あたし、クレニール・スアントル。
王国で聖女をやってるよっ。

聖女ってこの王国でたった一人しか存在しないんだって。

そのせいであたしは今日まで散々な目にあってきた。

変な修行はさせられるし、変なのしないといけないし。
お祈りめんどくさいし。

それでもあたしが逃亡したら、神が世界を滅ぼすだなんて脅されるもんだから逃げるに逃げれないし。

さっさと後継者現れてくれー!

ずっと退屈な日々を過ごしていたある日、あたしは変なやつに出会った。身なりは整ってるけど、口調は砕けてるし、お世辞にもまともなやつには見えなかった。

そいつ教会に来たかと思えば、女神像の宝玉を指さして「あれ、そろそろぶっ壊れるぞ」だなんて言って、宝玉に手のひらを向けて、何やら力を貯め始めた。

あたしは突然のことに口をぽかーんとして遠くからそれを見つめるくらいしか出来なかった。

当然、急に女神像の宝玉がぶっ壊れるだなんて言われても困るよね。

女神像が壊れるなどなんて罰当たりな事を口にするんだとキレ始めたうちの連中が、わらわらとそいつに襲いかかっていく。

止めようとしたけど声が出なかった。

だって、1秒後には全員床ペロしてたもん。
それみてあたし、ざっこって思っちゃったよ。

騒ぎを聞き付けた門番の聖騎士も、そいつに斬りかかってたけどイチコロ。

うちの連中がクソザコなのか、こいつが強いのかよく分かんなかったくらい。

けど、神の加護ゴリゴリに付与されためちゃ強い甲冑とか大剣を持った聖騎士を、生身で瞬殺しちゃう青年の方が凄いという結論に至った。

外見弱そーだけど。

んで、他にもわらわらうちの連中出てきて、そいつ話し合いしてたけど、うちの連中みんなガンコなの。

女神が全てなの。それ以外なんも聞き入れないの。

あたしの言葉すらたまに流されるんだからね?

あたし聖女なのにだよ!?
いや、普段はめっちゃあたしの言うこと聞くけど。たまに狂ってんのかってくらい話が通じなくなるのよ。

めんどくさそうに事情を話してる青年君だったけど、やっぱりうちの連中聞く耳持たず。

可哀想だったからあたしが仲介に入って、連中を持ち場に帰らせたり、伸びてるクソザコ聖騎士を運ばせたりした。

そして青年君と二人でお話したんだけど、ここからがビックリなの。

コイツ王子だったの!! 第五王子!!

最初はウソだと思ってたけど、この王国のこととかめちゃ詳しかったから信じた。

そこで事の重大さに気づいたの。
うちの連中とんでもないことやらかしてね? って。

第五王子とはいえ、この王国の王子に問答無用で襲いかかるアホ達、チート大剣で斬りかかったドアホクソザコ聖騎士、出禁だとか言い放ったアホ連中。

次々と浮かび上がる粗相にあたしの頭の中は真っ白になった。

次の瞬間にはダイナミック土下座してて、ガチで100回くらい謝った記憶がある。

なんか思い出したらおでこ痛くなってきた。さすさす。

まじでやべぇ、ってことしか頭にその時無かったから、青年君こと第五王子君はあたしが1回謝った時からずっと止めてくれてたらしいんだけど、ぜんっぜん聞こえてなかった。


で、なんかあの場で庇ってくれたことに感謝されて、食事に誘われた。

こいつやりおる……。聖女様をさらっと食事に誘ったんだよ。(本人からすればこれ以上謝られてもめんどくさいので、打ち切るための案に過ぎなかったのだが)

別に断る理由もないし、よくよくみたら第五王子君イケメンだし? OKしちゃったよ、きゃっ♡

それで約束した後、この場はお開きとなった。

別れ惜しむ素振りもなく、すたすた帰っていく第五王子君……名前はレンらしいからレンくん? いや王子だからレン王子? 様?

「呼び捨てでいいぞ」

とのことなのでレン君って呼ぶ。
レン君、ちょっとは名残惜しんでくれてもいいじゃん。

なんで食事の約束までした中なのにそんなすんなり帰って行けるのよ。

あたし聖女様よ。(n回目)

「は、はぁ……」

そんなだるそうにしないでくれる!?

このまま帰られても癪なので帰り道ちょこっとだけ着いて行ってやる。

「あの、聖女様? 俺おうち帰るんで? 」

「クレニーでいいわよ」

「じゃあクレニーよ、俺はおうち元い城に帰るんだ。あんたも帰れ。教会に住んでるのか家あるのか知らんけど」

「言われなくても帰るわよ。けど一つ伝えたいことがあってね? 聞いてくれる? 」

「えーだるいから帰りたいーーー」

「ちょっ!? こんな夜のロマンチックな風景の中、女の子が会話を切り出してきてるのにだるいから帰るとか酷くない!? 」

「じょーだんじょーだん。聞いてやんよ」

ひらひらと手を振りながら、こちらを見てニヤッと笑う。
殴りたいほんとに。

「あのね? 今日はありがとね」

「感謝される覚えはないぞ。謝られる覚えはあっても」

「今ここでまた100回土下座しましょうかぁぁ!? 」

「ウソ! ウソだから!! みろ!! 通行人白い目で見てるぞお前のこと!? 」

「誰のせいだと思ってんのよ!? 」

あーもう、まったく。
今日初めて話したのに……。

こんなに憎いことやってくるのに。

こいつと喋ってる時間が楽しい。
もっと話していたい。

こいつの城までついていって、夜中まで語り明かしたい。

そんな感情が湧き出てくる。

「あ? おまえ顔赤いけど熱でもあんのか? 」

そう言って、あたしのおでこに手を当てる。

「ふぇっ……!? ね、熱なんてないから心配しないでよね! 」

あーあ……こんな強く言っちゃったから、手離しちゃった。
もっと触れていて欲しかった。

って、あたし何考えてんの!?
けど、なんか今なら胸の内をさらけ出せる気がする。
こいつになら……。

「あのね、あたし教会で心からこうやってお喋り出来る人いなかったから、楽しかったわよ。だから感謝してあげる」

上から目線になっちゃったけど、これが限界。

あたしが思い切って想いを伝えた。
それを聞いたこいつはというと。

照れてた。うん、なんか意外。こいつにもそういうとこあんのね。安心した。

お互い立ち止まったまま、数秒の時が流れる。
先に静寂を破ったのはレン君。

なんか手元が変な光で輝いたか思ったら、ベアーのぬいぐるみが現れてた。

それを手渡してきた。

受け取ったあたしは、ぬいぐるみをまじまじと見つめる。
実際のベアーって怖いけど、これはちょー可愛い。

「なんで……? 」

「いや俺も知らんわい! 女の子が喜びそうなものって念じながら錬成したらそうなった! んじゃ、またな! ご飯一緒に食べよーな! 」

レン君はそう言うと、暗闇に消えていった。
いや、比喩表現じゃなくてガチで消えた気がするけど、多分気のせいだよね。


その日の夜はプレゼントされたぬいぐるみを抱きしめながら、レン君との今日の思い出を思い出しながら眠った。