「はい、申し訳ありません。脅かすつもりはなかったのです。まさか私の声が聞こえると思わなかったし、歌がとても素敵だったので、つい声を掛けてしまいました」
「そうでしたか」
 言った時点で、僕は恐怖を感じることもなく事態をすっかり冷静に受け止めていた。それはたぶん、声の主に邪悪さが感じられなかったことと、前の晩に僕の歌を褒めてくれたことが原因だったのだろう。しかし、やはり相手の正体は気になった。
「僕には、あなたの声は聞こえるけれど姿は見えない。あなたは幽霊なんですか?」
「いいえ、あなたと同じ生きた人間です。幽霊でも、妖怪でも、宇宙人でもありません。今、私たちは不思議な状況に置かれているので不審に思われるのは分かりますが、信じてください」
 女の言葉には嘘は無いような気がした。
 僕は質問を続けた。
「僕にはあなたの声しか聞こえないけど、あなたの方はどうなんですか?僕の顔とか部屋の様子とか見えるんですか?」
「私にはあなたの顔も部屋の様子も見えています」
「それはちょっと不公平ですね。今、あなたはどこにいるんですか?」
「え、あの、それは、同じ、同じ町内にあるアパートにいます」