家に戻って、庭へと出る。昨日は硬かった地面は、相変わらず黒々としている。昨日よりは柔らかそうに見えるのは、水を吸ったからだろうか。
家にあったクワを振り上げて下ろせば、ふわりと柔らかい土に変わっている。温泉の、効果か? あの温泉万能すぎるだろ、流石に。
おかしいと思って、温泉を鑑定すれば……「奇跡の泉」と表示されていた。
「なぁ、メルリア」
俺の横でクワを構えていた、メルリアに声をかければ、不思議そうな顔で俺を見つめる。
「なんですか?」
「奇跡の泉、って出てるんだが」
「温泉が、ですか?」
いつも大きい瞳を、さらに大きくして、はっと息を呑む。奇跡と付いてるからには、何かあるんだろう。神殿に居たこともあるメルリアなら知ってるかと、問いかけたが、わからないか。
「奇跡の泉って、病気が治るとか、言われてるやつですよ……」
「あの温泉が、そうらしい」
「……あの泉だけで一生というか、子孫代々まで暮らしていけますよ、ルパートさん」
売れば、ということだろう。でも俺には支援金があるし、温泉には毎日でも浸かりたい。誰かに譲る気もない。普通の温泉として、使おう。
「見なかったことにしよう」
「そうですね」
見なかったことにして、土を見下ろす。耕す必要はなさそうだから、畝を作り始めれば、メルリアに声をかけられた。
「なんですかそれ」
「野菜を育てると言えばこれじゃないのか」
「どういう意味が……」
「水はけが良くなる?」
俺も詳しくは知らない。だって、畑といえばそういうもんだと思って、やってるだけだ。前世でも、畑なんて作ったことはない。やったことがあることといえば、キッチンでペットボトルに、買って来た豆苗とネギの根っこを置いてたくらいだ。食べ放題になるんだよな、順調に育ってくれると。
「そうなんですか?」
疑ってるメルリアに、「らしい」とだけ伝えれば、両手でよいしょよいしょと、土を盛り始める。ある程度、形になったところで、種をパラパラと撒いてみた。果樹の種も、畝を作っていない端の方にパラパラと撒く。これで、芽が出てくれればいい。
「よし、温泉でも入って寝るか!」
陽はまだ、偏ってもいない。お昼寝もスローライフの醍醐味だ。何もしなくていい、最高の幸せを噛み締めていれば、昨日温泉を頼んでいたゴーレムが近寄ってくる。
「あ」
鶏小屋の存在を忘れていた。カゴに入った鶏を、家に置いたまま、畝作りに熱中してた!
「ゴーレム、鶏小屋作れるか?」
問い掛ければ、三体はこくんっと頷く。助かるー! 建築やってくれるとか、最高! 「よろしく!」と背中をパキンっと叩けば、ぺこっと俺にお辞儀をしてから温泉の横に小屋を建て始めた。
あとで、鶏はあそこに入れといてやろう。メルリアは隣で小さい声で「もうなにもツッコミませんからね」と呟いていた。俺、無意識に、なんかしちゃまいした? をしてた……? 俺のチートなんてもん、大したことないと思ってたんだけどな。
ただ、全属性の魔法が使えること、と。自分の創造した魔法が使えることくらい。創造した魔法なんて、魔力効率が悪すぎてほぼ使えないようなもんだったし。
「とりあえず汗流そう!」
メルリアの手を引いて、出来上がった温泉に入る。きちんと二つに分けて作られているのは、俺の記憶からゴーレムが読み取ったんだろうか。
「あったかいお風呂に毎日入れるなんて、贅沢ですよね」
「ここに来て良かったと思える一瞬だよな」
入り口でメルリアと別れて、ゆっくりと浸かる。体の芯から温まっていくようで、心地よい。老化の呪いがどれくらい進んでいるか、想像もつかないが、自分で体を見る限りは、なんてことないようだ。疲れも特に出ないし。
温泉が骨身に染みる……元日本人としては、やっぱり入浴は魂の洗濯と言われるくらい大切な習慣だと思う。体をサッパリさせてから、出れば、メルリアの悲鳴が聞こえた。