数日、彼女は彼に告げられたことを考えた
世間一般で言うと告白、求婚とも言われるらしい

自分に求婚をする殿方がいるとは思いもしなかったし、その相手が彼と思うとまた
胸が締め付けられる様に苦しくなった

でも嫌な気はしない
そんな自分の感情に不安定、というのがしっくりきた

彼のことは慕っている 信頼できる相手だ
けれど生涯を共にする伴侶、となると話は別になってくる

こんな醜い私と共にしたいなんて、彼はよくても周りの目は蔑んだ目で見てくるだろう

そして皆して口にするだろう
王子の目は腐ってしまった、
醜い姫に洗脳された、化け物に脅されている

周りは受け入れたくなくて、誰かのせいにしなくては、気が済まない  
私もかつてはそうだった

両親に愛されなくて、苦しくて神様のせいにした
けれどそうしたって、この容姿がどうにもならない 
だから諦めて受け入れた
皆から浴びる非難の声も、すべて

それが最善だと思った けれど私の心の闇は
ゆっくりと負の感情を芽生えさせた
耐えなくては、そう思えば思うほどに

そんな絶望した中で私は彼と出会った
父の商談相手の息子として

世間体もあったのか、父はこれから関わる商談相手だから失礼のない挨拶を、と言われ私は従った

醜い姫とはいえ、礼儀作法や勉学は学ばせてもらえた
王族の姫が作法がなってないと言われる事を恐れたのか
でもそれだけは嬉しかった

勉学を学んでいる時は、嫌な事を考えなくて済むから

私の姿を見て蔑んだ瞳で見る彼の父は、とても予想通りだった
けど、どんな言葉をかければいいのか相槌で誤魔化していた

けど、彼は違った
私の姿を見て、微笑みかけてくれていた
驚愕して言葉も出なかった
どうして私に微笑みかけるの?

嘲笑いの笑みとも違う、慈しむような微笑み
それが私にとって初めての印象

挨拶も済んだので席を外し、私は部屋へと帰る
けど、彼が私を呼び止めた

『姫、お待ちください』

人に呼び止められるのは初めてだった
なぜ呼び止められた理由はわからない、先ほどの場で言えなかったことでもあるのだろうか

内心焦っていて、俯いてしまった
王族としてこの態度は失礼だ
けれど、怖くて仕方がなかった
全身が強張り、緊張のあまり指先から温度の感覚がなくなっていくようだった

『姫、怖がらないで。大丈夫です。
 貴女とお話がしたいだけです』

『お、お話…?わ、私はないです!』

『私にはあるのです、貴女と会うのを心待ちにして
 いたのです
 父の付き添いは、貴女に会うための口実ですから』

そう言って笑う彼に、疑問しか浮かばなかった
姫の心情とはお構いなしに、彼は姫の手を取る

『こんなに冷えてしまって…すみません
 お茶でも飲んで落ち着きませんか?』

自分の手と、彼の手。
比較してみるとますます、悲しくなってしまう
老婆のような、乾燥した肌触りの痩せぎすな手が
目の前にあったから

彼に促されるまま、私は彼とお茶をしている
彼の行動についていけず、喉が渇いていたのは確かだった

一口を飲んでほっとするが、紅茶の水面に自分の醜い顔が浮かび、きゅっと目を瞑った
次第に、指先も震えてきた

『あなたも、私のこと滑稽に見えてるのでしょう?』

『なんのことですか?』

『とぼけないで!お話ししたいだけなんて嘘!
 私の姿を面白おかしく見て、二人きりになったところ
 で蔑むのが狙いでしょう?』

何度もそういう目にあってきたから、周りに人がいると褒め称えて、二人きりになったところで罵詈雑言を言い放つ

皆同じ事を考えてる
醜い姫、中身も醜く歪んでいるに違いない
この国の姫であることが、恥で仕方がない

だから、目の前にいる人もそう
皆、私を、哀れな瞳で見てくる

『…もう、放っておいて』

窪んだ瞳から涙がこぼれ落ちた
その涙は、ティーカップに落ちて波紋が広がった
それでも、そこに映る姿が醜いまま

『私は、姫を醜いとは思いませんよ』

初めて言われた言葉、けれど心に何も響かない








そんな時、彼は言ったのだ
『非難の声を耳にするのは致し方ないことでしょう 
 けれどその言葉を鵜呑みにするのは間違えています

 貴女は貴女なのですから 他人の言葉に
 耳を貸してはいけません』

その言葉に救われた気がした
私はここにいていいんだと
心が折れかけた私に光をくれた彼

私はそんな彼のことを…
わからない、この続きの言葉が…
でてこない
 
『私は容姿だけではなく、感情や言葉さえも
 欠落しているのかしら』

その日の夜、夢を見た とても不思議な夢
光を纏った素敵な女性が、産まれたばかりの赤ん坊を抱いていた

赤ん坊は泣きもせずに、女性に抱かれてすやすやと眠っている

『可愛い子、貴女に酷な事をする私を
 許してね』

女性が赤ん坊の頬に触れた瞬間、赤ん坊は醜い姿へと変わっていった
その光景に悟ってしまった あの赤ん坊は自分だと

『きっと貴女を心の底から愛してくれる人が
 見つかるはずだから…』

そこで夢は終わった
目が覚めても夢の内容は忘れていなかった
私は産まれた時に、呪いをかけられたのだ

あの声と夢の内容と繋がった
何故あの女性は私に呪いをかけたのだろう

何か恨みを買ったのだろうか 
わかっていることは今、ひとつだけ

『姫という立場を捨てれば、呪いは解ける』
ただそれだけだった