さーと雨の音がする。
 紫陽花の咲くバス停で
 しばらくしてから二人でベンチにすわり、青くんの隣で座るわたしは片方の足をぶらぶらさせていじけていた。

「また私は忘れてたんだね」
「翠ちゃん。傘、まだその逆さ持ち方なんだね。不審者対策だっけ? 変わらないね」

 青くんはわたしの手元をみる。

「いまはその話してないんだよ」

 少々ふてくされながらちらりと青くんを見ると、青くんはふふと笑った。

「僕のことを忘れるのは仕方ないよ。人間の君と紫陽花の妖精である僕はそういう運命なんだ」
「でも」
「言ったでしょ? ぼくは紫陽花でその花が枯れて種になってまた紫陽花になっても記憶があるけど、人間である翠ちゃんは梅雨しか僕との思い出を思い出すことができないんだよ」

 青くんは少し微笑む。

「青くんは人間から紫陽花に戻る、梅雨明けの朝にバス停にいるじゃない?」
「うん、あそこにいれば最後に翠ちゃんに会えるから」
「でもあの時にはもう」
「翠ちゃんは僕の記憶を封印されている。翠ちゃんは僕をいなかったとして、現実世界を歩いていく」
「どうしたら青くんを忘れないのかな」
「翠ちゃんは毎年悩んでるね」
「うーん」

 そりゃ悩むよ。
 青水無月が終わると記憶がすっぽり抜けちゃうんだもん。
 大切な人なのに、忘れちゃうんだもん。
 青くんがなかったことになる。
 梅雨があけると忘れてしまう。
 バス停のベンチに座って泣いている青くんを他人だと思ってしまう。
 はあとため息をつくと、青くんが笑う。

「初めて出会ったのは痴漢に襲われてるときだったね」
「そうだね。あの時の翠ちゃんは本当にかっこよかった」

 あの時、私は傘で痴漢をぶん殴った。
 青くんが入ってくるから、痴漢をぶん殴ったこの思い出も忘れていたということだろうか。
 紗那ちゃんに傘で人を殴ったという過去があったっていったら、怒られるに違いない。

「せっかく再会できたんだし、梅雨入りは今日からだよ。またしばらく一緒にいられるし楽しまなきゃ」
「うーん」
「翠ちゃん、どうしたの? せっかく再会できたのに嬉しくないの?」
「え……嬉しいよ、それは」
「僕たちには会える期間が定められてる」

 青くんはベンチに添えていたわたしの手を
握る。

「今日からまた思い出作り開始だね」
「うん」

 今度は忘れない思い出がいい。
 雨が上がっても覚えていられるような。
 今年こそ、あなたを忘れない思い出をつくるの。