嵐の前の静けさとはこのことだろうか
いつもと違い城内が静かで、空がどんよりしており、雲一つも見当たらないほどだ

静かな城内に足音が響く

『姫様、お久しぶりでございます』

叔父だ 父からの呼び出し以来だ
私は叔父を快く思っていない

小さい頃から、私のことを品定めするような目つきで、今も作り笑いの表情を崩さない
その表情の裏に何が隠されているのだろう

『お久しぶりです、叔父様。何か私に用事でも?』

『最近、妙な噂を耳にしましてね 
 姫が隣国の王に楯突いてると』

そんな噂があるとは知らなかった
人の噂は当事者よりも、話しが大袈裟になるものだ

『それは誤解よ 私は王様に私達の婚姻を
 認めてもらおうと、足を運んでいるだけ』

『でしたら誤解を招く行いをしない方が
 よろしいかと
 悪足掻きは身を滅ぼしますよ』

『悪足掻きね、私は真剣よ
 真剣に彼と添い遂げたいと思っている』

反論するとは思わなかったのか。
叔父は蔑む瞳で私を見て、ため息をつく

『意志は固いのですか?』

『ええ、諦めることは自分自身を否定
 してしまうから』

そう言うと叔父は一度視線を下に向け
仕方ありませんね、と呟く

その瞬間、見知らぬ人達が行く手を阻むように
私の両腕を掴み、拘束された。

『何をするの!離してください』

『姫様、私の目的に貴女の行動は目に余る
 つまり、邪魔なのですよ

 貴女に恨みはないですが…
 あの王子に会えないように
 心も体も、切り刻んで差し上げましょう』

そのねっとりとした笑みに、体が震えて仕方がなかった

そして私は反論を許されないよう、口元に布を当てられた
その布に染み込んだ薬物を思いっきり、吸い込んでしまい、徐々に意識が遠のいた

遠のく前に、お母様の耳飾りがその場に落ちてしまった 

(大切なものなのに…ごめんなさい)

そして私の意識は遮断した

再び意識が戻ると、身体中の痛みで目が覚めた
薬のせいなのか、意識が朦朧とする

(ここ、どこなのかしら)

両手縛られ、拘束されている為身動きが取れず、辛うじて視界に入るのは見知らぬ場所という認識のみ

随分使われていない一室のようで、ところどころ埃が溜まっていて、天井にはいくつかの蜘蛛の巣があった

(何かをするには都合のいい場所ってところかしら)

身動きが取れない以上何もできない
助けてもらうにも、ここから抜け出さなくてはいけない

もどかしい状況にゆっくりと思考を働かせようとすると、扉の開く音がした

そこには叔父と、彼の父が現れた
驚きで体を少し動かすと、頭痛がした
先程吸ってしまった薬物の後遺症だろうか

そんな私にお構いなしに、王は私に向かい合う

『姫、ここの部屋は気に入りましたかな?』

第一声がそれか、と思いつつも、私は無意識に王を睨んだ
それが不愉快だったようで、王は私の体を蹴飛ばした
 
私は声を出せる元気もなく、ただ痛みに耐えるだけ、その様子がお気に召したようだ

『なんと生意気な目、見苦しい姿なのでしょうな
 やはり容姿が醜いとそうなってしまうの
 だろうか 嘆かわしい』

『王、この娘如何いたしましょう?』

やはり、王と叔父は共犯であったらしい
先程の目と違い、待っていたかのような期待に満ちた目だ

心の中で警鐘が鳴る 逃げろと

『王子と接触しない手段であれば
 お前の好きにすればいい
 私はここで見届けるとしよう』

それを合図とした途端、叔父は私の前に立ちはだかる 欲情した瞳を私に向けて

『姫、醜い私だけの姫 
 私は貴女をとても愛しているのですよ』

身動きが取れないことをいいことに、叔父は私に覆い被さる
抵抗すればするほど、両手を縛っている縄が肌に食い込み、血が滲んでいく

その姿が滑稽に見えたのか、叔父は歪んだ笑みを浮かべた

『ああ、とても美しい
 その痛みを耐える表情、全てがたまらない
 やっと貴女を私のものにできる!』

叔父はずっと機会を伺っていた
この醜い姫を痛ぶる機会を

叔父は昔から醜いものを痛ぶるのが好きだった
人だけではない、小動物 この世に生を受けるものすべてのものを

王族に産まれたものの、その歪んだ思考に王としての素質がないと判断された

叔父は父の兄だ だからこそ弟が王に
弟の下に自分がいることが許せなかった

それを境に事はどんどん進み、弟の下で支えることになった 
いつか見返してやるという思いを胸に

弟の即位後、隣国の姫君を妃として迎え入れた
嫁はとても美しい姫君であった
小柄な容姿であったが、国を支える為に申し分ない立ち振る舞いだった

数年後、懐妊し醜い子供を授かった

弟は醜い子供を産まれたことに対して受け入れることができず、愛することができなかった

そのせいで、姫の母親は責めたてられ、罵られ
精神的に病んで亡くなった

けれど最後まで愛を注ぐことをやめなかった

『どんな姿をしても、愛しい我が子なのです』

その死に顔がとても醜く美しかった
無様で笑えるくらいに

それを機に叔父は歪んでしまった
醜い姫を自分のものにできたなら
痛ぶる時美しく散るのだろう あの母のように

その光景を想像しただけでも、官能的になった
その為ならと、叔父は手段を選ばなかった
国の為と言いながら、自分の為として
隣国の王に自分の国を売った

計画は万全だ やっとこの手で醜く生きている哀れな娘を、美しく散らすことができると

そして今、その願いが叶うときが来たと
叔父は目の前の獲物を食う猛獣のようだ


姫は痛みと立ちはだかる恐怖に耐えるしか他ないなのだろうと思った

けれどそうしてしまえば、この二人の思う壺にはまってしまう

だから追い被さってくる叔父に反抗的な瞳で睨みつけた
すると叔父は私の首を絞めた

『ああ、やっぱりお前はあいつの子だ
 その目、俺を馬鹿にしているのか!
 いつも憐れむ目で俺をみやがって…』

気に障ったようで逆上してしまった
声を出すことも許されないくらい強い力でうめき声しか出すことが叶わなかった

『お前は母親似だと思っていたのに!
 最後だから真実を教えてやろう
 お前は両親に愛されてないと思っている
 だろうが、母親だけはお前を愛していた

 死ぬ間際でさえ自分よりも赤子のお前の
 姿を探す様だ!
 
 お前はどんな死に様を見せてくれる?』

その真実に私は涙を流した
母は愛してくれていたのだと

物心ついた時にはもう、母は亡くなっと知らされ、写真でしか見たことなかったから
きっと愛してくれなかったのだろうと思っていた

窮地になって真実を聞かされ、私は生きなければと思った 
母がくれた命をこんなところで散らしたくなかった

『私は…あなたの…思い…通りには…
 ならない…わ…』

酸素が奪われていく中で、私は自分の思いを
叔父にぶつける

何を思ったのか、叔父は私の首を離した
埃まみれの床に投げ出され、私は咳き込みながらも息を思いっきり吸った

呼吸が整う頃には、叔父は自分の震える手を見つめていた
母親とその娘の諦めない意思、瞳が重なるように叔父の脳裏に焼き付くように

叔父は焦点が合わないようで、血が頭に上っており、室内に叔父の叫びが響き渡る

『ああ、やはりお前は…!
 血縁というのは恐ろしい
 お前だけは、私が殺してやらないと
 気が済まない!』

もう一度私に覆い被さり、顔を覆っているヴェールを剥ぎ取った
ヴェールが床に落ちた瞬間、さらに詰め寄る

『お前…醜くないではないか!
 その容姿は一体…!』

ヴェールに隠された顔は爛れた顔、窪んだ両目の面影すらなかった
この国で一番美しいとも言われても申し分ない容姿、美しさを纏っていた

『ええ、醜い姫ですよ。叔父様の想像通りの』

笑みを浮かべ、ゆっくりと言葉を紡ぐ

『言ったでしょう?あなたの思い通りにはならないと
 今、貴方に殺されるつもりはないわ』

どんな状況だと、彼らの思い通りにはさせたくなかった

そんな時室内の扉が勢いよく開き、彼が現れた
埃まみれの一室に、私は両手を縛られ、叔父は私に覆い被さっている始末

そしてそれを傍観する彼の父
その現状に誰もが驚きを隠せない事であろう

醜い姫と言われても、彼女は王族の身
危害を及ぼし、誘拐とも言える現状に
罪は重くなる事であろう

彼の入室が合図と共に兵達が王を縄で縛り上げる  
抵抗しているが、王の身であっても許されない事であった

『父上、なんてことを!』

ここまで彼女の身に危害を加えるとは思わず、唇を噛み締める
だが、今は姫の安全確保が大事だ

彼が私の元へ駆け寄ろうとするが、一足遅かったようで叔父はそうはさせないと、私の喉元にナイフを当てがった

『動けばこの姫の命はない』

勝ち誇ったような目で叔父は高笑いした
彼は悔しがる様子も見せず、叔父をその目で貫き通していた

『その行為に責任は取れますか?』

皮膚越しに触れてるナイフが微かに揺れた
動揺しているのだろうか

『今ならまだやり直せるでしょう
 けれど貴方の無謀な行いのせいで
 私の大切な人は貴方にされたこと
 すべて体で覚えています

 加害者よりも被害者の方が
 深い闇に落ちていくのですよ
 それを貴方は、
 理解した上でのことですか?』

ゆっくりと話してはいるが、その声音は怒りに満ちている じわじわと相手を威圧しているようだ

叔父は喉をゴクリと鳴らし、怖気付いたように瞳は揺れていた

『責任が取れない、というなら
 今すぐ彼女を解放してください
さぁ、どうしますか?』

その言葉を合図に、叔父はゆっくりと私に突きつけていたナイフを離し、私を解放した

両手が縛られていて、方向感覚がわからなくなりながらも、無我夢中で彼の元へと走り出していた 大好きなあの人の元へ

彼は優しく私を抱きしめてくれたが
その体は震えていた 
いっぱい心配させてしまった事だろう

『姫…無事でよかったです
 怪我は…していませんか?』

『痛みはありますが、大丈夫です
 心配かけて、ごめんなさい』

私は彼がこの場に来てくれたことに、安堵し緊張が解けたようで、そのまま意識を手放した

彼女の手が縛られていた縄を解くと
うっすらと手首に縄が擦れた後があり、血が滲んでいた

どれだけ怖い思いをさせただろう 
一人で心細かっただろう
もう一度、彼女を抱きしめゆっくりと立ち上がり、兵に指示を出しその場を後にした

 
隠密にその場を処理したかったが、母が姫が誘拐されたことを耳にし、訪ねてきた

『王子、あの子は…大丈夫なの?』

『まだ目を覚まさなくて…なんとも言えません
 精神的、身体的苦痛が蓄積している
 可能性があるかもしれません』

母はベットで眠っている彼女の髪をゆっくり撫でた
彼の父にも連絡したが、見舞いにすら来なかった
こちらで看病することに対しても、好きにしていい、とそれだけだった

娘が誘拐され、傷つけられたのにそんな様子になんとも言えなかった

『母上、父のことは…』

『わかっていてよ、覚悟はできています
 貴方の決断に私は従いますわ、王子』

母は強い人だ 父には勿体無いくらいだが
彼にとっての母は誇らしくもあった

そして彼は事を勧める 大罪を冒した者達を
罰する準備を 
それを実行するには彼女の意思も必要だ
被害にあった彼女にその権利はある

今は目を覚まさない彼女のことが気がかりで
仕方がなかった