八月二十一日(金)

 夏休みも終わりに近づいた金曜日の夜、夕食の片付けをしている真澄に僕は声を掛けた。
「町内会の掲示板で見たんだけど、明日、近くの河原で花火大会があるんだね」
「うん、ベランダに続くガラス戸越しに花火がよく見えるのよ。このアパートの前の道も浴衣を着た人たちがたくさん通るの」
 部屋からでも花火が見えるというのは悪いことには思えなかったが、真澄の返事のし方は楽しげではなかった。にもかかわらず、僕は尋ねてしまった
「近くなら、真澄も河原まで見に行ったことがあるの?」
「ないわ、私ね、花火大会って行ったことがないの。田舎にはなかったし、東京に出てからはお金もなかったし、一緒に行く人もいなかったから」
「そうなんだ」
 僕は花火大会の話を持ち出したのを少し後悔した。しかし、真澄は話題を変えようとはせず花火大会の話を続けた。
「初めて東京に来た年の夏はね、ガラス戸越しに花火を見たの。奇麗だったわ。でも、次の年からはカーテンを引いて見ないようにしたの。イヤフォンで音楽を聴いて花火も音も聞かないようにしてね」
「どうしてそんなことしたの」
 僕はまた余計なことを言ってしまったと思ったが既に遅かった。