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 タヌキと呼んでいたせいで、メルリアは名前がタヌキだと思ってるらしい。どうやら、この世界では、珍しい種類のモンスターだったようで。メルリアも見たことがないと言っていた。

 タヌキが住み着いて、数日。野菜は困らないし、肉は、買って来てある。魚を久しぶりに食べたくなった。

「タヌキ知ってます! 魚いる場所、知ってますぅ」

 居候の自覚があるらしく、ちょこまかちょこまかと俺の足元をうろついては、役立とうとする。愛着が湧いてしまったからには、もう追い出すことはできないだろう。それでも、必死になって何かを仕事を探すタヌキに、憐れみを抱いてしまった。

「じゃあ、タヌキは道案内役だな」
「はいです! 任せてください! あ、釣竿あるんですか? タヌキ、釣竿も作れます!」
「タヌキお前本当にモンスターか?」

 あまりにも人間っぽすぎる行動といい、釣竿が作れることといい、不思議がつい口をついて出る。タヌキは、ぱちんっとウィンクをしてみせた。

「おじいちゃんに教えられたので!」
「へ?」
「おじいちゃんが釣竿の作り方とか、回復薬の作り方とか、教えてくれて。オオカミに追われたから助けてもらおうと思って、来たんですけど……」

 どうやら、前に住んでいた住人が飼っていたということだろう。だから、鶏小屋で不満そうな顔してたのか。というか、タヌキを飼おうと思う前住人も、前住人だろう。結局、一緒に暮らしてるけど。

タヌキの手助けを借りながら、釣竿を作って湖に向かう。メルリアは、家の掃除をしてるとのことだったので留守番だ。



 近くの湖は、一周回るだけでも大変そうな大きさ。魚影が見えるから、魚もきちんと居るようだ。ちょうどいい木の切り株に腰掛ければ、勢いよく湖に飛び込むタヌキ。

「あ、おい!」

 案の定、バタバタと手を跳ねて、溺れかけてる。

「タヌキはもう溺れて死ぬんですぅうううう、死ぬんですぅうううう」

 ……はぁ。
 ため息を吐いて、釣竿を置く。せっかくスローライフをしに来たのに、タヌキのせいで遠ざかってる気もする。ズボンを捲り上げて湖に入れば、思ったよりも浅い。膝くらいまでの深さしかない。

 ジャバジャバと音を立てて、タヌキの首根っこを掴む。

「ルパートおおおおおおお!」

 ひしっと俺に抱きつこうとするタヌキ。よしよしと背中を撫でてやれば、せっかくのモフモフの毛皮がしおしおしていた。濡れたせいだろうけど。

「勝手な行動するな、死ぬぞ」
「タヌキは、タヌキは、魚をルパートに!」
「釣りは釣るからいいんだ、わかるか?」
「わからないですぅうううう!」

 腕の中でジタジタと暴れるタヌキを宥めながら、切り株に戻る。焚き火を起こしてやって、乾かすように寝転がす。ゴロゴロと揺れながら「あったかーい」とか呟いてた。

 タヌキは放置して、釣竿を垂らせば、反応はない。魚釣りは、待つのも醍醐味だ。ゆっくりと、釣れるまで待とう。

 青空の下、湖で釣りをしてる。これが、俺のしたかったスローライフ! 実感を噛み締めていれば、釣竿が、ふわふわと上下する。

 思い切り引っ張れば、アユのような魚がエサに齧り付いていた。ビチビチと跳ねてる口から釣り針を外して、バケツに放り込む。初めての割には、いい感じなのでは? タヌキもやらないかと、問いかけようとして振り返れば、ジリジリとオオカミが迫って来ている。

 気づいていないタヌキは、ぶぅううっといびきすらかいてた。うん、放置してたら、あっという間に死んでしまう気がする。むしろ、今までよく生きてたな。

「おい、こいつはだめだぞ。俺の家族だからな」

 オオカミの方に話しかければ、言葉が通じないから当たり前か。俺をチラリと見てから、ジリジリと変わらずタヌキに近寄る。水球を顔に当てれば、キャインと小さく鳴いた。よくよく見てみれば、骨が浮いてる。こいつも餌が取れずに、腹減ってんのか。

 鳴き声に起きた、タヌキが慌てて俺の後ろに隠れる。

「タヌキは、おいしくない、おいしくないです!」

 オオカミは、伏せて俺を見上げていた。腹減ってるんだろうけど、タヌキを食べさせることはできないし……先ほど釣り上げたばかりのサカナを投げてやれば、ハグハグと勢いよく食べ始める。

 まぁ、足りないだろうけど。

「タヌキが、タヌキが魚を!」

 走り出そうとしたタヌキの首根っこを、慌てて掴む。

「さっき溺れそうになったの忘れてんじゃねーよ!」
「だ、だって、食べられちゃう! タヌキ、食べられたくない!」
「大丈夫だから、落ち着けって」

 シュンっと落ち込んだ風になった、タヌキを地面に下ろす。拗ねたように俺の隣で、丸くなる。湿っていた毛は、乾いたらしい。ふわふわに戻っている毛を撫でてやれば「ふふふ」と笑い声をあげた。

「単純だなぁ」

 と言ってるうちに、湖に投げ入れたままの釣竿が激しく動き始める。ビチビチビチという振動を感じながら、引っ張れば、重くて身体が持っていかれそうになった。俺の釣竿に齧り付いて、オオカミが一緒に支えてくれる。

 ぐいっと引き上げれば、ヌシを引き上げてしまったんだろうか……百センチはありそうな、サケのような魚だった。こんなでかいの住んでるのかよ。タヌキを助けた時に喰われなくてよかった。

 しかも、このオオカミ、タヌキよりよっぽど、役に立ってるぞ。
 それでいいのか、タヌキ。

 タヌキはぷすぷすと、相変わらずイビキを立ててる。食べられる食べられるって騒いでいたくせに。
 大きい魚は、釣るのを手伝ってくれたので、オオカミにあげた。嬉しそうにハグハグと喰らい尽くしてるのを見てから、魚釣りを再開する。