「レンよ、お前にはヘレクス領の領主となってもらう」

俺と同じ銀色の髪に、髭。頭にはじゃらじゃらと装飾が施された重そうな王冠をかぶっている目の前の男。

この国の国王であり、父親でもあるマサカコンナコト。

「ありがたき幸せ。謹んで辞退させて頂きたく存じます」

「悪いがこれは決定事項だ」

「では、俺は遊んでくるのでこれにて失礼させて……え? 決定事項? 」

「そうだ、拒否権は無い。今日中に荷物をまとめて向かってもらう」

「ちょちょちょ、え? 今日中? 今すぐ!? はぁ!? お、親父、俺は第五王子だろ? なんで王子が領主だなんて面倒な事しなければいけないんだ!! そういうのは兄たちにやらせとけばいいだろ!? 第一王子のバカンは親父の後継者としても、第二も第三も、なんなら第四も居るじゃねえか。なんでアイツらにやらせねぇ!? なんで俺!? 」

急に告げられた恐ろしい言葉に驚きを隠せなく、詰め寄って次々と質問を投げかける。

だが返事は淡々と帰ってくる。

「だってお前以外は優秀だからな。あんな治安が悪く、悪い噂しか聞かない、任された領主は今まで例外無く逃亡していくような領地に、私の出来の良い可愛い子供達を向かわせる訳にはいかん。よってお前が選ばれただけの話だ」

「いや俺もアンタの子供だよね!? 」

「私の言葉をもう一度復唱してみろ」

「私の出来の良い可愛い子供達、だったよな? まさに俺の事じゃねぇか」

「何を言っておるのだ? 当たっているのは私の子供、これだけではないか」

「何を言ってるのかはこっちのセリフだバカヤロウ! 俺は出来が悪くて可愛くないって言ってるようなもんだろそれ! 」

「だから最初からそう言っておる」

「ざけんな! 頭きた、出てってやる! 」

「お〜、そうしてくれるとありがたい。一生帰ってくるなよ。領主としての仕事以外でこの国には入れないように手続きをしておくからな」

一生帰ってくるなと言った直後に、領主としての仕事以外では入ってくるなと。これは裏を返せば仕事であればいくらでも入っていいって事だ。

いや別にわざわざ時間かけてまでこんなとこに戻ってこようとは思わないが。

「話は終わりだ! しっしっ! さっさと荷物をまとめて出ていけ! 今日中だぞ! 今日中! 」

「へいへい」

そんなこんなで俺は実の親に追放されたのだった。




「はぁ〜……よりにもよってヘレクスですか。ご愁傷様ですレン様。あちらでも頑張ってくださいね」

部屋へと戻ってきた俺は専属メイドのリーナに先程の悲劇を伝えたのだ。専属メイドの彼女ならば、俺がここから出ていくのをそれはそれは悲しんで泣いてくれるだろうと話したのだが、おかしい。

泣く素振りはおろか悲しんでる様子は微塵もみられない。なんなら嬉しそう。

そう考えてると、さっさと支度を終わらせたリーンが収納バックを手渡してきた。

「荷物は全部入れました、これでレン様の準備は完了です」

中身を見てみると殆どすっからかんだった。そういえば私物あんまねぇもんな……。基本【アイテムボックス】っちゅう無限になんでも入るスキルがあるからな。そこに全部ぶち込んでるし、大事な物とかをそこら辺にほったらかしにするバカは居ないだろう。

手渡されたバックを【アイテムボックス】に入れる。

「ほんとにさらっとレン様はとんでもないことをされますよね」

「え? そうか? あんがとな!! けどよー、親父達は褒めることはおろか、そのくらい普通だって言ってくんだよ。俺的には大発明だと思ったんだけどなー」

「あれはレン様を認めたくないから言ってるだけかと」

「んはは、んなことはないだろ。現にこうやって追放されたわけだしな! ……うし、そろそろ行くわ。世話になったなリーナ。今まであんがとな」

やはり少し照れくさいものがあり目線を逸らして下を見てしまう。右手で頭をかきながら、左手を差し出した。
リーナのことだから握手してくれないかもしれないけどな、トホホ。

しかしいくら待っても手は握られない。
ガサゴソと何かを動かしている音だけが聞こえる。

「……何をおっしゃられてるのですかレン様。私も準備は終わりましたよ。さぁ行きましょう」

「え? 」

今生の涙の別れ的な展開だったよな今!?

声をかけられ前を見たら、さも当然かのような顔をしたリーナがバカデカイリュックを背負っていた。

「レン様、何故貴方はあらゆる分野で天才なのにおんなごこ……こほん、こういう事にはからっきしなのですか。着いていくに決まってるでしょう」

「え、でもお前さっき、あっちでも頑張れって他人事みたいに言ってたじゃないか。しかもメイドの仕事はどうすんだよ」

「あら? 私はレン様の専属メイドですよ? どこであろうとお供致します。たとえSSSランクダンジョンであろうと、魔族領であろうと。それにあちらでも頑張れと言ったのは、頑張るのはレン様です。私はお世話をするのみ。だから頑張れと言ったのです」

「リーナ……わ、分かってるのか? ヘレクス領はとんでもなく酷い領地で、世界最高峰のスラム領とまで言われてるような場所何だぞ!? お前の技量だったらこの家のメイド長だったらすぐにでもなれるだろうし、戦闘能力も高いから冒険者になればSランク冒険者になれるぞ。専属メイドだから、という概念に囚われて、俺についてくるのだったら辞めておいた方がいい」

「いえ、私はメイド長はおろかSランク冒険者なんぞにも興味はありません。あるのはレン様、貴方のみ。自分達が何も出来ない無能だからと、天才の貴方を認めずに追放するようなボンクラ国王の元で死ぬまで働くなんて一生の恥です。さぁ、さっさとこんな場所から出ていきましょう、行きますよ。それにですね、まだ分かってないようですので言いますが、私は貴方の、貴方だけの専属メイドです」

何を入れたらそこまでパンパンになるんだというくらいに膨れ上がったリュックをよいしょと声を漏らしながら背負い、部屋のドアを開ける。

これ以上はもう言わせまいと言わんばかりな態度だ。
ここまで真っ直ぐに言われたら、俺も返す言葉は一つだ。

「ありがとうリーナ、流石俺だけの専属メイドだな。へへっ、これからもよろしく頼むな! 」

「はい、よろしくお願いしますねレン様」

もう一度差し出した手を、今度はしっかりと握ってくれた。
俺には勿体ないくらいの超完璧メイドと二人並んで、十数年過ごした自室を後にしたのだった。
王城を出る前にやり残したことがあったと思い出し、その用事を済ますべくとある場所に来た。
しかし、門番に止められていた。

「さて、俺としては世話になった連中に挨拶をしたいわけだが? この図書館の司書であるニートルンにあわせてくれないのか?」

「も、ももも申し訳ございませんっっ!! レン様のお考えは立派ですし素晴らしいことです。それにトルンさんもレン様に会いたいと思っているはずです。ですが、先程国王様の使いから伝令があってお通し出来ないんです……本当に申し訳ございません」

ぺこぺこと頭を何度も下げながら何があったのかを説明してくれた。

要約すると、人に挨拶してる暇があるならとっとと出ていけ。そういうことだろう。

俺としては世話になった人らには一人一人今までの礼を伝えて、新天地でも頑張ると言うのが筋だと考えている。しかし、自己的な考えでここに仕えている色んな人達を困らせるのは違うだろう。

親父と兄たち以外は皆、とても良い奴らばかりだからな。

「まいったな……その伝令とやらはもう全てに行き渡ってるのか? 」

「そうですね……端から端まで行き渡ってるかと」

まだ行き渡っていない場所にいる奴には挨拶しようとしたのだが無理そうだ。
あんのクソ親父め……最後の挨拶くらいさせてくれてもいいだろうがよ。

「ああもう、しゃあねぇ! トゥーンちゃん、一つ俺からの最後の伝令を頼まれてくれないか? 」

「は、はい! なんでしょうか」

「トルンを初めとした俺が仲良くしていたやつ全員……いや、全員は大変だろうから主要人物だけでいい。今まで世話んなった、ありがとう。俺も頑張るからお前らも頑張ってくれって伝えてくれないか? もしあの親父になんか言われたりしたら素直に辞めていい、なんならここで断ってしまっても大丈夫だ」

もし見つかれば何か言われてもおかしくない。

「わ、分かりました!! ま、任せてくださいレン様!! 」

「俺が言うのもなんだが、もし親父に見つかれば嫌がらせを受けてしまうかもしれないんだぞ? 本当にいいのか……? 」

親父だけじゃない、兄たちもだ。
あいつらの俺を嫌ってる率は尋常じゃない。味方をするだけで何かしてきてもおかしくないくらいに。

それでもトゥーンちゃんはやると行ってくれている。
俺に義理とかは無いはずだ。

「なーに言ってるんですか。国王様やレン様の兄弟は事ある毎にレン様を【無能】だなんだと仰られてましたけど、それ以外の人達……ここで生活してる皆さん全員、レン様は無能なんかじゃない、天才レン金術師だって知ってるんですから! 」

「いやー天才は言い過ぎだよ。けど嬉しいぜ! ありがとな」

「命に変えても絶対に皆さんにお伝えします! あちらでも、体調にはお気をつけて! トルン様と一緒に、また絶対にお会いしましょうね! 約束ですよ! 」

「いや命の方を最優先にしろよ!? トゥーンも元気でなー! 」

「はーい! すぐに会いに行きますからねー! それまでの間、リーナさん! レン様をよろしくです! 」

「おまかせを」

ん……? すぐに会いに行くとはどういうことだろう? 言葉の真意を聞こうとしたが、ドサドサと足音を立てながら誰かが歩いてくる。

この偉そうな歩き方をしないと出ないような音を響かせる奴は兄貴達のうちの誰か、もしくは親父だけだ。

トゥーンちゃんと談笑していた事がバレるとトゥーンちゃんが怒られかねない。早くこの場から離れなければ。

「じゃあ俺たちはこれで! 」

「それではまた」

「はい! またねです! 」

ポケットから緊急用にいつも常備している【転移石】を取り出して、王城の外に、と念じる。

その直後には俺たち二人の身体は、王城の廊下から、王城の外の街中の噴水近くに転移していた。

「焦って使ったから詳しい場所は指定出来ずにここに転移しちまったわけだが、どうせだしなんか買ってくか? 」

「いえ、やめておきましょう」

「え、どうして」

どうしてだ、と聞き返そうとして、リーナが断った理由が分かった。

王城の上階の窓から一人の人物ーーありゃ第三王子のトンダーガだな。トンダーガがこちらを見ていることに気づいた。

えーと、《遠見》っと。
このスキルは遠くを見るのに特化したスキルだ。

遠くの物や人がくっきり見える便利なスキル。似たようなスキルに《レーダー》もあるが、ただ遠くを見るためだけならこっちで十分。

あ、因みにどっちも俺の自作スキルだ。

作れた際には親父や兄に嬉々として伝えたものだが、返答はどれも同じものだった。

「遠くをみれるだけなんてゴミスキルじゃないか! 役にも屁にも立たん! 」と笑われた。

知り合いの王国魔術師の一人にこのスキルを伝えたら、えらいビックリしながらも、「是非あたしに教えてくれないか!? 」と両手を握られ懇願されたものだ。

ああ……あいつにも一言お礼を言いたかったな。
彼女との昔の思い出に浸っていると、トンダーガと目が合った。

先程までこちらをニヤニヤと笑いながら観察していたというのに、目が会った瞬間何故か慌てふためいている。

なにか王城であったのだろうか? かと思えばまたこちらに目線を向ける。ベーと舌を突き出し、人差し指でこちらを指さし、ひとしきり笑う仕草をするとカーテンを閉めてしまった。

「な、なんだったんだ。あいつは何をしてるんだ」

「気にする必要はないかと。しかし、もしかしたらまだ私達がここに留まっていると国王様……いえクソ国王にチクるかもしれません。早急にここを離れましょう」

クソ国王って……。いや俺もクソ親父って呼んでるからお互い様か。

「あれ? そういえば辞表とかってどうしたんだ? 」

「いつでもレン様と駆け落ち出来るようにと、いつも胸ポケットに忍ばせていました。机の見える位置に置いてきたので心配ご無用です」

「ま、まじで? 」

え? 準備してたの? 俺の専属メイド用意周到過ぎないか……? 今回のもそうだが、さっきの荷物の用意だって一瞬だったし。

王城仕えのメイドの更に上、王子の専属メイドとなるとそうなのだろうか。ほんとに無能な俺には勿体ないメイドである。だがそれを口に出すとまた怒られるので口は紡いでおく。

「んじゃ、馬車に乗ってヘレクス領に向かいますか」

乗り場へと向かって歩いていった。
馬車で揺られること数時間。
リーナと談笑をしていたのだが、心地よい馬車の揺れも相まっていつの間にか眠ってしまっていた。

耳元で囁かれ、目を覚ましたのだが何故か俺は膝枕をされていた。

おかしい、寝る前は真正面に居たはずだ。

「寝づらそうにされておられましたので膝枕してみました。気分はいかがでしょうか? 」

「うーん、上々。てかちょっと恥ずい」

「私達以外誰も居ないのですから何も恥ずかしがることはないでしょう」

「いや御者さんが……」

「御者は手綱をしっかりと持ち、支えることに集中してますし、なによりよそ見して真後ろを見ようものなら大事故に繋がりかねませんよ」

正論をカマされてぐうの音も出ない。確かに言う通りだ。

身体を起こし、リーナの隣に座る形になる。

「ヘレクス領まであとどのくらいだろうな」

「そうですね、私も気になるので聞いてみます」

そう言うとリーナは立ち上がり、窓から顔を出して御者に問いかける。

「あとどのくらいで着きますでしょうか? 」

御者さんはんー、と悩み唸ったあと、答える。

「このまま何事も無ければ20分程度で到着する予定です」

「ありがとうございます」

20分か。レジエント王国からヘレクス領まではかなりの距離があったはず。それを考えると一つの疑問が残る。

一体俺、何時間寝てたんだ……。

「ざっと6時間以上は寝ておられましたね。すやすやと寝息をたてながら、私の膝の上で安心しきってました」

「ま、まじか……ろ、6時間。ず、ずっと膝枕してたのか? 」

流石にそんな訳ないだろうと考えながらも聞いてみるが、帰ってきた答えは……。

「はい、最初から最後まで膝枕してました」

「そ、そうか。あんがとな……」

まだ20分あるみたいだしもう一眠りしようとしてたのだが、また隙を晒すと膝枕されかねない。いや別に膝枕が嫌という訳ではないんだが。

膝枕されっぱなしの男ってのはちょっとな。しかしさっきのあの柔らかい太ももの感触も忘れられず……。

脳内の甘い誘惑と闘っているとまもなく、ヘレクス領の付近まで着いたと報告が上がったのだった。


「すいませんが流石にこれ以上は近づけないので、ここら辺にて失礼させていただきます。こんな辺境に何故……いえ、詮索するのは失礼ですね。それでは」

そう言うと俺たちを降ろして、来た道を去っていった。

そんなにヘレクス領に近づきたくないもんなのかね。
噂でしか聞いたことないからよくわからん。

まぁいい、ここからは歩いて進んでいこう。
御者の人いわく、数分程度歩けばいいとのことだったし。

えぇと地図、地図。
流石に道に迷うことはないだろうけど一応。

【アイテムボックス】から地図を探すがなかなか見つからない。

「なんでもかんでも適当に詰め込むからですよ。はい、こちらをどうぞ」

メイド服のポケットから四つ折りのモノを取り出し、差し出してきた。それを受け取ってひらげる。

「おおー地図……って、この赤線と丸印二つは……」

渡された地図にはなんと通ってきた道には太線が引かれ、現在地と思われる場所と、ヘレクス領と書かれてる場所に○が書かれており、予測到着時刻まで綺麗な時で記されている。

このメイド、完璧すぎる。

「レン様の専属メイドたるもの当然の仕事です。それとですね、寝起きだから仕方ないかもしれませんが、《サーチ》を使えばレン様も同じことが出来るでしょう。まぁ、お疲れの時にそんな面倒させようものならメイド失格ですので私がしましたが」

あ、確かにそうだ。サーチ使えば楽だった。と、それはそうなんだが、何故頭を出てくるんだ。

よく分からんが、ずっと出したままなので撫でてみたら、顔を赤くしながらも

「あ、ああありがとうございましゅ……」

と喜んでくれたので、よかった。
こんなことで喜んでくれるならこれからもしようと思ったのであった。


歩くこと数分。
リーナの予測時間ぴったしに着いたのは言うまでもない。

さて、俺たちの眼下にはヘレクス領があるわけだが。

「なぁ、これから領主になる人間が言っていい言葉じゃねぇかもしれないが言ってもいいか? 」

「別に何を言っても構わないでしょう。領主なのですから」

「いやそんな暴君領主みたいなことはしないけどね? 」

「あら、違うのですか? 私としてはあのクソ国王に今まで抑えられていた分の鬱憤を晴らすべく、暴君領主として君臨して好き放題のあまりを尽くされてもいいと考えてますが」

「そんなことしねーからな!? 領民と支えあって領地経営していくつもりだぞ!? 」

目の前の光景を見るに領民がいるのかすら疑問だが。

「そうですか、やはりレン様はお優しいですね」

「せんきゅーな。優しいって言われた直後だから言いづらいが」

すぅぅぅーーー、と息を吸って俺の出せる精一杯の大声で叫んだ。

「ほんとに領地かよここおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!! 」
さて、一つずつ状況を整理していこう。
この目の前に広がる景色についてだ。

とてもじゃないがお世辞にも領地とはいえない光景が広がっている。

「なぁにこれ」

見渡す限り、全て酷い。 ほんとに酷いの一言に尽きる。

草地はぼうぼう、ここから見える民家と思われる建物はボロボロ。

本当に人が住んでいるのか? と不安になるほどに。

「すいませーん、誰か居ませんかー? 」

リーナが声を上げる。しかし返事はない。

しゃーねー、もっと奥側に行って人が居ないか確認してみよう。

しばらく歩いているとやっと領民とおもわしき人を発見した。

「あら、旅人の方かしら? こんな場所に来るなんて不幸なもんね 」

「ええとあんたは? 俺はレンだ。レン・レジ……あーいや、レン・ヘレクスになんのか。まぁ、こんなナリだが元第五王子で、この領地に左遷……もとい追放されて領主を任されることになった。んで、こっちは」

紹介しようとしたがすっと一歩前出て遮られたので口をつむる。リーナが一歩手前に出る時は基本自分で言います、的な合図。

「私はリーナです。こちら天才錬金術師のレン様の専属メイドをやらせていただいております。以後お見知り置きを」


「まさか領主様になられるお方だったなんて……丁寧に紹介ありがとうございます。あたしはトメリルです。ここのまとめ役みたいなのをやってます。正直あたし一人では限界を感じてきてたので、領主様が来てくださって心強いです。それに錬金術師とは……! 」

トメリルと名乗った女性は俺らより背丈は少し小さい程度。頬は黒ずみ、少し痩せこけている。で、薄茶色の髪に目。長さは背中まである。服はボロボロで所々破れている箇所まである始末。

「あー、いや、目輝かせてるとこ悪いんだが、国王に無能だと追放されたようなナリだから、そんなに期待されても反動でガッカリするだけだと思うぞ。任されたからには全力でやるけど……」

ぶっちゃけ、さっきここ見た時にはバックれることも考えたが領民が居て、しかも領主が居なくて凄く苦労している。
それにこんな年半ばの女性が領民をまとめている、なんて聞いてしまったら逃げるに逃げれなくなってしまった。

ここに流されたのもなにかの運命だと思って、いっちょ領主やってみますか。

「それでも領主様が来ていただけるだけでもありがたいんです……本当にありがとうございます! そうだ、皆を紹介したいですし、着いてきてください! 」

手を引っ張られ、かなり広めの家に案内される。
中には領民が数人いた。

「ここが集会所です! 何かあった時や会議を開く時とかにここに集まってます。今来れる人を呼んでくるのでレン様とリーナ様は椅子に腰掛けて待っててください! すぐに集めてまいりますので」

そう言い残すと、猛スピードで走っていった。
ぽつんと取り残された俺たち。

当然中にいた領民たちは不思議そうにしてる。
俺らを目にした領民がなにやらこそこそ話し合っている様子も見受けられる。

やがて話し終わったのか静寂が訪れる。
当然だがここに住んでいる人だらけな訳だ。その中によそ者が紛れ込んでる構図。
そりゃシーンってなるわな。

この空気、耐えられねぇ!
ちょっと話しかけみるかね。とりあえず1番近くにいるこの人にーーー

「レン様、リーナ様! お待たせしました! 今来れる者を集めてまいりました。外に狩りに出てる者などにはまた個別で挨拶に向かわせますので何卒」

別に後から挨拶になんて面倒なことしなくてもいいのに。

トメリルの後からぞろぞろと領主が入ってきては、俺をみて変な顔をしてる。中には俺とトメリルの顔を交互に見て首を傾げるものまで。

「レン様、そちらの椅子にお座りください」

段差の上にある椅子を指さし、言う。

なんともボロい椅子だけど、他の椅子よりは一回り大きい。多分偉い人用だろう。これまではトメリルが座ってたのだろうか。

とりあえず座ってみた。
座り心地は普通。長時間座ってると背中が痛くなるかも?程度。

相変わらずザワザワが止まらない。
俺が椅子に座ったタイミングでトメリルが隣にやってきた。

右がリーナ、左がトメリル。

「えぇと、どうすりゃいいの? 」

こんな経験ないから、これから何をするのかすら全くわからん。こういうのはリーナも詳しそうだけど、トメリルは領主なわけだし、トメリルに聞くのが1番だろう。

「んん、皆、この人誰? って思ってるでしょ? 」

トメリルの問に一斉に頷き出す領民。

「じゃあー問題! この人は誰でしょー! 」

あれ? なんかキャラ変わってね? さっきとは打って変わって声も弾んですげぇ元気なんだが。

「はーい!! 」

列の先頭の方で元気に手を挙げてる女の子。

「じゃあ、ナナンちゃん! 」

へぇ、この子はナナンって言うんだ、覚えとこ。
ゆくゆくは全員の名前覚えなきゃだしな。こうやって少しづつでも覚えてかないと。

「トメリルお姉ちゃんが拉致って来た冒険者さん! 」

「違うよ〜!? お姉ちゃん拉致なんてしてこないよ!? 」

「えーほんとー? 」

「ほんとです! これが終わったらナナンちゃんお話があるからね! 」

「やだー! 帰るーー! 」

なんか和む……。

「他に誰かない〜? 」

また一人手を挙げた。次の人は目元まで黒髪で覆われていて顔がよく分からない。

さっきのナナンちゃんは黄色髪おさげの幼女、って感じで凄く印象に残りやすかったが、全員が全員そうじゃないからな。

「トメリルの……彼氏……でへへ、大正解」

「それだ! 絶対そうだよ!! 」

「メナウさん天才だ! それ以外考えらんねぇよ!! あんな頬を赤く染めてるトメリルさんなんて俺、みたことないよ。……あれ? 真っ赤になってる」

へぇーあの子はメナウって言うんだ、覚えとこ。
ビンゴビンゴと騒ぎだした男が指さした先にはトメリルさんが居る。そう、顔がリンゴよりも赤くなったトメリルさんが。

「ち、違うよ〜!? もう皆真面目に答えてくれないから答え言っちゃいます! この方はなんと〜」

「「「なんとー? 」」」

ごくりと唾を飲み込む音が聞こえるほど、一瞬静かになる。
誰もが固唾を飲んで次の言葉を待っている。

やがて小さい口が開かれる。

「なんと! 領主様であらせられます! レジエント王国からこられた元第五王子で錬金術師のレン様と、その専属メイドであるリーナ様です! 皆、拍手〜! 」

ぱちぱちぱち!!
溢れんばかりの拍手が巻き起こり、皆一様に驚きを顕(あらわ)にしている。

「領主様!? 」

「この見捨てられた領地にまさか領主様が来て下さるとは……」

「夢じゃないのよね? 」

中には疑い、泣き出すものまで現れて、てんやわんやした状態となり、収集がつくようになるまで少し時間がかかったのであった。

気持ちは凄くわかる。だって今まで領主が就任しても直ぐに逃げ出してまともな政策はされてこなかったし、他の領地や国も近づかず、関わろうともせずに放置状態。
本来レジエントは金銭的な援助等をしなければならないのに無視。

挙句にはどこからも事情最悪のスラム領地だなんて言われる始末。

領民たちは見捨てられたのと同じ。
それでも諦めまいと全員で努力をして今日まで生きてきているのだ。
「またこの人も逃げ出すんじゃねぇの? 何回目だよ、これ」

一人の男がため息をつきながら、こちらを睨み前に歩みでてくる。

多分、俺と同じか少し下の年齢っぽい。
いかにもって感じのチンピラ。

他の人たちはというと真っ青な顔をしていた。

「お、おいガーク……領主様にその態度はないだろ……お前のせいで気分を悪くして出ていかれたらどうするんだよ」

「そうです! ガークさん、レン様に失礼です」

うんうん、と頷く人もいれば、ガークに賛成だって人も居る。7:3って感じだろうか。

「ガーク、あんたの言い分はごもっともだ。何回も期待を裏切られたらそりゃ信じれなくなるよな。俺にはあーだこーだ言う権利はない。レジエントの元人間としてヘレクス領の全員に謝らせてくれ、すまなかった」

俺が頭を下げて謝罪すると、どよめきがはしった。

「なっ!? レン様が謝罪する必要はありません。任された責務を投げ出して逃亡した無責任者の尻拭いをするはおろか、それを代表して謝罪するなどレン様の名に傷がつきます」

「そうですよ! 領主様が謝罪する必要ありません! 確かにあたし達は、見捨てて逃げ出した前領主たちに怒ってますし、許さないですが、領主様は違うじゃないですか……」

「なんで俺がそいつらとは違うって断言できるんだ? そこがガークも気になってんだろ? 」

俺がそう言うと、ガークも「あぁ」と頷いた。

トメリルさんは俺の問いに目をぱちくりさせた後、不思議そうに言う。

「あたしにも分かりませんが……なんかこう雰囲気とか、言葉に説得力があるんです。何言ってるか分からないかもしれませんけど……この人なら信じれるって、心から思ったんです! 」

トメリルさん……。
実の父親や兄弟に何も信用してもらえなかったからか、こうして信用してくれた、認めてくれた人が居ることに感動してしまう。

「ちっ、トメリルがそう思ったんならもう好きにしろ、俺は知らん、好きにやらせてもらう。レン、だったか? 俺と勝負しろ」

「はい? 勝負? 」

え、何言っちゃってんのこの人。 今、すっげーいい場面だったよね? なんか水刺された気分。しかも勝負しろとか言ってくるし。

「俺と一体一で勝負しろ。三本勝負で一本でも俺から取れたら認めてやるよ」

なんて傲慢なのこの人……。

「嫌だといったら? 」

「ハンっ、逃げんのか、まぁいいぜ」

「いや俺にメリットないんだがそれ」

別にこいつに認められようが認められまいがどうでもいいんだが。どうせ領主しないといけねーんだし。

「勝ったらてめぇの命令でもなんでもきいてやるよそしたら、それでいいだろ? 」

はぁぁぁ。めんどくせー、やるけど。

ガークの後を付いていき、道の真ん中で向かい合う。

「おらぁッ! 行くぞ! 」

はぁぁぁ!?
こいつ、あろうことか試合の合図も何もなしに、腰に携えていた剣を抜いて、斬りかかってきた。

卑怯すぎんだろ。
まぁ、俺もこれから卑怯なことすんだけどね。

「おらおらぁ! 俺はこれでも昔はそれなりの《剣士》だったんだよ! 少し前までぬくぬく暮らしていたような王子様にはこの剣筋すら見えねぇだろ? 」

「いや、見えるけど」

二本指で受け止める。

「なっッッ!? 」

長々と自画自賛した割には、ふつーのスピードだし、へなちょこだし。

「次は俺のターンでいいよな? 」

アイテムボックスから杖を取り出して、先端を向け一言。

「なんかめっちゃ強い魔法」

唱えると同時に、魔法には威力減少魔法を掛けて、周囲にバリアドームを展開し強度強化付与も掛けておいた。

ほぼゼロ距離で「なんかめっちゃ強い魔法」をもろに食らったガークは吹き飛んで行く。

このままではバリアドームに激突してしまう。
俺はすんでのところで《クッション》をガークの背中に付与して、衝撃を吸収させた。

背中にドームがぶち当たる瞬間、もくもくと雲のような物体が背中から身体を覆い被さる。これで大丈夫だろう。

まぁ、全面は魔法直に当たってるし、大怪我してるみたいだけど。

バリアドームとクッションを解除して、ガークのとこに行く。

威力減少魔法を掛けたとはいえ、「なんか(以下略」はその名の通りかなりの強さを誇る魔法。

大怪我だけで済んでるのを見る限り、かなり鍛えてるようだ。

ポケットからキラキラと輝く石を取り出す。
これを握って、超万能薬であるエリクサーになるように念じる。

すると、ほわあぁ…と石が優しい明かりを発して、収まると緑色の液体が入った詰め物にかわっていた。
これがエリクサーだ。

「な!? 」

「あの石はまさか……」

「いやいや見間違い……だめだ、何回目を擦っても見えるんだが」

なんか領民たちがコレに驚いてる。

ぶっちゃけこれかけとけば、靭帯損傷でも治るらしい。
試したことないけど腕ちょんぎられても、傷口にかければニョキニョキ生えてくるって聞いたことがあるくらいにやばい代物。

これからも試そうとは思わないが、ぶっちゃけ少し気になるよね

とりまこいつをガークにぶちまけてっと。

次はなんか緑色のぽわぽわが現れて、その数秒後には血だらけで、肌も剥げてた身体が、女性もびっくりのすべすべお肌になっていた。

あら、なんか領民の女性陣がぎょっとしてる。

ってそれはそうとガークが目を覚まさない。お前、気絶してたんか。

領民二人がぺこぺことお辞儀をしながらガークをおぶって、どっかに連れていった。

ガークの目が覚めるまで気まづ過ぎんか……?

ほかの領民が話しかけてくれたので起き上がるまでの間、楽しく過ごせたのであった。
恐る恐る話しかけてきた領民たちと会話して、少しは打ち解けられたと思う。

僕は何をやってますだの、領主様は何故追放されてしまったのかだの、お互いのことを聞きあった。

そんなこんなで過ごしていると、ガークが髪をガリガリとかきながら、近づいてきた。

パッと見、体調は大丈夫そう。エリクサーぶっかけたし、ほりゃ万全になってなきゃ詐欺エリクサーならぬ詐欺クサーになってしまう。

「わりぃ、手加減があんま出来ずに大怪我おわせちまったな」

生まれてこの方手加減なんてほぼせずに、一生懸命生きてきたから、やわな手加減になってしまった。不手際で傷つけてしまったのだし一応謝っておく。

けどこいつが喧嘩ふっかけてきたんだし、多少のダメージは覚悟していたはずだ。なんならこいつ殺しにきてたよな?

「あ、あれで手加減してたのか!? 」

「領主様……なんてお方なんだ」

「ん……? まって!? 手加減してたってことは別々の魔法を二つ同時に展開してたってことよね!? 魔法二重展開なんて初めて見たわ!? 」

「二重展開ってよそでいう冒険者だとSランク級じゃないか! 」

「いや、ちげぇ……3つだ! 最後のガークを受け止めた白いふわふわとしたアレも領主様が使った魔法だ! 」

残念! 正解は4つです! なんてバカ正直に伝えたら卒倒してしまいそうな勢いだ。とてもじゃないが言えない。
へ? なんで同時並行で魔法を使っただけでこんなに騒いでるんだ?
もこもこ魔法は別に大した魔法じゃないし、子供でも簡単に覚えれそうなんだけどな。ナナンちゃんあたりに教えてたら数十分でモノにしそう。

すげーって騒いでる領民たちの近くで俺の右手をじーと見てるナナンちゃん。
もしかして興味あるのだろうか? 今度教えてあげよう。

「てめぇ……いやレン様、俺なんかに伝説の薬ポーションであるエリクサーを使ったのはなんでなんだ? 俺はレン様を殺す覚悟で攻撃したんだ、殺されても文句は言えない。だというのに、周りに影響が出ないようにバリアを展開し、魔法を打った際には俺を案じて手加減をして更にそこから威力が減少するような魔法までかけて……なんでそこまでするんだ? 」

質問が長いし多い……。全部ぶっちゃけどうでもいいでしょうが。ありがとう、はい終わり。これで済む話なのに。

めんどくせ!!

「はぁ、仮にも俺は領主なんだぞ? 楯突いてきたからって領民魔法で爆殺したら大問題だろ。正直最初はやりすぎたって思ったくらいだ」

「そ、そうかよ……けどよ! エリクサーをあんな怪我ごときになんで使っちまうんだよ!? レン様が自分のために持ってたんじゃねぇのか」

そういえばガークはキラキラ石を見れてないから、俺が大金はたいて自分の護身用に買ったモンだと勘違いしてんのか。

「いや、ぶっちゃけエリクサーなんていくらでも作れるからそこはなんも気にする必要はないぞ。あ、他のみんなももし怪我したり体調が悪くなったら俺に言ってくれ。直ぐにエリクサー作るからさ」

伝説のポーション、万能秘薬エリクサー、その名の通りの代物。酒飲みまくって二日酔いになった朝とかにエリクサーを1個飲んだら、見違えるくらい頭がスッキリすんだよな。

毎日の生活の始まりにエリクサーを飲めば皆、良い一日を過ごせるのでは……?

「よし! これから領民全員にエリクサーを配って毎朝飲んでもらおう!」

「「「いやいやいや!? 何言ってるんですか領主様!? 」」」

目ん玉飛び出るんじゃないかってくらい驚いた領民たちは、慌てふためきながら、NOを言ってくる。

そんなにダメらしい。

「いい案だと思ったんだけどなー」

「「「そういうことじゃなくてですね!! 」」」

この後も結局認められることはなく、毎朝エリクサー生活は却下されたのであった。

くそぉ……絶対いつかリベンジしてやるからな!!




んで、話が少し脱線したが元に戻す。

「毎朝全員にエリクサー渡せるくらいに、これを作るのは楽な仕事だからガーク、お前が何か気にする必要は無いし、引け目に思うこともねーからな」

あ、それと。

「後、お前にレン様って呼ばれるとなんかむずがゆいし、柄でもないだろうから好きに呼んでいいぞ。最初みたいにてめぇ、でもいいしな」

こんな金髪半グレみたいないかつい容姿の男に様付けで呼ばれるのはなんかね。

「さ、流石に領主サマと認めた男をてめぇ呼ばわりは他のヤツらにぶん殴られちまうわ。ほら見ろレン、トメリルが鬼の形相で俺みてんぞ」

あ、ほんとだ。背後に鬼がいる。威圧感がパない。
視線だけでガークを射抜いて殺しちまいそうだ。

「おーレンで全然いいぞ。認めてくれたってことでいいんだよな? 」

「あぁ、流石にこの短時間でこんなすげぇの見せられたら認めざるをえねぇよ。これからヘレクス領と俺たちをよろしくな、レン! 」

「任せとけ! 一緒にさいっこうの領地にして、支援してこなかった国や領地どもを見返してやろうな! 」

固い握手を交わし、ガチっと握り合う。

「おめーんら中でまだレンを認めねぇ、なんて戯言(たわごと)抜かすやつぁ、居ねぇよな? 」

頷く領民。ガークの取り巻きや、さっきはガークに賛成してた者も皆が満場一致で頷き、拍手をしてくれていた。

こうしてこの場の全員に笑顔で認められて、無事正式にヘレクス領主となったのであった。