「デートなんてしたことないわよ。今とは時代が違うのよ。その頃の田舎の中学校にはデートなんてしている人はいなかったわ」
「そうなんだ」
「それに、彼は名門の家柄で、私は悪名高き母親が生んだ私生児だから、登下校で一緒に歩くことさえなかったの。そんなことをしたら村中が大騒ぎになるのが目に見えていたから」
 少し前までの夢を見るような真澄の目は少し暗いものに変わっていた。
「なんだか辛い話だね」
「そうね、私たちは教室では全く話もしなかったのよ。私たちが話すのは当番の時だけだったの」
 身分の違う二人の図書室限定の恋。昭和の古い小説にはなっても、令和の時代の歌の歌詞には直結しない話だった。だが、それとは裏腹に真澄がどんな初恋をしていたのか、それに関する興味はむしろ深まっていた。
「なんか寂しい話だね。もしかして手をつないだこともないの」
「ないわ」
 真澄はきっぱりと言い切った。
 真澄の初恋にケチをつけるつもりはなかったが、歌のモチーフにするにはもう少しインパクトのあるイベントが必要な気がした。だから、僕は聞いてしまった。