「いやあ、のむら荘にあったボードの真似をしただけだよ。お客さんが贈ったもので、それにはオジイとオバアの名前が入っているんだけどね」
「純さんがどんな顔してこれを作っていたのか見たかったな」
 真澄は今にも大声で笑い出しそうだった。
「インストラクターさんに見られてね。思い切り笑われたよ」
「そうでしょうね。私だって今、笑いをこらえるのに必死だもの」
 真澄はもう耐え切れないというように少し笑った。しかしなぜか急に真剣な表情に変わって僕に聞いてきた。
「ところで、その浜ってほとんど人が行かない所なんでしょう。もしかして、そのハートまだあるのかな?」
「まさか、波打ち際からそう遠くはなかったから波が消してしまったと思うよ」
「そうなんだ。それってちょっと寂しいね」
 真澄は少し遠くを見るような目をした。しばらく、そのまま黙っていたが、不意に何かを思いついたように口を開いた。
「あの、歌詞を書く上で、私も純さんにお願いがあるんだけど、いいかしら?」
「なんなりと」
 僕は言葉通り何でも応えるつもりだった。それどころか、僕はどんな要求をしてくるのかにかなり興味があった。
「少しイメージが湧いてきたんだけど。恥ずかしいって言うのと、ちょっとびっくりさせたいっていう理由があるのね」
「それで?」
 真澄の言うことは分からないでもなかった。しかし、それを理由に何をしてほしいかについては見当がつかなかった。
「私は純さんに歌詞の語数とイメージだけを伝えて曲を書いてもらいたいんだけど、無理かしら?」
「いや、できないことはないと思うよ。まあ、僕が真澄さんに無理を聞いてもらったんだから、真澄さんの依頼も受けさせてもらうよ」
 思ったほどに難しい依頼ではなかったので僕はすんなりと快諾した。
「ありがとう。じゃあ、歌詞ができあがったら教えるわね」
「ああ、期待して待っているよ」
「だめ、期待しないで」
「ああ、じゃあ、期待しないで待っているよ」
 そうは言ったものの僕は真澄がどんな歌詞を書いてくるのか気になって仕方がなかった。