

「あらぁ〜」

えっ、図書館の大精霊が図書館捨てて着いていくって何事?
もしかしてレン君ってあたしが思ってる以上にすごい人だったのかも?

「賢者様は……賢者様は何故ッッッ!? 」

唾を吐き散らかしながら、頼む、予感が外れてくれとでも言わんばかりの顔をしている。

「想像してる通りよ〜レンちゃんの領地に行かせてもらうわよ。今までのレンちゃんの扱いに前々から不快感は持ってたんだけど、他の誰にも相談することなく私情で左遷したとかになるとちょっとね〜愛想もつきちゃうよね」

それに、と加えて

「というかレンちゃんのいない王国に価値なんて見いだせないや♡ 」

「それ! あたしも思う」

「あら、聖女のお嬢ちゃんもレンちゃんと仲良しなの? 」

「仲良し……」

数日前に初めて出会ったあいつ……。
今、賢者から「仲良し」って言葉を言われて、ふと思う。

なんであんなにあいつの事を想ってしまうんだろうって。

普通長く一緒に居たりしたから、着いていくもんだよね。

あの時初めて話したあいつのために、なんであたしはここまで行動してるんだろう。

この国での【聖女】としての肩書きを捨ててまで。

国王にはむかってまで。

なんで……?

考え出したら止まらない。だけど、何故だろう。
不思議と悪い方向には進まない気がする。

それはあたしが聖女を今まで辞めたがってからなのかもしれない。

けどなぜか、なぜかあいつの顔が思い浮かんでくる。

最後にした約束とか、プレゼントをくれた時の意外な顔とか。

そうだ、あの時にも今と似たような感情になった記憶がある。

考えても考えてもこの感情が具現化できない。でかかっているハズなのに、どうしても引き出せない。

「それはこ……こほん、やっぱり本人が自覚するまでは他人が教えるようなマネはしないほうがいいかな〜。まぁ、そういう訳だから、一緒に行こっか。聖女のお嬢ちゃん」

「え、あっ、うん! 」

いいかけていた【こ】、って何? って聞きたかったけど、なにやらあたしが自覚? するまでは教えてくれなさそう。

賢者についていき、隣に行く。
そのまま部屋を出ようとしたのだけれど、賢者が「あっ」と声を上げた。

何か忘れ物でもしたのかな? と思ったら、とんでもない爆弾発言を……

「忠告しておくけど、レンちゃんを信頼してたり、大切に思ってる子、沢山いるからね。レンちゃん第一! なんて子珍しくないわよ。皆知ってることだけどね〜、国王や兄弟さん達はレンちゃんをレンちゃんだからという理由で、今の今まで貶してきてたものね。今言った意味を貴方達は今は理解出来ないとは思うけど、いつか身に染みてわかる日が来ると思うわよ」

では、と。

「今までありがとうございました♡ 」

癪だけど、あたしも一応礼しとくか。癪だけど。

「さんっざんあたしの人生を狂わしてくれてありがとう。あっ、けどレン君と出会わせてくれた事には皮肉でもなんでもなく、本当に感謝しといてあげるわ。抜けの聖女は頑張って探してね。大変だと思うけど」

はぁ、スッキリした。
言いたいことは言えたし、そろそろ行こう。
賢者と揃って部屋を出た。

トビラが閉まる。その数秒後に。

「なぜだぁぁぁぁ!!! なぜあいつが!!!!! なぜあいつが関係するんだ!!!!! あの無能が!!! 出来損ないが!!!! この王国よりもあいつを取るんだ!? 」

ガンッッッ!!!

机を殴り、手当たり次第のモノを床に投げつけているのか、そんな音が続く。

それをトビラの向かいで聞いているあたし達はというと。

目を合わせて、ため息をつくのだった。

「もう救えないくらいのバカだったのね、マーリンたちはあんな国王に数十年も使えてたのね」

「そうだね。しょーじき、あたしドン引きしてる」
どうも聖女ちゃんです。

王様に喧嘩打ったら、タイミングよく? 賢者が部屋に来て一緒にこの国出ることになったよ! きゃぴん!

じゃあお前もう聖女じゃないじゃねーかってツッコミしようとしたそこの君! 聖女は職業、いわばジョブとして刻まれてるのよ。

言えば野良聖女みたいなものかな。
何処の教会にも属してない聖女。

……そんなやつあたし以外に居んのかわかんないけど。

と、まぁそんなことはどうでもいいでしょ。

「逸らしたわね〜」

「そ、逸らしてない! 」

この爆乳女、実は賢者につき。
あたしのライバルとでも言っておこう。

ぐぐ、強敵すぎるわよ!!

「聖女のお嬢ちゃん、お嬢ちゃんは最後に教会によっていくの? 」

「お嬢ちゃんて、クレニで良いわよ」

「じゃあマーリンの事もマーリンとでも呼んでくださいね〜」

「マーリン、質問への回答だけど、ぶっちゃけ寄らなくていいわ。散々苦労かけられてきたんだから、無言であたしが立ち去って慌てふためいたらいいのよ。ぷぷっ、想像するだけで面白い」

「ほっておいても直ぐに騒動になりそうだもんね〜」

ぶっちゃけ、とんでもない事をしでかした自覚はある。
レン君の居るヘレクス領までの道のりで、暗殺者に狙われてもおかしくない。

自慢じゃないけど、あたしは戦闘はからっきしだ。
聖騎士たちに全任せだったし。

聖女といえば回復だもんね!

「マーリンって戦えるの? 」

「この世の大抵の魔法は使えるけど、それが急にどうしたの〜? 」

「いや、あたし達わりととんでもないことやらかしちゃってるじゃん? だから命狙われたりするのかなって。あたし戦闘能力0だから、マーリンに守ってもらうしかないんだけど」

「そういう事ね。けど道中の心配はしなくて大丈夫よ? 」

「え? なんで?」

「転移魔法って知ってるわよね? 」

転移魔法……あーなんかめっちゃ昔の魔法。現代で使える人間は居ないとか言われてる。

古代魔法に分類されるとかなんとか。

今いったように人間には使えないけど、魔王は使えるとかそんな噂は耳にする。

「そうそうそれ。その魔法って実は一度行ったことがある場所にしか行けないのよね」

ふんふん。確かに普通に考えてみれば、どんな場所かも全く知らないのにどうやってそこに転移出来るんだって話だね。

「これ大きい声では言えないんだけど」

すっ……と近づいてくると、少し前屈みになり耳の近くに口を持ってくる。

なんか今の光景見て思うけど、ほんとにこの人デカイな。
同じ女でここまで差ってでるもんなの?

なんかイラつくわね。

「転移魔法使えるのよ、マーリン」

……えっ、はっ!?!?

「ちょっ、そんなサラッと言うもんじゃないわよ!? 」

いやまぁ、賢者なんだし凄い魔法バンバン打てるんだろうなーとは思ってたよ!? けど古代魔法まで使えるとは思わない。

てか人間じゃ使えないんじゃ!?

「使える人間が居無さすぎて、そう思われてるだけであってマーリンは使えるわよ」

「居なさすぎるってより……マーリン以外居ないでしょ」

「それが居るのよ」

「えぇぇぇ!? 誰!? え、あたしが世界を知らないだけで、古代魔法使える人間そんなにポンポン居るの!? 」

「いや、マーリンが知ってるのも流石に一人だけなのよ」

「よ、よかった……あたしが世間知らずなのかと思った」

「で、誰だと思う? 」

誰だと思うって言われても……?

「無いとは思うけど国王とか? 」

「絶対にありえない人物だよそれ。逆にアンナノが古代魔法使えるんなら、誰でも習得できてしまうわよ」

今まで仮にも国王に仕えてきた人物の発言とは思えないほどトゲがある。

「それもそうか」

えーけど誰だろう? 仕えてる人のうちのどれかなのかな。
うーーーん。考えても分からん。あたしよく知らんし。

あれ……やっぱりあたしって世間知らず?

「ヒントちょーだい」

「ヒントねぇ〜……んー、クレニも知ってる子」

あたしが知ってる鳩ってなると……

頭の中からぽわぁぁんと思い浮かんでくるのはあいつの顔。
まさかレン君……?

今一度あいつを想像してみるけど……ナイナイ。
いくら何でも無理でしょ。てか、さっき聞いたけど錬金術師らしいし。

ぬいぐるみ作れたのはそういうことだったんだって納得したばっかり。

錬金術師が実は古代魔法を使える件……流石にむちゃだよ!

けど他に思いつかないし言うだけ言ってみる。

「レン君とか〜? って、流石に違うよね! あははっ」

あたしとしては冗談のつもりだったんだけど……。
マーリンは当たり前かのように頷いてきた。

「正解! しかも自分で改良して魔力消費のデメリットを抑えたんだよね〜でも本人はそれでもダルいからあんま使いたくねーって転移石ばっか使ってたんだけどね〜」

レン君、やばかった。

「転移石って1個数百万したような? 」

「自分で大量に作ってたよ〜」

レン君、やばかった。(2回目)

「普通、錬金術師ってそんなこと出来るの? 」

「出来たら1個数百万もしないよ」

「ソウダヨネ」

あたし、ほんととんでもない人と出会っちゃったね?
レン君もそうだけど、目の前にいるマーリンだってそう。

これからあたしの人生逆転劇でも始まるのかってくらい、ここ数日で目まぐるしく変化してる。

頑張れ、あたし。
「マーリンが転移魔法使えるんなら、もしかして馬車で向かわなくていいってこと? 」

「任せて……って言いたいところだけど、ヘレクス領なんて行ったことないのよね」

「普通近寄ることないもんね。じゃあやっぱ馬車で向かうしかないの? 」

「それには及ばないわ。マーリンの知り合いのところに行きましょう」

「知り合い? ここの近くにいるの? 」

「そうそう。すぐ近くだから着いてきて〜」

マーリンに案内されながら、その知り合いが居るという場所まで来た。

「え、ほんとにこんなとこにいんの? 」

ここ路地裏なんだけど。しかもゴミとか散らかってるだけで、他なんもないし。

「ここであってるわよ〜」

「なんもないよ? ここ……って、え? 」

マーリンが壁に手を向けると、光とともにトビラが現れた。

「認められた魔力を流さないと、現れることの無いトビラみたいなものよ」

「そんなことできるんだ、マーリンの知り合いってすごいね」

そう言いながら、トビラの中へと入っていぬ。

「えっ」

入った瞬間に声が出た。
廊下にはモノが散乱しており、踏み場すらない。
現に玄関から溢れたモノが何個か路地裏に落ちた。

なんでこんな汚い路地裏に……と思ってたけどまさか汚い原因がこれだとは。

なんか見た感じ研究器具? 実験容器? みたいなのが目立つけど、これ踏んでいいのかな。

人様のものだし扱いに困る。かといって全て踏まずに行くのは至難の業だ。床の底が見えている箇所がどこにも無い。

そんなあたしの心配を他所に、マーリンはヅカヅカ歩いていく。

「ねぇ、これ踏んでいいの? 」

「全部ゴミだからいいわよ。大事なモノとかは研究室にあるだろうし。これらは捨てに行くのがめんどくさいから部屋から外にポンポン投げていたらこうなったものよ」

それならいいか。
てか捨てに行くのすらめんどくさいってどれだけナマケモノなのよ、これから会う人。

「ルミナ〜来たわよ〜」

マーリンはそう言うと、ドアを開く。

あれ? 部屋の中は綺麗。廊下とは大違いだ。

そのルミナと呼ばれた人物は机に突っ伏していた。

「大丈夫なの? あの人。倒れてるけど」

「だらけてるだけよ。ほら、ルミナ、起きてくださいな」

「んん……? あぁマーリンか。お前がここに来るなんて珍しいな……」

「お疲れのところ悪いけど、ちょっと実験に付き合ってくれないかしら? 」

「……眠いからやだ。今度にしてくれ。徹夜でモノ作ってたから眠いんだ……」

「ちなみに何を作ってたんですか〜? 」

「パンツ」

「……」

「え? 」

「うわっ、びっくりした。誰だよこいつ!? 」

やっと身体を起こしたこと思うと、あたしを指さして驚いている。

「ここの元聖女クレニよ。よろしくね」

「聖女クレニかー。知ってるけど寝起きすぎて分からなかったわ。……ん? 元? 」

「そう、元よ」

「クビにでもなったのか? 」

「自分から辞めたわよ。国王と喧嘩してそれで? みたいな」

「国王と喧嘩って……おま、マーリン、てめとんでもない奴連れてきやがったな!? どうせあれだろ! こいつを匿ってやれとかそんな頼みだろ!! というか城住みのお前がこいつと行動してて大丈夫なのかよ」

「マーリンも辞めたわよ? 国つきの賢者は」

「お前もやめたァ!? な、何がどうなってやがるんだ。国王に喧嘩売った人物が二人も俺様の目の前にいるなんて……厄介事は勘弁だぁ〜。はっ、疲労が溜まって夢を見てるんだ、これは悪い夢だ……寝よう」

「夢じゃありませんよ〜」

「夢じゃないと困るんだよ〜!! あー眠気が〜」

「そんなに眠たいのであれば、眠気が吹き飛ぶ事言ってあげようかしら? 」

「言って見やがれ」

「あなたの大好きなレンちゃん、もうこの嘔吐には居ないわよ? 」

「旅行にでも行ったのか? 何日かしたら戻ってくるだろ」

「そうじゃないのよ」

「じゃあなんだっていうんだよ」

「左遷されたのよ、辺境に」

「……マジで言ってんのか? 」

「大マジですよ」

「あ、あれだろ? 左遷って言っちゃ聞こえが悪いが、あいつの事だし、どこかの領地任されただけだろ? お前が過保護すぎて左遷って思い込んでいるだけで。どこなんだ? パルン領とかそこらじゃねーのか? それなら立派な仕事任されたようなもんじゃねーか」

「ヘレクス領ですよ? 」

「わりぃ、よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」

「ヘレクス領」

「ヘレクス領がどうしたんだ」

「ですからヘレクス領に左遷されたのですよ、レンちゃんが」

「……は」

ルミナはその言葉がまだ理解出来ていないのか、【?】となっている。少しずつ状況を理解していく。

「まさかあのバカがついにやったのか? 」

「そうですよ〜ついにやってしまったんです。超えては行けない一線を超えてしまったのです。あのバカが」

「ねぇ、バカってあいつ? 」

「えぇ、あいつです」

「あーーだからお前ら辞めてきたのか。ようやく理解できたよ。そりゃ愛想尽きるわな」

「えーとレミナ? レミナもレン君の事を知ってるの? 」

「そうだぞー。話せば長くなるから割愛するが、レンのおかげで俺様は今も生きれてるんだ」

「命の恩人とかそのスケールなの!? 」

レン君凄すぎない?
けど、ひとつ思ったことがある。

「レン君の周りって女しか居ないの? 」

そう、レミナも口調や一人称こそ男そのものだが、性別は女だ。ボサボサで所々跳ねた髪、汚れの着いた服、と服装はあまり綺麗とは言い難いが、顔は、ヨダレの跡とか、クマとか目ヤニとかを除けばおそらく美少女な顔つき。

で、マーリンでしょ。
現時点で二人も女が居る。

「なんだぁー? こいつ新参なのか? 」

「こないだ初めてレンちゃんと会って、仲良くなったそうですよ〜」

「じゃ、知らないのも当然か。せっかくだから教えてやるけど、あいつの周り、大抵女だぞ」


「 」

言葉が出なかった。【空白】? 言うなら空気? だけ出た。
げっぷじゃないわよ。

息、そうよ、【息】が漏れただけよ。
聖女ちゃんは汚い真似はしません。

「あ? あんまショック受けてねぇな。新参者ってたいてーショック受けたりするもんだが」

「賢者のマーリンだったり、国王との話の中でチラッと出てきたけど、大精霊までもレン君を追って、辺境に向かうくらいだから、それほどレン君が色んな人に愛されてるってのは薄々感じたわよ。それにあたしはレン君と一緒に居たいとは思ってるけど、まだそれ以上の感情はな……ないし? だからショック受ける道理はないし? 」

「ははぁーん。そういうこと、ね。こりゃ見守る価値あんな」

「ということは協力してくれるんですか〜? 」

「何を協力したらいいんだ? 」

「やっと話が進みますね〜。単刀直入に言います。例のブツはもう完成したんですか〜? 」

「おう! 完成してるぜ」

レミナはそう言うと、立ち上がって背伸びをする。そして、ふらつきながら歩いていき、箱の中からあるものを取り出して、あたし達の前に置く。

「これなんなの? 」

よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりに説明をし出すレミナ。

めっちゃ長かったから要約するとこんな感じ。

「持ち主の匂いを辿って、現在地を発見する。それをモニターに映し出せる」

うん、ただのストーカーだった。

「だけどよ、こいつがあれば後はマーリンが転移魔法で飛べるんじゃねぇのか? 」

「けど転移魔法、莫大な魔力消費するんでしょ? マーリン倒れない?大丈夫? 」

「そこで取引だ。俺様も連れていってくれるなら【転移石】1個やるぜ? 」

ずこっ。

転移石持ってるのね。
けど1個数百万もするようなモノを、一緒に連れていくって条件だけで、貰えるのは破格かもね。

「この研究室は捨てるんですか〜? それにこんなに大量の荷物持っていけませんよ〜」

「なんのための【移動空間】だと思ってんだよ。お前自分が使える魔法も忘れたのか? 」

「……どうしてもマーリンを過労死させたいようですね〜」

「あ? じゃこいつはやんねーぞ? 」

「もう〜やりますよ〜。じゃあ皆さん外に出ましょう〜」

その移動空間? って魔法を今から使うらしい。
聞いた事のない魔法だから、あたしにはよく分からないが、マーリンがやりたがらないくらいの魔法ってことは、転移魔法の同レベルなのかな。
外に出たあたしたち。
またドアを開けた反動で、路地裏にゴミが落ちる。

「そこにゴミ箱あるんだし、廊下の捨ててったら? 重要なモノとか混ざっちゃってるなら仕方ないけど」

「全部ゴミだぞ、これ」

「じゃあ尚更捨てなさいよ! 」

「はいはい、捨てますよぉ」

とんでもない量だし、しょうがないからあたしも手伝ってあげてるんだけど……。

いかんせん汚い。仮にも女がよくここまでゴミを廊下に溜め込んで入れたなと。

衛生上死ぬでしょこれ。あたしだったら一日で逃げ出すわよ。

だるいだるいと言いながらも、ちゃんと片付けをしているレミナを見て、思う。

この人もレン君の事を……?
もしそうなら清潔感とかちゃんとした方がいいのになー。顔つきはなんか美少女っぽいし。

けどそれを今日初めてあったような人に言われても、喧嘩になるだけか。それにライバル増えたら困るし。

ってライバルってなんのライバルよ。
はぁ……あたしほんと疲れてんのかな。

そんなことを思いながらも、ごみ捨てを続けていると、青色の物体? がムニュムニュと動き、あたしの足にまとわりついてきた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!! な、なにこいつ!! 」

聖女の柄もなく、大絶叫してしまう。

レミナに対して女らしさがあーだこーだとか、とても言えないようなガチの大絶叫をかましてしまった。

脚をどんどん登ってきてるキモイやつを再度見て、倒れそうになる。

「も、もう無理……誰かこれ取ってぇ……」

「おースーラ。お前こんなとこに潜り込んでたのか」

ひょいっとキモイやつを抱き上げると、両手で抱えるレミナ。

「なによそいつ」

脚にまとわりつく感触がキモすぎた。
なんか脚がスースーするし。

「あ? コイツ? こいつはなんか実験してたら生まれたスライムだ。無害そうだったし、部屋にそのまま居らせてたんだが、床に散らばってた書類とかゴミとか廃棄物とかなんでも食いまくってたから、掃除機の名目で、我が家の仲間入りを果たしたんだ」

「えっ、じゃあさっきまでゴミに埋もれてた身体であたしの脚にまとわりついたっての? 」

「そういうことだな! 」

「きゅ〜! 」

「ぶっ潰すわよアンタ!? 聖女ちゃんの美麗な脚をなんだと思ってるの!? 」

「スライムにそんなことわかんねーだろ。てか俺様のゴミ屋敷に踏み入れてる時点で美麗もくそもない」

「それ自分で認めちゃうのね!? ゴミ屋敷って」

「えっ? だってそうだろ。廊下の足場がない、床すら見えない程ゴミやらが敷き詰まってるようなとこ、他にねーだろ」

「分かってるならなんでここまで放置するのよ……っと、これで綺麗になったんじゃない? どう? モノひとつ無いこの廊下をみて」

「俺様の家に床って存在したんだな」

「なにアホなこと言ってるのよ。床が存在するのは当然よ」

あの量のゴミは、路地裏にあったゴミ箱には到底収まりきる訳もなく、マーリンがゴミ箱を【複製】して、9個くらい増やしてようやく収まりがついた。

路地裏の行き止まりはゴミ箱が10個も鎮座している奇妙な空間へと早変わりしたのであった。

もう不要になったデカイ実験器具とかも廃棄したいとの要望だったので、次はゴミ袋を作り包んだ。

当然これもするのはマーリンである。
賢者の力をゴマステニフル活用するという、賢者の尊厳が失われかねない仕事が数時間に及び続いたのであった。

終わりを迎えた頃には、マーリンはというと。

「クレニちゃんが綺麗好きにこだわる理由が分かったわ……これじゃマーリン、お掃除賢者じゃないの……」

いじけていた。
そんな様子を見てレミナは笑う。

「美しくも聡明な賢者とか言われてたお前がお掃除賢者とかめっちゃ笑えるんだけど!! ぷぷぷっ」

「このゴミ箱とゴミ袋、全てまたレミナの家にぶち撒いてもいいんですか〜? 」

「はっ、やってみろよー! 」

レミナがそう言うと、マーリンは結んでいたゴミ袋をほどいて開けた状態で手に持つと、ひっくり返そうとする。

「ばか! おま、やめろ!! 」

「あら〜やってみろと言ったのはどこの誰ですかね〜? 」

「本気でやろうとするやつがいるか!! また数時間かけて掃除する羽目になるじゃねぇか」

「では何か言うことありませんか〜? 」

「すまねぇ」

「何がですか〜? 」

「はっ? 」

「何に対してすまねぇなんですか〜? 主語がないと分からないですよ〜」

このやりとりを聞いてて、あたしは思った。
マーリンのプライドがあの発言によって傷付いたのだろう。あんなにおっとり?してて優しい雰囲気のマーリンが、傍から見ても分かるくらいにブチギレてるんだもん。

……あたしも怒らせないように気をつけよ。

「ッッ……だから! あー言って悪かったって! 」

「あーってなんですか〜」

しかしレミナにもプライドがあるのか中々あの発言を言わない。

その後も数分言い争いは続いたが、最後にはレミナが折れて謝罪して終わったのだった。



「じゃあ一旦レミナのお家預かりますね」

そう言うと、手を向け、眩い光が出た後に先程まであったトビラが消えた。

「今のって来た時にやったやつとは違うの? 」

「そうですね〜来た時は魔力を照合するだけで、今やったのはここにあった空間そのものを保管する魔法よ」

「空間を保管するって、ほんとマーリンすごいね」

「どっかの誰かと違って直ぐ褒めてくれるクレニちゃんは可愛いわね」

「あ? 誰が可愛くないって? 」

「可愛くないなんて一言も言ってないですよ〜」

「こ、こいつ! 」

「はいはい、さっきのモニターでヘレクス領の大体の領地はわかったんだし、さっさと転移するわよ〜。クレニちゃんもレミナもレンちゃんに速く会いたいでしょ? 」

「うん! お願いね、マーリン! 」

「おいおいクレニ、貴重な貴重な転移石を上げたのは俺様だぞ? なんでマーリンにお願いするんだよ」

「どうせその転移石、レンちゃんから貰った物でしょう? ただで」

「えっ、そうなの!? てかただで貰ったの!? 」

「マーリン!! ネタばらししなくていいだろ!! ……ああ、まぁそうだぜ。研究ばっかで疲れるだろうしたまには息抜きで、これでも使ってリゾートにでも行けよってくれたやつだな。勿体なさすぎて使えてなかったが、まさかこんなところで使う日が来るとはな」

「レン君の趣旨とはズレてるけど、レミナも来てくれたら喜ぶんじゃない? 」

「あたりめーだろ!! 」

「は〜い、じゃあ使いますよ。クレニちゃんは初めて使うだろうから、転移酔いしちゃうかもしれないから気をつけてね〜」

マーリンが転移石を地面に落とす。

視界がぐわんとし、妙な気持ち悪さに目をつぶる。



「もうあけても大丈夫だよ〜」

マーリンのその言葉で、ようやくあたしはおそるおそる目を開くと、そこは木々が生い茂った森の中だった。

「え? ここどこ? 」

さっきまで薄暗い路地裏に居たはずなのに、今は森林の中。

「ちょっとズレちゃったみたいだけど、ヘレクス領の近くよ〜少し歩くことになるけど、もう少しでレンちゃんに会えるわよ」

「いやーワクワクするな! レン元気にやってっかな? 」

「どうでしょう。レンちゃんだから心配は要らないと思いますが……なにせヘレクス領ですからね。良い噂を聞いたことがありません。それに王都から今までに任命された領主は尽く逃げてますからね〜王都から、しかも元とはいえ王子だった人物が来ても、領民はいい気にはなりそうにないですし」

「レンが左遷されたってことは、リーナが当然レンについていってるだろうし、あいつが上手いことまとめあげてそうだけどな」

「一番安心してレンちゃんを任せられる人だものね」

二人が……いや、あのレミナが素直に認める人物ーーリーナ。

まだみぬ強敵にあたしはゲンナリするのであった。ライバル多すぎよ、ほんと。


歩くこと数十分。
なにやら看板をみつけた。

その看板には【ここからヘレクス領付近につき、要注意】と書かれていた。

目的地まであと少しだ!

もう少しでレン君に会える♪

ウッキウキなあたしはスキップしながら先頭を歩いていく。

もう少しで会える……それだけしか頭になかった。
誰も近寄らない、世界最高峰の危険領地付近。

そんな場所で油断してしまった。

死角からデスベアが現れて、その大きな手を振り上げ、爪であたしを切り裂こうとするーーー。

マーリンの魔法は間に合いそうにない。

人って死にそうな瞬間はスローモーションになるのかな……?

ゆっくりーーーゆっくりと爪が振り下ろされていく。

もう少しでレン君に会えたのに……。
あたしが浮かれたせいで、あたしの不注意で、もう永遠に会えなくなってしまう。

死ぬことも怖い。けどそれよりもレン君に会えないことがもっと悲しい。

「レン君とご飯……食べたかったなぁ……」

涙を流しながら、約束が叶わずに終わってしまうことを悔いる。

目を瞑って、終わりを悟る。

もし転生なんてものがあるなら、次は最初からレン君の傍にーーー

あれ……? いつまで経っても、身体が切り裂かれる感覚も、首を跳ねられる感覚も、身体を咀嚼される感覚も、何も起こらない。

もしかして一瞬で絶命しちゃったのかな、あたし……。



ズサァァァァァァ!!!

「俺と飯食べたいの? ……って、あんときの聖女ちゃん!?なんでこんな所に!? 」

「えっ……? レン……君? 」

ゆっくりと目を開けるとそこには、ずっと会いたかった人の姿があった。

「レン君!!!! レン君だぁ……!! 」

堪えきれず大粒の涙を零す。
そんなあたしをレン君は、ぎゅっと抱き締めてくれた。

それが命の危機から脱したからなのか、レン君と会えたからなのか、はたまた両方なのか分からない。けど、今はそんなことどうでもいい。

会いたい人にようやく会うことが出来た。

それだけであたしの心は満タンになるのだった。

「なんで泣いてんのかわかんねーけど、スッキリするまで存分に泣いていいぞ」

あたしの想いには気づいてないみたいで、少し悲しいけどお言葉に甘えて、涙が枯れてあたしが落ち着くまで、ずっと抱きついたまま背中をさすってくれたのだった。
「うーーん」

ピクニックが終わってから一日たった。

領民からの案件もこず、相変わらずぐーたらしてる。

して、一つ思ったことがある。

「前任者皆逃げ出したとは言うけどさ、ぶっちゃけ言うほど危険か? ここ」

見た目とか雰囲気はお世辞にもいいとは言えないかもだが、逆にそれくらいだし。

俺も最初こそはこんな領地で大丈夫なのかと不安になったけど、数日住んだだけで慣れてきてるし。

なんなら重大案件とかも舞い込んでこなくて楽!

王都にいた頃よりのんびり出来てる気もする。

自然に囲まれた土地だし、スローライフをしているようなものじゃね?

「いやいや、デスウルフとかグレートゴブリンとかワラワラやってきたじゃないですか」

「犬っころと弱っちぃゴブリンがどうしたんだ」

「ですから、普通の人間だったらデスウルフなんて見た瞬間卒倒しちゃいますよ!? こんな恐ろしい魔物が居るような場所で生活なんてできるか! と逃げ出すのは無理もありません。デスウルフ一回だけでもあれですが、グレートゴブリンもですよ。レン様が来てほんの数日で二回も重大事件が……」

「そうは言うがトメリル、俺からしたらあんな魔物全部ゴミみたいなもんだよ。あれ如きで領民を見捨てて逃げ出すような前任者、弱すぎないか?」

「ですから〜!! 普通の! 人間は! 倒せません!! Sランク冒険者を連れてきてやっとです! ……なんで私が前任者を庇う形になるんですか! 」

「勝手に庇ってるだけじゃ……」

ちょっとの鍛錬であんくらい誰でも倒せると思うんだけどな。

「てかトメリルでも倒せると思うぞ? 」

何を言ってるんだこいつ、という目で見てくる。

「ほら、ピクニックした時に教えたアレ、俺がやって見せたようにグレートゴブリンくらいなら余裕だし、犬っころ……デスウルフも簡単だぞ」

「レン様? 基準をレン様と同等にしないでくなさい」

リーナが言うと、トメリルも「そうですよ! 」と講義してきた。

「最初はFランクの魔物から試すものですよ」

「リーナよ、そうは言うがここにFランクなんて超低レベルな魔物は存在するのか? 」

「忘れてました」

「昨日の今日だし、今日くらいはちゃんと仕事をしようと思ったんだが……ってなにそんなに驚いた顔してんの」

「てっきりお前らに教えるので疲れたから今日は休むとでも言うもんだと思ってました」

「ばっか、あんくらいで疲れねーよ。それに……んや、なんでもね」

あんだけ昨日褒められてるから、サボるにサボれないというか。そう言おうとしたが、それを言うのはなんか違うな。

「ちょっくら領民たちの様子でも見てくるわ」

昨日のリーナの言葉を思い出して、少し照れくさくなった俺はこの場を逃げるようにして出ていった。


手を頭の後ろにやって、ぷらぷら歩いていると、俺を見つけた領民の一人が走ってやってくる。

「レン様や、どうされましたかな」

「んー、散歩? お前らの様子も見たいしな」

「そうでしたか! でしたらゆっくりと見て回ってくださいな」

「あっと、その前にばぁちゃんなんか困ってることとかない? 大丈夫? 」

「困ってることねぇ……あぁそうだ、ナナンちゃんが良く外で遊びたがるんだけどねぇ、領民全員心配してるのよ。目を離した隙に森とかに入り込んじゃうんじゃないかって」

ナナンちゃんといえばあの幼女か。

子供ってのは一瞬でも大人が目を離した隙にどっかいくからな。それが王都でも不安になるが、ここは更に不安になるだろう。

しかし、かといって大人がずっと監視してると子供はそれを分かるし、思いっきり遊べないってもんだ。

「レン様はよく子供のことがわかっておるのじゃのう。身近に子供でも居たのですか? 」

「子供ってよりは大人なんだが、見た目はナナンちゃんみたいに幼い知り合いが居ましてね。年齢は……」

1000歳を超えている、と言おうとした瞬間、背中がゾクリとした。……今の感覚……あの、のじゃロリ、まさか視てないよな……?

「年齢はまぁあれなんですが、子供みたいに好奇心旺盛で、俺が目を離した隙にどっか消えてるような奴と過ごしてた時期があったんで」

魔界で、なんて言えないが。言う必要も無いだろう。

「ほほほ、それはそれは。わしゃ仕事に戻りますゆえ、レン様も散歩、楽しんでくだされ」

「ばぁちゃん、仕事は休憩しながらやるんだぞ〜」

さて、ナナンちゃんでも探すかね。
他の領民たちと立ち話を混ぜながら、家に行く。

ドアをノックすると、女性が出てきた。

「はいはい、なんの御用……領主様!? 」

「急に断りもなくやってきてわりーな。あんたはナナンちゃんのお母さん? で合ってる?ちょっとナナンちゃんに用があって来たんだけど」

「は、はい。ナナンの母ですが……緑酒様が一体なんの御用で我が家に……ハッ! 娘を貰いに!? 」

「まて、なんでそうなった!? 」

「使いの者を出す訳でも無く、わざわざ向かわれて、娘に用がある……」

この人なんちゅー思考してんの!?

「俺ロリコンじゃないよ!? そう見えるの!? もしかして!? 」

「あら、違いましたか。もしロリも範疇であれば娘を領主様のハーレムに、とでも思ってましたが……」

「もっと娘を大切にしてくださいな」

「なになにー! ナナンがどうしたの!! あ、領主さん! こんにちは! 」

「おーナナンちゃん! こんにちは。元気? 」

「元気ー!! 領主さんはどーしておうちきたの? 」

母親の邪な考えを露も知らないナナンちゃんは、元気に挨拶をしてくれた。

「ナナンちゃんと遊ぶために? 」

「まぁ! 娘と遊ぶ……」

「おいこら、勘違いしてないだろうな」

「冗談ですよ〜うふふ」

「冗談に聞こえないからほんとやめてくれ……リーナ辺りに聞かれたら俺が絞られるんだから」

「それだけでは済まないのではなくて? 」

「へ? 」

「領主様がロリコンだとの噂が周囲に広がったら大問題になるのでは? 」

「やめてくれよ!? な!? ほんとにやめてよ!! 」

「では今後ともご贔屓に。ナナン、領主様はナナンと遊びたいみたいだけど、遊びに行くかしら? 」

「行くー!! 」

「行ってらっしゃい。領主様も、ね」

何その意味深なウインクは。
ほらみろナナンちゃんがきょとんとしてるじゃないか。

俺はとんでもない奴に目をつけられてしまったなと、頭を抱えたくなるのを抑えながら、ナナンちゃんと手を繋いで家を後にした。


少し歩いて、立ち止まる。

「領主さんどーしたの? 」

「とてつもなく嫌な予感がするんだ」

「いやなよかん? 」

第三の目を【開眼】する。
後ろを振り向かなくても後ろが見れる便利な魔法。いや、これ魔法なのか? 自分でもよく分からなくなってきた。

第三の目とは言っても背中や服とかに目ん玉がギロリと生えてくる訳では無い。ただ目を開いた場所が頭の中で共有されるかんじ。

俺の嫌な予感は大的中。
ナナンちゃんのお母さんが窓からこちらをみてニッコリしていた。

傍から見れば普通の光景かもしれないが、あの人が恐ろしいことを知っている俺からすれば、何を考えているのかと思うと、たまったものでは無い。

はぐれたりしちゃ行けないから手を繋いでるのであって、貴方が考えているような事ではありませんよ、絶対に。

急に後ろを振り返り、にっこりしておいた。
そさくさと窓から消えるお母さん。

これでいいのだ。

【開眼】を解除して、向き直る。

「急に振り返ってどーしたの? いやなよかんのやつ? 」

「まぁそんなところ。そんなことより、遊ぼうぜ」

「やった! なにして遊ぶ! 」

「何したいかにもよるけど」

「じゃあ、お外行きたい! 」

まじか、この子。
そりゃ領民たち心配するわ。

「あのな? 外はまじで危ないんだぞ? 少なくとも子供は出たら危険なんだ」

「みんな同じこと言うけど、行ってみないとわかんないじゃんー」

「それはごもっともなんだけど……なんていうか、そのここってこの王国、いや世界的に見てもかなり危険な領地って言われてるんだ。外に出るのは……って聞き飽きただろ? こういうの」

「うん」

「連れて行ってやろか? 」

「え!いいの!? 」

先程までのしょんぼりとした顔から一転、嬉しそうな顔になるナナンちゃん。

子供一人くらいなら無能で出来損ないの俺でも守れるだろう。けど取り返しのつかない事態になってからでは遅い。

だからーーー

「ちょっと一瞬びっくりするかもしれないから、目瞑っといて」

「わかった」

「てれぽ(テレポート)」

屋敷に戻ってきた。
ちょうどリーナが部屋にいた。

「おかえりなさいませ……その子はナナンちゃんですか。なんで連れ帰ってきたんですか? 」

「外に行ってみたいって言うから、外を散歩してくるんだけど、俺だけじゃ怖いからリーナも来てくんね? 」

「そんな小さい子供を外に連れ出すって本気ですか……」

「だって行きたがってるし。子供は変に制限をかけずにのびのびと遊ばせた方がいいんだぞー? 」

「レン様みたいになりますからね。まぁ、私もその考えには同感なのでお供いたしましょう。ですがナナンちゃん、一つ約束は出来ますか? 」

「なーに? 」

「これみたいにだらけた大人にはならないでくださいね。遊びも大切ですが、仕事や学びもしっかりしてください。それが今回の条件です」

ははー。やっぱリーナは賢いな。
ただ甘やかして遊びに行かせるのではなく、自分のするべきこともしろと。

「これって領主さんのこと? わかった! ちゃんとお勉強もする! 」

素直なのはいい事だけど、そこだけは認めて欲しくなかった……。
「しっかし、領民たちは俺を信用しすぎじゃね? 外に出るのはあんだけ危ないって言ってるくせに、俺が連れていくとなった瞬間即座に了承してきたし」

「それだけ認められてきてるってことじゃないですか」

「それはそうだけどさー」

「何か問題でもあるんですか? 私はいい事だと思いますが」

「あまり期待されすぎると、目を気にしちゃってのびのびとサボれない」

「アホですか。今日はナナンちゃんも居るということを忘れないでくださいよ。模範となるような行動をしてください! 」

「えー、ナナンちゃんも勉強なんてせずに遊びたいだろ? 」

「それだとめいどさんとの約束守れないからだめ」

とても幼女とは思えないほど立派な発言に俺はガックシ。

だらけ仲間が欲しいよー。一緒に仕事中に抜け出してサボれるような仲間が欲しい!

「子供の純粋な発言を聞いても尚、よこしまな考えしてるなんて……レン様はどうしてそこまでサボることしか頭にないのでしょうか」

「うるせーやい。てか心の声読むなし」

「そんなレン様みたいな芸当出来ませんよ。顔に出てただけです。顔に」

「え、俺そんな分かりやすい顔してる? 」


領地からまぁまぁ歩いた場所まで来た。

歩いていて思ったが道中の道の雰囲気が悪すぎる。
草木が生えきったまま放置されてることや、魔物の死骸や魔石がそのまま地面にあったり、血の跡がついていたりするのが原因だろう。

ナナンちゃんの教育に悪いから、死骸はアイテムボックスに遠隔で入れて置いて、血の跡はこちらも遠隔で【クリーン】を使い綺麗に落としておいた。

そのため、魔石だけが謎に地面にたまに転がっている状態になっており。

「わぁー! 綺麗な石ころがあるー!! 」

子供には少し楽しめたようだ。
あ、もちろん魔石も先回りで綺麗にしている。

かがみこんでキャッキャッしてるナナンちゃんを、見ながらリーナが言う。

「サボりたいと言った矢先にこんな粋なことをできるレン様はやっぱりす……ばらしいです」

「え? なんのこと? 魔石が偶然転がってただけじゃないかな」

「素直に認めてもいいですのに。偶然子供が手に取っても大丈夫なほど綺麗な魔石がこんなところにある訳ないです」

「子供からしたら綺麗な宝石にしか見えんだろうからな。これも思い出になるだろ」

そう話してると、ナナンちゃんがこっちにやってきて、魔石を二つ渡してきた。どちらも銀色だ。これはおそらくシルバーウルフの魔石だろう。

アイテムボックスに回収した覚えもあるし。

「領主さんと、めいどさんにあげる! おふたりのかみのけと同じ色だし、同じように綺麗な色だから! 」

そう言われて、見合わせる俺たち。
髪色偶然同じだったんだよな……そういえば。

ナナンちゃんが言ったように、リーナの髪は艶があって綺麗だ。こう、改めて見ると、凄く美人だなと思う。

「ありがとな! 大事にするよ」

「……」

「リーナどうかしたのか? 俺の顔見つめてボーとしてるけど。もしかしてなんかついてた? 」

「っっ……!? いや、その改めてレン様のお顔を見て、カッコイイなと思いまして」

「ははっ」

「え、なんで笑うんですか!! 」

「わりぃ、わりぃ。いや、同じだなって思ってな。俺も同じこと考えてたんだよ」

「そ、そうですか。同じですか」

「うん、お似合い! なんでめいどさんそんなに顔赤いの? 熱でもあるの」

「いえ熱はないので心配しないでください。……ナナンちゃん、ありがとうございます。大切にします」

「うん! お母さんにもあーげよっと」

ナナンちゃんはまた先の方へ走っていく。

「あんま離れすぎると迷子になるぞ。ほら、リーナ追っかけるぞ……リーナ? まじで顔赤いけど大丈夫か。 体調悪いならここらで一旦帰るか? 帰ろうと思えば一瞬だし」

「いえ、顔が赤いのはそういうことではないので大丈夫です。もう大丈夫なので行きましょうか! 早くしないと遠くに行ってしまいます」

本人がそう言うなら大丈夫か。

外を散歩しながら、個人的に気になるところとかを治しながら行った結果、ヘレクス領までの道の雰囲気が少し良くなった。

「つかれたー! 」

たっぷりと魔石の入った籠を両手に持ったナナンちゃんが言う。

アイテムボックスに入れて置いて、後から出してあげるとは伝えてみたのだが、どうしても自分で持って歩きたいとの要望によりカゴを作った。

どれだけ集まったかが一目で分かるのもあって、子供としてはこちらの方がいいのかもしれない。

「じゃあーそろそろ帰るか。満足した? どうだった? 外の世界は」

「大人が言ってたことと全然違うー! 怖い魔物なんていなかった! たのしかった! きょうはありがと、領主さん、めいどさん! 」

屈託のない笑顔で感謝の言葉を口にしてくれた。
その怖い魔物は実際すぐ側にいたし、君の集めた魔石は魔物の体内にあるやつだよ、なんて真実は閉まっておく。

子供のうちは世界の闇の部分なんて知らなくていいんだ。


ガァァァァッッッ


今なにかかすかに音が聞こえた気がする。

音の聞こえた方向はーーーここから少し離れた箇所。

「リーナ! ナナンちゃんを連れて領地に早く戻ってくれ! 俺はちょっと向こう行ってくる! 」

「え? あ、はい。分かりました」


あの鳴き声、この肌がピリつく感覚。
俺は愛犬の一つである羅刹(らせつ)を取り出して、その方向に向かう。

【神速】とかを使って、数十分はかかる距離を数十秒でたどり着く。

嫌な予感は的中していた。
それどころかーーー

デスベアーの振り上げた爪が、今にも少女の身体を切り裂こうとしていた。

俺は一瞬でデスベアーの背後に接近する。

そこで少女が驚きの発言をした。

「レン君とご飯、食べたかったなぁ……」

「えっ? 」

少女の予想外の発言に驚いて、変な声を出しながらも頭をストン。

ボトッと音をたてながら、地面に頭が落下し、首から血が吹き出……ない。

「フリーズからのアイテムボックス」

身体を丸ごと固めて、アイテムボックスに保管した。

殺されかけた少女に更なるトラウマを植え付けてしまうのはさけたいからな。

未だに目を瞑って泣いている少女のそばに行き、隣に座る。

まいったな。俺はこういう時にどうしたらいいのかなんて持ち合わせてはいない。

なんでこんな場所にいるのか、一人でここまでやってきたのか、色々聞きたいことはあるが、なにより先程の発言が気になる。

俺の聞き間違いでなければこの少女はこう言ったはずだ。
レン君とご飯を食べたかった、と。

まさか俺の名前が出てくるとは思わなかったから、素っ頓狂な声が出ちゃったよ。

かっこよく決めたかったのに!
少女はこっちを見てなかったから、まじでただ素っ頓狂な声を上げただけの男になっているだろう。

怖かっただろうし、どう声をかけたものか。
こんな状況で質問攻めしても、答えてくれるか分からないしこれだけ聞くとしよう。まぁ、その前に。

「ねぇ、君? ずっと下を向いて目を瞑ってるけど、もうクマちゃんは居ないよ? 」

「へ……? 」

お、やっと顔を上げてくれた。
ふわりと髪がまい、顔が見える。

その顔に俺は見覚えがあった。

「俺と飯食べたいの? ……って、あんときの聖女ちゃん!?なんでこんな所に!? 」

そう、聖女ちゃんだった。

「えっ……? レン……君? 」