結果的には民を味方につけた私と彼
その現状に彼の父、王は焦っていた

王は、容姿と肩書き、それが全てだった
それがある限り、醜い姫を嫁に認めるわけにはいかなかった

妻を娶った時もそうであったように
そこには愛というものは一欠片もなかった
国の為だけの結婚だったから
だからこそ理解ができないのだ

愛というもの
王子と姫が体を張ってやっていることに

何度も追い返しても、日を改めて来ると言う
諦めることを知らない

そんな彼女に、妻は少しでも話を聞いたらどう、と助言してくるくらいだ

それが彼女の策略かもしれない
騙されたりはしない、絶対に

あのヴェールを剥いで、本性を見破ってやる

王は彼女を退ける為の駒を仕掛けることにした  
愛し合ってる二人を引き裂く為に

王は歪んだ笑みを浮かべた


彼の父から会食を誘われた
ずっと話も全て拒否され、追い返される日々だったのに 

彼が言うからには、王妃様がが王に話でも聞くべきなのでは、と進言してくれたらしい

少し不審に思いながらも、言葉を交わしてくれる気になってくれたのは喜ばしいことであった

彼と一緒にその場に行くと笑顔で私達を出迎えてくれた 
その笑みには何か企んでいるようで私は警戒心が強くなった

そんな不穏な空気の中、会食は進んでいった
食事は豪勢だった。
彼の国で、鮮度が高く、特に魚料理が豊富だった
コース料理とも思えるほど、テーブルに隙間がないくらい食事は並ばれていく

私は食事の手が進まなくて、この場にいるだけで胃もたれしそうだった

言葉を交わしながらも、上擦った声になってしまったり、ヴェールで多少は隠されているが、表情筋が引き攣ってないか心配もあった

そんな中、彼は私を気遣ってくれた

『姫、大丈夫ですか?』

『は、はい 大丈夫ですよ
 お気遣いありがとうございます
 お料理もとても美味しいですし…』

『それはよかった
 私の国の料理を好きになってくれたら
 もっと嬉しいです』

『とてもあたたかくて、美味しいです
 こんなにも、素晴らしい料理がある
 のですね』

小さい頃から、あの城で私が運ばれてくる料理は、硬いパンと味のしない冷たいスープだけだった

それしか食すことを許されなかったので、こんなにもあたたかくて、美味しい料理を頂ける事が嬉しくもあり、申し訳なかった

その私達の雰囲気に彼の母は良い印象持てたようで、優しい目で私を見てくれた

無事に会食が終わり、肩の力が抜けた時
彼の母からお茶に誘われた
私は断る理由もなく、受け入れた
やっと彼の母と話せると。

彼の母と話してみると、見た目とは違った印象が取れた
話が途切れることなく、相手を退屈させないことも配慮している
そして、優しくて笑顔が素敵な人だった
母とはこういうものなのだろうかと、
母と接したことのない彼女は知ることもなかった

『突然ごめんなさいね、けれど話して見たかったの 
 息子が選んだ女性と』

『いえ、お気になさらずに
 私も王妃様と言葉を交わしたかったです』

微笑みながら話すと、王妃は少し表情を崩し、私に寄り添うように手を取った

『…私はね貴女達の関係を認めているのよ
 他人行儀な言い方はよして
 できれば、母と呼んでいただける?』

『で、ですが…』

王妃の圧は凄くて、断るほどその圧は強くなった 
私は折れるしかなかった

『わ、わかりました お義母様…』

呼び名に嬉しく感じたのか、お義母様は嬉しそうに微笑んだ

『嬉しいわ、娘ができたみたいで
 息子の目は狂っていないわね
 こんな素敵で可愛らしい女性を連れて
 くるのですもの』

私を歓迎してくれる御母様に緊張しながらも、言葉を交わした

『私とあの人の間には、愛はなかったの
 いわゆる国の為の婚姻
 でも私は、あの人を愛した 今も昔も』

慈しむような瞳でお義母様は語る
そして王のことについても

『少し、昔話をしましょうか
 私達家族になるわ、だから
 私のこと、そしてあの人のこと
 貴女に知ってほしいの』

どういう意図があるのかわからない
けれど、その真剣な瞳に逆らえなかった
彼と同じ紫の瞳に
私は小さく頷くと、お義母様は微笑んだ


私は彼に一目惚れをして、この国に嫁いだ
政略結婚
国の為の結婚、そこに愛があるかないかの違い

私は彼のそばにいられる、支えられる
それだけを求め、後先考えずに嫁いだお転婆な娘だった

父は何度も言ったわ、そこに愛はないと
国の為に身も心も嫁ぐべきではない、幸せになれるのも運、もっと相応しい殿方はいると

けれど、私は選んだの
そこに愛はなくてもいいのだと

彼を他の娘達に渡したくなかった、という独占欲もあった
きっとお互い知るたびに、愛は深まっていく
私にも興味を示してくれるはず
けど、その希望はすぐに打ち砕かれたわ

結婚前夜、彼に身も心も捧げる儀式の際
彼は言ったの、冷酷な瞳で

『貴女に失望させると思う、けれど先に言っておく
 私は、貴女を愛すことはないだろう
 貴女を選んだ理由だって、容姿と肩書きだ。

 そしてこの儀式も、ただの国の為だとしか
 思えないのだ
 貴女のことだって、世継ぎを残すためだけの存在
 それしか、思えない』

きっと幸せな未来が待ってる、そんな真っ只中で
彼は冷淡に、何の感情もこもってない声音で言い放ち
私のすべてを奪った

悲しみと体の痛みが、私を襲った
涙が頬を伝う、なんの涙か考えることもできなかった
けれど、彼は私の涙を拭いながら『すまない』と
何度も言う 

謝るくらいなら承諾しないで欲しかった
私が彼に対する思いを知ってて、酷いことをする
酷い男、そう思うのにどうしてだろう
嫌いになれないのだ

どんなに泣いて、彼を責めても嫌いになれない
それが、女の恋心というものだろう
私は彼に心を捉えられてしまった一人、彼の元から去るという選択肢はなかった

たとえ私たちの間に愛はなくても、私だけが彼を愛していればそれでいい、それ以外は望まない
だって、私は彼に誰にも取られたくない。
けれど、少しでも愛をくれたらと期待せずにはいられなかった
その思いで、嫁いだのだから

そんな失望した中で、結婚生活が日々過ぎていった
1年経った頃、子を授かり、元気な子が産まれた
皆が思ったことだろう、男か、女か

王族たるもの、跡取りは重要なこと
性別だけで左右される
産まれたその瞬間から、子は自らの人生を決められる
それはとても悲しいこと

授かったこと、産まれたことでさえ奇跡なのに
それが当然のように思う彼
命懸けで産んだ自分の頑張りを否定された気分になった

この人にとって私は、ただ跡取りを産むだけの母胎に
過ぎなかったのだろう

それこそが、彼の企みだったのだ
幸いな事に、私は男児を産んだ
男児を産めなかった場合、側室があてがわれる事に
なっていたらしい
やっぱり彼にとって私は、ただの駒の一人に過ぎない
国のためといい、自分の為に計画していたのだ

息子が産まれた後も、英才教育が酷かった
まだ甘えたい年頃に、政治、礼儀作法、国の動かし方など様々なことを叩き込んだ

私は見ていられず、息子を守りたい一心で、彼から遠ざけるように仕向けた
けれど、息子はそれを望まなかった

『どうして?あんな休む時間もないほど、勉強を
 強いられて私は見ていられないわ!』

『これは私のために必要なことなのです
 父からは国をすべるものにとって大切なことを
 母からは、たくさんの愛をもらっています

 だから、これが私に課せられたものであり
 自分のものにしなくてはいけないのです』

どうしてそう考えられるのか、けれどやり遂げられる確信が息子にはあったのだ
その眼に、揺るぎない信念が灯っていた
こんなにも決意が固まっていて、やり遂げようとする息子を否定することはできなかった

『貴方の思いはわかりました
 けれど、本当に辛かったら言うのよ?』

『その時は、母上にうんと甘やかしてもらいます
 いいですか?』

恥じらないながらも、息子は私の胸に飛び込んできた
そんな可愛らしい一面に、微笑ましくなった

ああ、私はこんな愛しい子を産み、その子に愛されているのね
それだけでいいと思ってしまった
彼と愛のない間に産まれた子
城の皆が私を可哀想な瞳で見つめてきた
彼はそれを気遣うことはなかった

けれど、唯一の肉親、腹を痛めて産んだ子が
それをわかってくれた
こんなに嬉しいことはなかった
彼の愛は受けられなかったけど、愛しい息子に愛をくれた

この子は私に愛をくれるために、産まれてきた
そう思わずにはいられなかった

それからも息子は、すくすくと大きくなっていって
立派な国を支える後継者に成長していった
息子は隣国に行ってから、一人の女の子の話をした

彼女は容姿のせいで、心を痛めてしまっている
何かすることはできることはないか、と

きっとその時には、息子は彼女に恋をしていたのだろう
だから応援したかったし、彼女にあったら抱きしめてあげたい、そう思った

きっと彼女は心の中では、誰かの温もりを求めているはずだから

話を聞き終わり、私はどう言うべきか分からなかった
政略結婚は色んな形があると言うけれど
王は、国の為とは言え、彼の母にとても酷いことを

お義母様は微笑むだけで、もう吹っ切れた様子だ
きっと彼の存在があったから、そう思えることができたのだろう

お義母様は内緒話をするよう、小声で警告をする

『あの人は、容姿と肩書きが全て
 いわゆる書類上、というべきかしら
 情も浮かばない、
 
 その為ならあの人は何をするか
 わからないわ
 だから十分に気をつけて』

きっとお義母様自身も何が起こるのかも分からないのだろう
用心に越したことはない、お義母様の気遣いに嬉しく
感じつつも複雑な気持ちになった

小さく頷き、御母様は小さな耳飾りを私の前に差し出す

『これは…?』

『私がこの国に嫁いだ時に身につけていたものよ 
 けれど今の貴女には必要かと
 私からの贈り物よ』

その耳飾りは、真ん中に埋め込まれている小さなルビーが印象的で、揺れるたびに小さく煌めく

『そんな、頂けません!こんな貴重なもの』

『貰って こんなに綺麗なのだから
 少しは着飾らないと、ね?』

お義母様は私の耳に、耳飾りをつけてくれた
贈り物はこんなに嬉しくなるものだと、実感した

『私、そんな綺麗では…』

呪いが解けたとはいえ、まだ容姿に自信はなかった

『自信を持ちなさい
 女の子はいつだって、綺麗になれるのよ
 ほんの少しの勇気があれば、いつだって』

やはり親子だ 素敵な言葉を私に紡いでくれる
そんな御母様の気持ち、思いを断る事ができず私は受け取った

『私に、そんな勇気があるとは‥思えないです』

『あら、気弱な子ね
 そんな貴女におまじないをかけてあげましょう』

悪戯っぽく微笑み、お義母様は私を抱きしめた
突然のことに驚いて、体が強張ってしまった
そんなことは気にせず、お義母様は私の背中を優しく撫でる
まるで、子供をあやすような仕草で

『大丈夫よ、貴女はやればできる子だもの
 こんなに素敵な子を陥れる人は私と息子が
 許さないわ』

冗談のような言い草に私は、微笑んだ
その抱擁がまるで、本当の母と娘のようだったから

お義母様の耳飾りはとても綺麗で身につける事が勿体ないと感じてしまった

けれどお義母様の言葉を思い出して、それを身につけた

彼は耳飾りをつけた私を見て、褒めてくれた

『綺麗な耳飾りですね、とても
 似合ってます』

『王妃様…お義母様貰ったものなの』

『母に? ずいぶん親しくなったのですね
私も負けていられません』

母に対抗心を見せる彼がとても可愛らしくて
少し笑ってしまった

その瞬間を見逃さない彼は、私の手を取り

『もっと笑ってください
 貴女の笑顔はとても素敵です
 私でさえ魅了されてしまうものですから』

そんなことはない、と言うつもりだったが
先程のお義母様の言葉を思い出して、頷いた

自信は今もないけれど、彼の言葉を否定はしたくない 堂々と胸を張れる自分でいたいと思った

『ですが先にやられてしまいましたね
 私も貴女に贈り物をしようと思って
 いましたのに…』

悔しそうに言う彼 彼の面白い一面を見れてまた私は笑った

『張り合うことなどないと思いますが…』

『いいえ、これだけは譲れなかったです
 でも、今となってはどうしようもないですね

 後日挽回といきましょう
 楽しみにしていてくださいね』

輝いた瞳で言われ、私はそんな彼の一面を可愛い、と
思いつつ、微笑ましくもあった

『私は王子にたくさんのものを貰ってますよ』

そして彼の唇に自分の人差し指を触れる

『貴方は私にたくさんの言葉をくれた
 その言葉の一つ一つに言霊が宿って
 私を何度も支えてくれました

 あの時の私にとっては素敵な贈り物です』

そして、このヴェールと手袋にとっても
少しほつれてしまっている箇所も所々あるが、
自分で補修して大切に使っている

それは紛れもない本心、あの頃の私にとっての唯一の心の居どころだったもの

彼の言葉を思い出す度に、心が温かくなって
前を向いていられた日々

あの頃の私は、彼に対する感情を
『慕っている』と思っていた

気づかないうちに、『愛している』に変わっていたのに

小さい頃、世話係が言ってたことを思い出した
非難の言葉を浴び続け、心を閉ざしていた時
あの時の世話係だけは私の味方でいてくれた

泣いている私に、彼女だけは私を優しく慰め、愛を注いでくれた
私はそれを素直に受け取れなかった

それをわかっていても、彼女は私を愛し続けた

『姫様、いつかきっと貴女のことを理解して
 くれる、支えてくれる方が訪れますよ』

『そんなことない…だって皆、私のこと!』

『私は信じております その時姫様は
 知るでしょう 人の素晴らしさを』

『今の私にはわからないわ』  

否定し続けても、彼女は優しい瞳で私を慰めるように、言葉を紡ぐ

『大丈夫ですよ
 その時にはもう貴女の心はその人を
 受け入れ、愛しているのですから』

きっと彼女は気休めで言ったんじゃない
もうその時には、私と彼は出会ってたから

私の中で彼に対する思いが芽生えていたのを
知っていたのかもしれない

その時、彼女は言っていた

『姫様、恋はするものではなくて
 落ちているものなのですよ』

(今、わかったわ 彼女の言葉の意味が)


彼は私の言葉を聞き、頬を赤く染めた
そんな表情は、とても可愛らしくて母性がくすぐられるようだった

『私は…思ったことを言ったまでです
 けれど、それで姫が喜んでくれるなら
 たくさんの言葉をいっぱい贈りましょう』

私の手の甲にキスを落とす
まるで、物語に出てくるワンシーンのようだ

この人と添い遂げたい
私たちの道は最初から困難続きだったが
彼がいてくれる限り、前に進んでいける

誰かが隣で支えてくれるって、こんな気持ちになるのね

あたたかくて、嬉しくて、くすぐったい気持ち
けど、自分に自信が持てる、勇気をもらっているよう

彼は私の左手の薬指にキスをして
『絶対に、この指に指輪を贈りますからね
貴女に似合う美しい指輪を』

お互い微笑み、それが合図のように
彼と口づけを交わした
このあたたかさ、愛しさを手放したくない
失いたくない