そして私と彼は両家に婚約の許可をいただく為、挨拶しにいった

これが私達の最初の試練だったのかもしれない

彼の両親は私を認めることはなかった
私に対して蔑んだ瞳で見てきて、いい気持ちではなかった

私達が婚約しようとしてることは、噂として民の耳にも届いてしまったようで、批判の声が上がった

化け物と婚約したいだなんて、考えられない
あれは化け物なんかではない、魔女だ
王子はあの化け物に騙されている

予期していた事が起こってしまった
私のことは何を言われてもいいのに、彼のことを言われてしまうと無性に腹が立ったのもあったが、悔しかった

そんな日々を送る中、私はふと思い出した
私をかけられた呪いのことを

呪いが解ければ認めてくれるんじゃないかと
けれど、それには姫という立場を捨てなくてはいけない

姫として王子と共に生きるか
呪いが解けて…一人の民として生きるか

今まで選択した事がなかった
時の流れに身を任せて、頷いて事が終わるのを全て待っていた

けどそれではいけないと思った
私は姫であると共に、一人の人間だ

この選択で何かが変わってしまうのはわかる
けれど、変わらなくてはいけない
そう思った

行動を移したかった私は、王子に呪いについて話した

彼は驚きながらも真剣に話を聞いてくれた
話す内に不安になってきた

彼は何故私を伴侶として選んだのかと
もしあの言葉通りに選択して呪いが解けたとしたら…
彼とはもう会えなくなってしまうのだろうか

全てを聞き終えて彼は微笑んだ

『私は、姫が呪いに良かったと思います』

『何故…ですか?』

『皆、貴女の容姿だけを見て突き放します
 けれど私は貴女の全てを見て、心が
 動かされたのです 惹かれたのです

 そして教えてもらいました
 人は見た目がすべてじゃないと』

ああ、彼の言葉は魔法の様だ
不安だったすべてのものが、彼の言葉によって救われた

私は嬉しくて涙を流した
ほんの一粒の涙さえ、彼は慈しむように指先で拭ってくれた

『私達は今、困難な道を辿ろうとしています
 けれどこれを乗り越えてこそ、希望の光が
 見えてきます

 そして私にとって希望の光は
 姫、貴女なのですよ』

彼は私を優しく抱きしめ、背中をさする
赤子をあやす様に、ゆっくりと

『貴女にとって容姿は気になると思います
 呪いが解けたら皆認めるでしょう

 けどそれでは駄目だと思うのです
 見た目だけで私の伴侶を認められても
 私は嬉しくありませんから』

ああ、やっぱり彼を選んで良かった
姫の立場を剥奪したとしても、彼は同じことを言うだろう

彼に話してよかった、とそう思う
だって私の選んだ道も同じだがら

呪いと共に生きる、私は選択した

『私も同じ気持ちです
 認められたい気持ちもあるのですが
 それだけではないです

 私が貴方の隣にいたいのです
 これだけは何があっても譲れません』

最初彼に告白された日、私は一度思った
こんな私が彼の隣にいていい筈がないと

けれど他の女性が彼の隣にいることを想像してしまうと、嫌な気持ちになった

欲張りになってしまったと思った
けれど今思うとそれは、嫉妬と呼べるものだったのかも

『だからあなたの隣にいる為に
 私はこの呪いと共に生きます』

これは紛れもない本心、貴方と生涯共にする為の障壁を壊すための
私の新たな第一歩だ

私が決心がついた瞬間、辺りが輝きを増した
目を開けていられなくなり、目を瞑る

再び目を開けると視界が変わり、真っ白な空間に動揺する

傍には彼と私、そして声を発する暇もなく
神々しい女性が突如現れ微笑みかける

その女性には見覚えがあった
夢の中に出てきたあの女性
あの夢と女性の姿が重なった、私に呪いをかけた人だ

『突然こんな形でごめんなさいね
 けれど私にはこの方法でしか会うことを
 許されていないから』

女性は優しく微笑み、ゆっくりと歩み寄る
そして私を優しく抱きしめた

その抱擁は彼とは違った
その暖かな温もりに全てを委ねてしまいたいようで、とても心地よかった

『やっぱり貴女を選んでよかった
 期待外れしない選択をしてくれたわ』

『貴女は一体…何者なのですか?』

女性は私から体を離し、向き合う姿勢になる

『私は女神、貴女に醜い呪いをかけたもの』

女神は優しく微笑み、私の髪を撫でた
すると私の体が輝き、光に包まれた

眩い光がやむと私は容姿が変わっていた
艶のある髪、凛とした瞳
痩せ細った体も、しっかりと女性らしい体つきへと変化していた

その光景に彼は驚きもせず、彼女を見つめていた 
寂しさと嬉しさが混じった表情で

彼女は自分の容姿を変わったことに気づき
気持ちが追いつかず、混乱した

ずっと欲しかったもの、望んでいたことだったのに
一瞬で叶ってしまった  

そして何故、女神は私に呪いをかけ
今呪いを解いたのか、わからなかった

どろどろと感情が、心が黒く塗りつぶされていくようだった

そんな彼女の気持ちを察してか、彼は彼女を後ろから抱きしめた

『姫、自分を見失わないで
 大丈夫です、落ち着いて』

その温もりに少しずつ心が落ち着いてきた
彼の腕に自分の手を添える

それは痩せ細った腕ではなかった
肉つきの良い女性らしい手
震えながらも女神に問う

『貴女は、何故私にこの呪いをかけたのですか
 どうして今になって…呪いを?』

『貴女の…人間の選択を見たかった
 醜い皮を被った人間がどういう選択し、
 どう生きるかを』

女神は淡々と思いを話す

『人間は見た目を気にする生き物
 人間は何かに天秤をかけられると
 自分にとって有利な方を選ぶ 
 
 いつの時代も…そう思っていた』

そして私と彼を交互に見て、慈しむように見る
その笑顔は女神としてではなく、一人の女性としての笑顔に見えた

『貴女を呪ったのも、それが理由
 あの言葉通りに、すると思ったから
 人間だったら…誰でもよかった』

"その身に受けた呪いを取り除きたければ
 姫という立場を捨てるがよい"

女神は私がその言葉通りにすると
思っていたのかも知れない

『私も、人間たちを見下していたのかもしれない…
 貴女の行動を見てそう気付かされたわ  

 そして貴女にとっては許されない事を
 したのも…本当にごめんなさい』

女神の思いを聞き、私はどう答えていいのか分からなかった
女神は『人間』という存在に必要以上に固執していた

だからこそ聞いて見たかった
女神から見て人間はどんな存在かを

『…人間は嫌いですか?』

『ええ、嫌いよ 人を簡単に裏切り
 自分の欲に正直で、その欲のせいで
 犠牲なっている人もいると知らずに…』

今まで隣で聞いていた彼は言葉を紡ぐ

『それが人間の、美しさかも知れません』

女神はその発言に疑問を隠せない表情で彼を見つめる
彼もその威圧感に圧倒されずに、会話を続ける

『誰もが完璧な人はいません
 間違い、過ちを犯すでしょう
 それを正し、前を進むからこそ
 人は輝き続ける

 人間だからできることだと思います』

その言葉に女神は圧倒されてしまったように
ゆっくりと涙を流した
その流れる涙はとても美しかった

女神という存在だからかも知れない
けれどこの光景を見れば、皆そう思うだろう

『貴方は素敵な人ね
 人間でいるには勿体ないくらい
 貴方は何故そんなに前向きでいられるの
 かしら?』

『愛しい人がいるからです』

その言葉に胸が高鳴った
彼を見ると、優しい瞳で私を見つめた

呪いが解けたおかげで視力も少しよくなった
彼はいつもこんな表情で私を見ていたのね、
嬉しくて泣きそうだった

『愛しい人がいるからこそ、諦めない気持ち 
 が生まれ、頑張ろうと思うのです』

彼は思ったことを言っただけかも知れない
けれどその思いが、とても嬉しく感じた

女神はゆっくりと瞼を閉じた 瞑想をしてるようにも思えた

二人は女神の言葉を待つ
とても長い沈黙と呼べるかわからない
今いる場所は時の流れはないかもしれないから

『私達は、人間という存在に干渉しようとも
 思わなかった
 見守ることが最善だと…
 それが私達の過ちかも知れないわね』

そして女神は、私達に微笑んだ
何かを決心したようだ

『あなた達の言葉、思いを聞いて
 私も考えを改めようと思います
 
 人間の寿命は儚い…けどその儚さが
 美しいのかもしれないわね』

そしてその場から去ろうとする女神に
彼女が引き止める

一言声をかけなくてはいけない、そんな衝動に駆られた

『待って…女神…様はこれからどうする
 のですか?』

女神は小さく微笑んだ

『他の女神達に教えてあげようと思うの
 人の愚かさ、でも美しさもあるってこと

 あなた達のような素晴らしい人もいる
 だから、遊び半分で人間を呪っては
 いけないってこともね』

その言葉に嘘はなかった
女神という存在だけではなく、それ以上に彼女を引き立てる何かがあるのだろう

『きっと、女神様なら大丈夫です
 私、信じてます』

女神は小さく頷いた瞬間、空間が歪んだ
その感覚に私と彼は違和感を覚えたが
繋いだ手を離すことはなかった

違和感がなくなり、目を開けると見慣れた部屋で、先程彼と話をしていた一室だった

時計を見るがそれほど時間は経ってはいなかった 神様にとっては自由自在なのだろう

ほっと息をつき、目の前にある鏡を見ると
容姿が変わった自分が映っていた

まだヴェール越しであるが、これを取ってしまえばきっと、誰もが認める姫君に見えるだろう

自分で願っていたことだが、容姿変わっただけで認められたくないので、彼女はある提案をした

『王子、私あることをしたいのです
 受け入れてくれますか?』

『貴女のためなら、どんな事でも
 受け入れましょう
 けれど、その前に
 貴女に触れてもいいですか?』

彼の触れる、という意味はきっと
ヴェール越しではなく、肌に直接触れてもいい
ということなのだろう

私はゆっくり頷くと、彼はヴェールを上げ、私の頬に触れる

まるで二人だけで結婚式を挙げてるようだ

『女神様は酷いことをしてくれましたね
 こんな美しい姫を元の姿に戻すなんて
 他の人にも姫の美しさが知れ渡ってしまう』

『王子は私の呪いに…気づいてたのですか?
 容姿についても…』

彼はゆっくりと横に振った
そして自信なさげに口にした

『いいえ、けど私の目にはいつも貴女は
 美しく映っていたのです
 信じられないかも知れないですけど』

『いいえ、信じます
 他でもない貴方が言うのですから』

頬越しに彼の手に触れる
いつか触れて見たいと思っていたぬくもり
それがヴェール越しではなく、直に触れていて
愛しさが込み上げてくる

私の行動に彼は緊張した様子で、ゆっくりと言葉を紡いだ

『姫、もっと欲張ってもいいですか?
 口づけを…しても?』

顔を赤らめながら、小さく頷く
彼はゆっくりと、顔を近づけてくる
唇が触れた瞬間、時が止まったように感じた

愛しい人の口付けはこんなにも胸が高鳴るものだと 
ただ唇が触れてるだけなのに、彼の優しさが唇越しに感じるみたいに

唇が離れると彼は顔を赤らめながら、瞳を見つめ合った

『やっぱり姫はとても美しいです』