涙が流れる感覚と、誰かが私を呼ぶ声を聞き
私は瞼を開けた

最初に訪れた感覚は小さな痛み
けれど、次の瞬間優しく手を繋がれた

目覚めたばかりで朧げだが、その手の温かさで誰なのかわかった

『姫、目が覚めたんですね
 よかった…ほんとによかった』

彼は少し涙を浮かべていた
とても心配させてしまったらしい

ゆっくり身を起こそうとすると、彼が背を支えながら起こしてくれた

『ありがとうございます
 心配、かけてしまいましたね』

『いいんですよ、貴女が目覚めてくれた
 それだけで私は十分です』

彼なりの優しさに私はとても嬉しかった

そして私は医者から簡単な検査を受けた
首元には小さな青あざ、手首には身じろぎした時に縄で擦れた後で怪我を負ってしまった

医者からは安静にしてれば治るとのこと
私はあの日から2日ほど眠っていたらしい

目を覚ましたと聞き、お義母様はすぐに駆けつけてくれて、私の姿を見た途端泣いて喜んでくれた
きっと、たくさん心配してくれたのだろう

お義母様の耳飾りを失くしてしまったことを謝ると
そんなものいいのよ、貴女が無事でよかった、と
私も嬉しくて、もらい泣きしてしまった

耳飾りを落としたことによって、私の捜索が早く進んだらしい

目撃者もいて、彼らに気づかないように尾行したら
案の定、眠った姫が運ばれることを目にした

さらに、二人が事を進むように、唆した者もいたらしい
その人物については何も言われなかったが、きっと私を憎いんでいる人に違いない、そう思った

王子は、唆した人物を知り、さらに嫌悪感を拭えなかった
人物に対しての証拠は揃っていた為、行動に移した
その人物は、彼の幼馴染だ

突然の訪問に、彼女は疑いもなく受け入れた
その瞳は、期待に満ちていた
まだ、自分の思い通りになると、希望を捨ててはいないのだろう

『急な訪問、受け入れてくれて感謝いたします』

『嫌ですわ、遠慮なんていらないです
 私と、貴方の中じゃありませんこと』

『そうですか、では本題に入りましょう
 貴女が、姫を抹殺しようと我が父に進言されましたね
 さらに、姫に対しての嘘の証言を言い放って』

その話に、彼女は顔が徐々に青白くなっていき
作り笑いの笑顔もなくなり、視線も彷徨っている
いかにも、動揺を隠せないようだった

『な、何を言っているのか
 分かりませんわ
 私があの、醜い姫を抹殺?あり得ませんわ!
 言いがかりはよして』

『証拠はありますよ、王と文のやり取りをしていた
 みたいですね
 私との婚姻の為の賄賂等、貴女には軽蔑の目でしか
 見えないですね』

冷めた瞳で、声音で、言い放つ
彼女は、体を震わせるだけ
すなわち、肯定のようなものだ

『貴方がいけないのですよ、私の婚姻を断って!
 私が貴方を好いていたのご存知でしょう?
 それなのに何故!?』

彼女は開き直って、不満を言い放った

『将来の伴侶は貴女じゃないと、
 何処まで頭がお花畑なのですか!?
 国の為の結婚、それが一番お互いに利益をもたらす

 なのに、貴方は醜い姫を欲した
 私には考えられません!理解できない!
 
 私が貴方を一番知っている、理解しています
 あんな姫を消せれば、きっと貴方は目が覚める
 そう思っていたのに…!』

ああ、彼女はどこまで自分勝手なのだろう
自分の思い通りになると疑わず、幼馴染という関係だから好きになるのは当然、婚姻もそうだろうと

そんな下心丸見えな彼女を、選ぶわけないのに
私はあの子がいいのだ
純粋で、怖気付くが、心の強さは人一倍あって
私が守りたい、幸せにしてあげたいと
そう思った

『言ったはずですよ、私は貴女を選ぶことはありません
 この先も、生まれ変わっても』

そして兵に任せ、彼女を捕らえた
幼馴染とはいえ、許されない犯行をした

彼女は、まだ諦めきれなくて連行されながら
どうして!と泣き喚いていた

きっと彼女は反省することなどないだろう
生まれ変わってもまた、何度も繰り返すことだろう
これは、天罰が下ったのだ

姫が眠ってる間、目を覚めてからも
いろんなことが起きていたらしい

彼の父と叔父は共犯者として捕らえられており、今は牢屋に入れられているらしい

私の父は、一度伯父と話をする為に訪れた
その時に私の見舞いに来ることはなかったらしい

あの事件は私は衝撃的だった
今でも思い出すだけで体が震えかける

叔父がそんな目で私を見ていたと
今まで殺す機会を伺っていた
その事実が怖かった

きっと彼と出会うことがなければ、私はあのまま殺されていたのかもしれない
叔父の思い通りのままに

彼が私を変えてくれた
だから私は自分の意思でここに立っていられる、前に進める

そんな些細なことが私にとっては大事な一歩でもあった

だから私は、もう一度前に進もうと思う
夢の中であった母の言葉を信じ、父に向き合うことに

私にとって父は関わってはいけない、そう思っていた

父も私と関わることはせず、お互い干渉し合わなかった 
それがいけなかったのかも、親子として向き合うべきだったのかも

だから、父に聞きたい 本当の思いを 
少し怖いけど大丈夫、母の思いが勇気をくれたから

父は断ることもなく、私に会ってくれた
けれど父は私に目をくれず、視線は私をとらえてくれなかった

『お父様、ご迷惑をおかけしました』

父は私の言葉を発した途端、その瞳に私をとらえ驚きを隠せない様子であった

この容姿の私と接するのは初めてだ
今はヴェールも手袋も、身を覆うことない姿
本当の私を父に晒している
見違えるほどの我が子に、どういう反応をするのだろう

『…やはり、お前は私とあいつの子だな』

懐かしむような瞳でこちらを見て、小さく微笑んだ
父はゆっくりと立ち上がり、私の頭のてっぺんから足の爪先まで、じっくりと観察するように見た

こんなに見られるのは初めてで、どうすればいいのかわからなかった

父は壊れ物を扱うように、恐る恐る私の頭を撫でた
優しく、不慣れた仕草に安心した
初めて、父の温もりに触れた瞬間だった
こんなに父の手は大きかったのだと

そしてずっと聞きたかったことを問う

『…お父様は、醜い私でも愛していましたか?
 私を娘と、思ってくれていましたか?』

申し訳なさそうに、父は本音をゆっくり溢した

『…お前が産まれた時、現実を受け入れずに
 否定した 俺の子ではないと

 受け入れらなくて、考えなくてすむように 
 仕事に没頭した
 その結果大切な、最愛の妻に先立たれ
 間違えてしまったと、そう思った』

父は悔しそうに、言葉をゆっくりと紡ぐ
当時のやるせなさが心に響くようだ

『成長していくお前を見て
 あいつが最後まで守ろうとした
 かけがえのないものを今度こそ守ろうと

 その為に、お前に干渉せず酷い扱いをした
 
 王として、父としていや
 人として最低なことをした』

唇をかみしめて、過去を懺悔しているようだ
そしてを意を決したように

『わかってくれとは言わない
 けど、お前を守る為にしたことだ

 あいつとは違うやり方で、
 お前を愛し、守りたかったんだ』

父の思いを聞いて、胸の中に渦巻いていたもやが取れたようだ

父のこれまでの態度は、干渉すればするほど私が危険にあうと思ってしたことで
私は愛されていた 見捨てられていなかった

母の言っていたことがわかった
父は言葉足らずで、けどその不器用な優しさがとても嬉しくて言葉にできなかった

『…ちゃんと、言葉にして欲しかったです
 私…ずっと愛されてないと…思って…
 お父様にとって、私は…いらない子…だと…』

『すまなかった、酷いことをした
 これからちゃんと、言葉にするから

 今からでも、遅くはないか?
 お前と、父と娘の関係を築くことを
 許してくれるか?』

一番欲しかったもの、憧れていたもの

父と母に囲まれて、親子としてのぬくもりを感じたかった 
きっとあったかいものなんだろうなと、子供ながらに想像していた

城の窓から見える親子風景を見ると
羨ましかった

父と母に抱かれながら、子供は無邪気に笑っている 
 
私は嬉しくて、涙を流しながら笑った

『はい、お父様…
 私もお父様と、娘と父の関係築きたいです』

流した涙の光景はぼやけてみえなかったが、
父は私を優しく抱きしめてくれた

すまなかった、と何度も謝りながら
その時私は思った

親子というものは、あたたくて嬉しくて
時には涙もあるけれど、笑い合え、支え合う関係なのだと

それは親子の絆と呼べる関係なのかも知れない

 
見えるものだけが全てじゃない
見えないものにも、愛というものがあるのだと、私はこの時知った

しばらく父と話をした。父と娘の会話を 

話をしてるうちに私は叔父のことを聞いてみた 父の兄の話を

『お父様は、叔父様のことをどう思って
 いらっしゃいますか?兄なのでしょう?』

気まずそうに、父は私から視線を逸らした
あの事件について、気を遣ってくれているのかもしれない

『あの事件のことなら、大丈夫です
 だから、話してください』

まだ完全に吹っ切れてはいないが、叔父のことを知らなくてはいけない、そう思った

父は恐る恐る言葉を口にした
その話は決していい話ではないと物語るように

『私の兄は…とても歪んでいた人だった
 虐げられている人を見ながら微笑み
 家族以外を見下していた 家畜のように

 そして美しい侍女が城にやってくると
 …事に及んだ

 その事に私の父は兄を後継者に選ばず
 私に全てを一任した』

当時を振り返るように、父は遠い目をしていた

『兄はその事に腹を立てた
 あの頃からきっと、私を憎んでいたの
 だろう

 そして国を売った 王族として
 恥ずべき事だ
 あの人は兄ではなく、犯罪者だ

 お前にも危害を加えた
 父として、許せないのだ』

歯を食いしばる父を見て、こんなに怒ってくれるのだと
不謹慎であるが、嬉しく感じた

『叔父様とは、お話をしたのですか?』

『…ああ、兄は全て受け入れると
 自分が犯した罪を全て

 きっとお前の愛した人の言葉が
 心に響いたのだろうな
 そして気付かされたと、過ちに気付いたと
 そう言っていた』

愛した人の言葉、それは彼しかいなかった
あの時、彼は言葉だけで叔父を圧倒していた

そんな彼の強さに、私も惹かれたのだ
自然に笑みを浮かべていて、父もつられたように微笑んでいた

『微笑んだ顔が、妻に似ている』

『お母様に?』

『ああ、とても笑顔が素敵な人だった
 どんな困難な時も笑顔を絶やさなくて
 最後の時も微笑むようにして逝った』

懐かしむように父はゆっくりと亡き母を語った
最愛の妻を亡くして、父はどれだけ悔しかったのだろう

その悔しさがあってこそ、私に結びついて
見守りながらの愛を注いでくれた

『お母様はきっと見守ってくれていますよ
 きっと』

『…そうだな』

あの夢の出来事は私とお母様の秘密
お空の上ではお母様に見守られ、地上はお父様に愛されている

私は幸せ者だ

『お前は、王子と結婚するのだろう?』

急に婚姻の話を振られ、私はゆっくりと頷く

『近々挨拶に行くと、伝えておいてくれ
少し早いかもしれないが…
 幸せになりなさい』

思いを言葉にしてくれたことが嬉しくて 
私は舞い上がったように、父に抱きついた

父は頬を少し赤らめていたが、悪い気はしないようで、その手はとても優しくてあたたかった

言葉って本当に素敵なもの