急いで、服を纏って外に出る。目を疑う景色に、俺も悲鳴を上げそうになった。

「な、な、な、なんですか、これ!」

 メルリアと俺の視線の先には、先ほど埋めたばかりのはずの野菜や果樹。「芽が出るかわかりませんよ」とナリスが言っていたはずなのに。気づけば、ふさふさと自分の身長くらいの木になっている。いや、なってるのもおかしいんだけど。

「さっき、植えたばっかりですよ……?」
「そう、だな」
「そうだなじゃなくて!」

 俺の右肩をパシパシと叩くメルリア。俺だってよくわからない。異世界産の植物はどこもかしこも、こうなんだろうか。

「絶対違いますよ」
「まだ何も言ってない」
「絶対おかしいですからね、こんな短時間で急成長するの」

 果樹に至っては、実すらできている。近づいても、普通の木という感じだ。まだ、背は小さい方だろうが。一つオレンジをもいで、メルリアに手渡す。メルリアは首を横に振って拒否しようとしていたが、俺も食べるとジェスチャーすれば渋々受け取った。

 もう一つもいで、皮を剥けば、甘い香りが漂って来た。一口齧れば、果汁が口の中で弾ける。甘味と酸味もちょうどいい。おいしい、オレンジだ。こんな短時間でなった割には……

「おいしいです、ね」
「おいしいは、おいしいな」

 二人で困惑していれば、こちらに向かって走ってくる茶色い毛玉。それに釣られたように後ろには、オオカミがダダダっと足音を立てて迫って来ていた。

  タヌキ……だな。タッタッタっと必死に逃げているが、もう追いつかれそうだ。ただ、俺の庭で食べられるのは困る。オオカミが来るようになって、メルリアに危険が迫っても嫌だ。

 威嚇用に火球を放り投げれば、オオカミは小さく「キャイン」と泣く。火球に怯えたのか、たぬきもピタリと立ち止まり、プルプルと震えて縮こまっていた。

 可哀想になって来たけど、野菜や果物を食べられても困るから追い払うしかないか。もう一度火球を放り投げれば、オオカミはくるりっと踵を返して逃げていく。

「おいしくないですぅううううう」

 聞き覚えのない声に驚いて、たぬきを見つめれば地面に鼻を擦り付けてる。
 お前、しゃべれんのかよ……

「もう、だめだぁぁああああ、僕はおいしくないですぅううううううう!」
「オオカミは追い払ったぞ」

 手を差し伸べれば、ふわふわとした毛が指に触れる。もふもふだな……すごい、もふもふだ。顔を埋めたくなるような。

「死ぬんですぅううう、僕はもうオオカミに食べられて死ぬんですぅうううう」
「追い払ったって」

 ジタジタと動き回るタヌキを、ひょいっと持ち上げる。はっと驚いた顔をして、俺を見つめてからバタンと死んだふりをした。マヌケさに可愛らしさすら、感じて来た。

「大丈夫だって」
「おいしく、ないよぅ、おいしくないよぅ」
「食わないって」

 念を押すように言葉にすれば、死んだふりをやめて、俺を見つめる。まぁるい黒い瞳を潤ませて、ぴしっと俺の手を握った。

「食べないですか! 本当ですか!」
「ってか、喋れる動物っているんだな?」

 持ち上げたまま見つめれば、胸を張る。

「これでも、僕は強いモンスターですから!」

 強いモンスターは、オオカミに追われて、もうだめですぅううと泣かないと思うけどな?

「あの、少しだけ、お野菜を分けていただけませんか」

 急にしおらしくなって、おねだりをし始める。これだけ、豊作なら分け与えてもいいが……悩んでいれば、メルリアにヒョイっとタヌキを取り上げられる。

「可愛い〜! もふもふ〜! うちで飼いましょうよ!」
「いや、喋れるタヌキ、しかもモンスターだぞ?」

 メルリアの言葉を聞いた瞬間、タヌキは目をきゅるんっと輝かせてメルリアに媚び始める。うん、マヌケだけど、したたかだ。まぁ、いいか。タヌキの一匹。家には、入れるつもりはないから、鶏小屋にすんでもらうくらいならいいかもしれない。

「鶏小屋の中なら、まぁ」
「悪いことはしません! 大人しくします! お野菜ちょっとで大丈夫ですっ!」
「じゃあ、どれ食べる? キャベツとか、がいいかな?」
「大好きです!」

 メルリアがキャベツの葉を数枚、タヌキに渡せば、両手ではふはふと食べ始める。少し、癒される。

「ありがとうございますっ! 僕のお部屋はどこですか!」
「あの小屋だ」

 鶏小屋を指させば、一瞬顔をくぐもらせる。嫌なのか。ずいぶん人っぽいタヌキだこと……

「わかりましたっ! わがまま言いません!」

 メルリアが抱き上げて、鶏小屋へと向かう。うん、いい子だと思うよ、いい子だけど。でも、あのタヌキ変だろ、絶対。

 新しく増えてしまった家族に、はぁっとため息を吐きながら家を見上げる。これから、また増える予感がしていた。スローライフをしに来たはずなのに。まぁ、余生も騒がしい方が楽しいだろう。