プロローグ

 七月二十五日(土)

 確かにそこは幽霊の出そうなアパートだった。築四十年。トイレと風呂が付いているのが不思議なくらいだった。ドアを開けるとそこは小さなキッチンで、その向こうに畳敷きの寝室が一つあるという間取りだった。玄関から見ると正面に寝室からベランダに続くガラス戸があった。
 僕の部屋は二階の角部屋で、真下も隣も空き室だった。このご時世にこんなオンボロアパートに住みたいと思う人は少ないのだろうと容易に想像がついた。
 そんな場所に僕が住み始めたのは、急に引越しが決まり選択の余地がなかったからだ。両親が突然、家を売って父の実家に移住すると言い出して、僕は無理やり追い出されることになったのだ。
 僕が住むことになったそのアパートは駅からは遠かったが、大学へは歩いて十分だから通学には便利だった。大学三年になる来年の春には、もっとましなアパートを見つけて引っ越すこともできるだろう。だから、それまでの仮住まいだと思うことにした。
 夏休みに入って最初の土曜日、僕はそのアパートに引っ越してきた。荷物の片づけがあらかた終わると既に夜になっていた。