「レンよ、お前にはヘレクス領の領主となってもらう」

俺と同じ銀色の髪に、髭。頭にはじゃらじゃらと装飾が施された重そうな王冠をかぶっている目の前の男。

この国の国王であり、父親でもあるマサカコンナコト。

「ありがたき幸せ。謹んで辞退させて頂きたく存じます」

「悪いがこれは決定事項だ」

「では、俺は遊んでくるのでこれにて失礼させて……え? 決定事項? 」

「そうだ、拒否権は無い。今日中に荷物をまとめて向かってもらう」

「ちょちょちょ、え? 今日中? 今すぐ!? はぁ!? お、親父、俺は第五王子だろ? なんで王子が領主だなんて面倒な事しなければいけないんだ!! そういうのは兄たちにやらせとけばいいだろ!? 第一王子のバカンは親父の後継者としても、第二も第三も、なんなら第四も居るじゃねえか。なんでアイツらにやらせねぇ!? なんで俺!? 」

急に告げられた恐ろしい言葉に驚きを隠せなく、詰め寄って次々と質問を投げかける。

だが返事は淡々と帰ってくる。

「だってお前以外は優秀だからな。あんな治安が悪く、悪い噂しか聞かない、任された領主は今まで例外無く逃亡していくような領地に、私の出来の良い可愛い子供達を向かわせる訳にはいかん。よってお前が選ばれただけの話だ」

「いや俺もアンタの子供だよね!? 」

「私の言葉をもう一度復唱してみろ」

「私の出来の良い可愛い子供達、だったよな? まさに俺の事じゃねぇか」

「何を言っておるのだ? 当たっているのは私の子供、これだけではないか」

「何を言ってるのかはこっちのセリフだバカヤロウ! 俺は出来が悪くて可愛くないって言ってるようなもんだろそれ! 」

「だから最初からそう言っておる」

「ざけんな! 頭きた、出てってやる! 」

「お〜、そうしてくれるとありがたい。一生帰ってくるなよ。領主としての仕事以外でこの国には入れないように手続きをしておくからな」

一生帰ってくるなと言った直後に、領主としての仕事以外では入ってくるなと。これは裏を返せば仕事であればいくらでも入っていいって事だ。

いや別にわざわざ時間かけてまでこんなとこに戻ってこようとは思わないが。

「話は終わりだ! しっしっ! さっさと荷物をまとめて出ていけ! 今日中だぞ! 今日中! 」

「へいへい」

そんなこんなで俺は実の親に追放されたのだった。




「はぁ〜……よりにもよってヘレクスですか。ご愁傷様ですレン様。あちらでも頑張ってくださいね」

部屋へと戻ってきた俺は専属メイドのリーナに先程の悲劇を伝えたのだ。専属メイドの彼女ならば、俺がここから出ていくのをそれはそれは悲しんで泣いてくれるだろうと話したのだが、おかしい。

泣く素振りはおろか悲しんでる様子は微塵もみられない。なんなら嬉しそう。

そう考えてると、さっさと支度を終わらせたリーンが収納バックを手渡してきた。

「荷物は全部入れました、これでレン様の準備は完了です」

中身を見てみると殆どすっからかんだった。そういえば私物あんまねぇもんな……。基本【アイテムボックス】っちゅう無限になんでも入るスキルがあるからな。そこに全部ぶち込んでるし、大事な物とかをそこら辺にほったらかしにするバカは居ないだろう。

手渡されたバックを【アイテムボックス】に入れる。

「ほんとにさらっとレン様はとんでもないことをされますよね」

「え? そうか? あんがとな!! けどよー、親父達は褒めることはおろか、そのくらい普通だって言ってくんだよ。俺的には大発明だと思ったんだけどなー」

「あれはレン様を認めたくないから言ってるだけかと」

「んはは、んなことはないだろ。現にこうやって追放されたわけだしな! ……うし、そろそろ行くわ。世話になったなリーナ。今まであんがとな」

やはり少し照れくさいものがあり目線を逸らして下を見てしまう。右手で頭をかきながら、左手を差し出した。
リーナのことだから握手してくれないかもしれないけどな、トホホ。

しかしいくら待っても手は握られない。
ガサゴソと何かを動かしている音だけが聞こえる。

「……何をおっしゃられてるのですかレン様。私も準備は終わりましたよ。さぁ行きましょう」

「え? 」

今生の涙の別れ的な展開だったよな今!?

声をかけられ前を見たら、さも当然かのような顔をしたリーナがバカデカイリュックを背負っていた。

「レン様、何故貴方はあらゆる分野で天才なのにおんなごこ……こほん、こういう事にはからっきしなのですか。着いていくに決まってるでしょう」

「え、でもお前さっき、あっちでも頑張れって他人事みたいに言ってたじゃないか。しかもメイドの仕事はどうすんだよ」

「あら? 私はレン様の専属メイドですよ? どこであろうとお供致します。たとえSSSランクダンジョンであろうと、魔族領であろうと。それにあちらでも頑張れと言ったのは、頑張るのはレン様です。私はお世話をするのみ。だから頑張れと言ったのです」

「リーナ……わ、分かってるのか? ヘレクス領はとんでもなく酷い領地で、世界最高峰のスラム領とまで言われてるような場所何だぞ!? お前の技量だったらこの家のメイド長だったらすぐにでもなれるだろうし、戦闘能力も高いから冒険者になればSランク冒険者になれるぞ。専属メイドだから、という概念に囚われて、俺についてくるのだったら辞めておいた方がいい」

「いえ、私はメイド長はおろかSランク冒険者なんぞにも興味はありません。あるのはレン様、貴方のみ。自分達が何も出来ない無能だからと、天才の貴方を認めずに追放するようなボンクラ国王の元で死ぬまで働くなんて一生の恥です。さぁ、さっさとこんな場所から出ていきましょう、行きますよ。それにですね、まだ分かってないようですので言いますが、私は貴方の、貴方だけの専属メイドです」

何を入れたらそこまでパンパンになるんだというくらいに膨れ上がったリュックをよいしょと声を漏らしながら背負い、部屋のドアを開ける。

これ以上はもう言わせまいと言わんばかりな態度だ。
ここまで真っ直ぐに言われたら、俺も返す言葉は一つだ。

「ありがとうリーナ、流石俺だけの専属メイドだな。へへっ、これからもよろしく頼むな! 」

「はい、よろしくお願いしますねレン様」

もう一度差し出した手を、今度はしっかりと握ってくれた。
俺には勿体ないくらいの超完璧メイドと二人並んで、十数年過ごした自室を後にしたのだった。