「入るぞー」

いつもの要領で、ノック代わりに声をかけながらドアノブを捻る。

小中高と続く腐れ縁は11回目の夏が過ぎ、いまや、部屋へ踏み入るのに躊躇いも気遣いもなくなった。ここへ来る途中に寄ったコンビニの自動ドアよりも、開閉がすんなりと軽い。

「おー(オミ)、買い出しさんきゅーっ」
「……普通に元気じゃん」

白いスウェット姿の背中にぼそりと呟き、ローテーブルとベッドの間に腰を下ろす。風邪でくたばっているはずのアホは、布団を足元に追いやり、スマホを片手に寝転んでいた。

「あれ? 鍵開いてた?」
「丁度おばさんに会った。今から出勤だって」
「あーそうそう、急に夜勤になったとかで」

……そうそう? そんだけか?
おばさんが出ていったのは10分前とかだぞ。こちとら買ってきたもんを冷蔵庫に入れ、直後、降り出した雨に気づいて洗濯物を取り込み、今やっとココだぞ?

何を期待しても無駄だと知りつつ、自嘲ぎみにため息を吐いてベッドへ寄りかかる。

「おばさんから伝言。飯の準備するヒマなかったから、姉ちゃんが帰ってきたら何か頼めって」
「おー」

生返事の傍らで、いったい何に夢中になっているのか。それとなく振り返ってみるが、栗色の猫っ毛が邪魔でスマホ画面が見えない。

「……それから、病人ぶって雅臣(マサオミ)くんをこき使うなって」
「それは臣のウソだな」

確かにいまのは、気を引きたいだけの嘘だ。だからこそ、こちらに目もくれず断言されるのは面白くない。

「あと、熱がぶり返したら座薬もあるからって」

重心を少しだけずらし、うつ伏せ状態のアホを眺めながらベッドへ頬杖をつく。

「お前が大人しく寝てなかったら、ブチ込めって言われた」
「座薬……ってアレだよな?」

――――お。
やっとこっち見た。

「あれだな、ケツに突っ込むやつ」
「いいぃぃ。ムリムリッ! なっ!」

懐っこい顔で同意を求められ、テキトーな相槌で返す。
拒否してるわりには、キャッキャと楽しそうに転がりやがって。こいつ病人じゃねぇのか?

「んで熱は? 下がったの?」
「爆睡したら下がってた。これはまじ!」

キリッと顎を引いて訴えてくるあたり、2つ目の嘘は効果てきめんだったのだろう。

小さいころは年中Tシャツ短パンだったようなヤツが、初めて風邪を理由に学校を休んだ。10年以上の付き合いでそれは天変地異に等しく、要するに、本気で心配した俺の身にもなれっつーの。

「頼まれてたやつ、ぜんぶ冷蔵庫に入れてきたけど何か取ってくる?」
「……なにそれ。臣こそ熱あるんじゃない? 大丈夫?」

ケラケラと笑う顔を睨み返す。だがすぐに身を翻されたせいで、俺はまた、普段よりヘタっている後頭部を見つめる羽目になった。

ちょっと優しくしただけで異常なのかよ……。

既にスマホに戻ってしまったが、元気ならまあいい。ただその、指をパチンと鳴らすような仕草だけは気になる。

「なぁ、さっきから何してんの」
「んー……べんきょう?」

――――こいつが勉強?
四六時中サッカーボールを追いかけてるようなヤツなのに、んなアホな。

「臣ってさ、モテるよな」