「私、この曲、結構、好きだな」
 聴き終わると真澄が明るく笑った。
 その時、僕は初めて真澄の笑顔を見た。ずっと悲しそうな、そして申し訳なさそうな顔をしていた真澄が、この時、初めて笑った。その後、真澄はこう続けた。
「純さんにしてはなかなかの大冒険だね」
「まあ、真澄さんに言われなかったら、こんな曲は一生作らなかったかもしれないな」
 褒められたものの僕は恥ずかしさばかりが先に立った。真澄はそんな僕の様子が可笑しくてたまらないという顔で更に僕の歌を褒めた。
「でも、やっぱり、こういう歌もあった方がいいよ。もしかしたら、九曲の中で一番好きという人も出るかもしれないね」
「それはないと思うけどな」
 僕は極めて悲観的だったが真澄は妙に前向きだった。
「少なくても、宏君と早苗ちゃんにとっては一番のお気に入りになるんじゃないかな。いつか聴いてもらえると良いね」
「そうだね、もし二人がうまくいっていて、また会うことがあったら、その時は聴いてもらおうかな」
 そうは言ったものの、僕にはとても人前でこんな恥ずかしい歌が歌えるとは思わなかった。
「ところで、この歌のタイトルは?」
 真澄の問いに対する答えを僕は用意していなかった。
「ああ、考えてなかった。真澄さんはどんなタイトルが良いと思う?」
 真澄が決めてくれるとありがたいと思った。嬉しいことに真澄はすぐにアイデアを出してくれた。
「そうね。『ドラマ』という言葉が二度出てくるし、石垣でドラマチックな出会いをするわけだから『ドラマチック石垣』なんてどう?」
「ああ、いいね。それでいこう」
 肩の荷が下りたような気分になった。僕は立ち上がりキッチンに向かった。冷蔵庫から缶ビールを取り出すと一気に半分くらい飲み干した。旨かった。正に解放感に満ちた味だった。
 ふっと息をつくと、真澄の鼻歌が聞こえてきた。真澄は「ドラマチック石垣」の最後のフレーズをなぞっていた。振り向くと、真澄の顔はどこか嬉しそうだった。
 僕にとっては、「ドラマチック石垣」は九曲の中で最下位になりそうな気がしていた。しかし、初めて真澄と一緒に作った歌が、初めて真澄を笑顔にした。それだけで、もう十分、この歌を作ったことに意味はあると僕は思った。