討伐報告のために、ギルドへ来た。リースは報告書をギルド職員に渡して何かを耳打ちしている。ギルド職員は俺を見て、絶望のような表情を浮かべた。
ぽかんとしていれば、俺の前に戻ってきたリースに小声で「すまない」と謝られる。あれは誰も悪くない。俺が避けられなかった、だけだ。
首を横に振れば、リースは手を差し出す。
生還したことへの労いの握手か?
握り返せば、「ちげーよ!」といつものリースに戻った。
「今はそういうボケの時じゃないだろ」
「リース、ルパートさんを捨てるっていうの!」
メルリアが珍しく、感情を露わにしてる。
あぁ、そういうことか。俺、追放されたのか。
流行りの異世界もので、そこから始まるストーリーあったな。俺はそんなチートは、持ち得ていないけど。
一人で考えていれば、リースとメルリアの言い争いは、激しくなっていく。
「呪いを受けた状態でルパートが、モンスターと戦えるわけないだろ!」
「でも、解く方法だってあるかも」
「そんなの、何百年と探されてるのは、メルリアの方が詳しいだろうが」
耳に響いた言葉に、驚く。呪い、って言ったよな? あれは、呪いを受けてしまったのか。試しに、手をグーパーグーパー動かす。どこも異常は、ないように思えた。
二人を止めるように、シーフのシュミットは間に入る。いつも、そうやっていざこざを収めてくれたのはシュミットだったな。
「はいはい、言い争いはあと! そもそもルパートが事態をわかってねーよ、アレ」
こくんこくんと、頷く。リースは困ったように、また口をモゴモゴと動かしてる。メルリアは、うるうると大きな瞳を潤ませていた。
唯一、まともに教えてくれたのはシュミットだった。
「老化の呪いって、聞いたことくらいは、あるだろ」
老化の呪い。体が早い速度で、老いていく。手のひらを見れば、確かに、十四歳の体にしては大きいかも? 朝見た時より、成長してる気がする。気がするだけで、本当にそうかはわかんないけど。
「冒険に行ってる場合じゃないってこと」
今くらいならまだいいが、四十五十になってたら流石にきつい。どれくらいのスピードで老化が進むかはわからない。
「それもそうだな……」
今までの冒険の度に、貯蓄はしていたが。どれくらい生きるかわからない今、引退をするのは困る。
そんな俺に、リースは気まずそうな顔で、良いことを教えてくれた。
「国からの補償がある。だから、冒険は諦めて、余生を過ごしてくれ」
「そんな言い方って!」
「事実だろ!」
国からの補償が、ある。
補償が、ある? お金、ってことだよな?
追放は全然構わない。手っ取り早くお金が稼げて、適性を活かせるのが冒険者だった、だけだ。
「国の補償ってどれくらいなんだ?」
「そこかよ! いや、まぁ、なんかルパートってそういうとこあるよな」
ガクンっと肩を落としてから、シュミットは俺の肩を叩いた。それから、ギルド職員の方を指さす。
「多分説明してくれるんじゃね?」
「まだ話は終わってません! あの時リースが」
「メルリア、いいんだ、別に俺は」
「でも!」
「とりあえず返すよ。リース」
リースの手の意味をやっと理解して、メンバーの証のドックタグを首から取る。遭難した時や、亡くなった時に、誰かを判明させるためのギルドのタグと一緒に紐に通していた。解いてメンバーのタグだけ渡せば、メルリアはイヤイヤと首を横に振ってる。
「今までありがとう」
「そんなあっさり……」
「ルパートさん、私まだ納得してませんから!」
メルリアがどうしてそこまで言ってくれるかはわからない。それよりも、国の補償の方が俺には大切だった。
生きていくのには、お金が掛かる。働かなくていいなら、余生が少し縮まったくらいどうってことない。
受付に近づけば、ギルド職員はスッと紙を一枚取り出す。冒険者の平均生涯年収が、記載されている。活躍すればもっと貰えるだろうが、余生を過ごすには充分な金額だった。
「国からの支給になります。分割でのお渡しもできますが……」
「一括で!」
これなら、家だって買える。平均生涯年収とは言え、冒険者は命の危険がある分、他の職業より破格の金額だった。
ゆっくりと過ごせる時間が、やっと始まる! 呪いに掛かったのはラッキーだったかもしれない。
「かしこまりました。ギルドの口座に振り込んでおきます」
「ちなみに、自然の中で過ごしたいんだけど。家とかって、買える、かな?」
「家、ですか?」
「農村とかの端っこがいいんだけど」
職員が出してきた、近隣の村の地図を眺める。できればモンスターは少ない方がいい。魔法はまだ使えるようだが、老いてからは体が追いつかないだろうから。
念願のスローライフに、脳みその中では妄想が始まっていく。ゆったりとした山の中での生活。スローライフは、やっぱり山の近くだな。山の近くで、モンスターがあまり出ない地域がいい。
「ここなら、家も土地も、国からの支援金で買っても……安いので」
職員がひとつ指さした地域は、見覚えのある名前だった。駆け出しの頃に、モンスター討伐に向かった村だ。今なら一人でも倒せるレベルだろう。体が追いつきさえすればの話だが。
「そこにしよう」
「考えなくていいんですか?」
「時間がどれくらいあるか、わからないからな」
即決して、土地代と家代を引いて自分の口座に振り込んでもらうように頼んだ。そして、馬車に揺られて農村へと向かった。
安いのには訳がある。そんなことに気づくのは、だいたい、目的地についた後だ。