部屋に戻ったのは午後の三時頃だった。
「ただいま」
「お帰りなさい。早かったのね」
 キッチンにいた真澄は読みかけの本に栞を挟むと僕の方に近寄ってきた。
「あら、結構な荷物みたいだけど、何を買ってきたの?」
 僕はデパートの紙袋から箱を取り出すとそれを真澄に手渡した。
「気に入ってもらえると良いんだけどな」
「何かしら?」
「開けてごらんよ」
 真澄は箱をテーブルに置いて腰かけると、丁寧に包装紙を取り去っていった。そして、箱を開けた瞬間、目を大きく見開いた。
「これって浴衣よね?」
「ああ、浴衣を着て花火大会に行きたかったって言っていたじゃないか」
 真澄が浴衣を見つめたまま何も言えないでいたので、僕は言葉をつないだ。
「実は僕の分の買って来たんだ。今日は、この部屋で花火大会をしようよ。夜店で焼きそばとか買ってきてさ」
 少し時間が経ってから真澄はようやく言葉を絞り出した。
「ありがとう」
 そう言った後、改めて浴衣を見つめた真澄の目からは涙がこぼれ始めていた。

 夕方、僕は卓袱台代わりになりそうなものを探した。冬物のセーター等が入っていたプラスチックのケースをとりあえずベランダに続くガラス戸の前に置いた。そして、その後ろに座布団を二つ並べてから真澄に声を掛けた。
「じゃあ、食べ物を買いに行ってくるけど、何か食べたいものは有る?」
「何でも良いわ。ああ、そうだ。私、イカ焼きが食べてみたいな」
 すっかり明るさを取り戻した真澄は興奮気味に返答した。
「うん、分かった。探してみるよ」