真澄の目は再び今を、そして僕の顔を映した。
「それだけのこと。たったそれだけのことなのよ。たぶん、彼はそんなこと覚えていないと思うわ。私だけがそんな思い出を大切にしているなんて馬鹿みたいね」
「そんなことないよ」
 暗闇の中でたった一つだけ微かな光を放つ初恋の思い出。他人から見れば、取るに足らない出来事を大事そうに話す真澄を、僕は欠片も馬鹿だとは思えなくなっていた。
「ありがとう。やっぱり純さんは優しいわね」
 僕はその後の話を聞いても良いのか少し迷った。だが、やはり最後まで聞いてみたかった。
「それで、その後、二人の関係はどうなったの?」
 真澄は既に割り切ったというようにスラスラと答えた。
「別にどうもならないわよ。変化なし。三年も同じクラスで、やっぱり図書委員だったけど、同じ状態が卒業まで続いただけ。二人の関係には未来なんてないことはわかっていたけど、それでも私は彼と一緒にいられて嬉しかったな」
 やはり、その初恋が真澄にとっての唯一の故郷の美しい思い出のようだった。
「でもね、最後にちょっとだけ冒険をしたのよ」
 真澄は少し嬉しそうな顔をした。