涙が流れる感覚と、誰かが私を呼ぶ声を聞き
私は瞼を開けた

最初に訪れた感覚は小さな痛み
けれど、次の瞬間優しく手を繋がれた

目覚めたばかりで朧げだが、その手の温かさで誰なのかわかった

『姫、目が覚めたんですね
 よかった…ほんとによかった』

彼は少し涙を浮かべていた
とても心配させてしまったらしい

ゆっくり身を起こそうとすると、彼が背を支えながら起こしてくれた

『ありがとうございます
 心配、かけてしまいましたね』

『いいんですよ、貴女が目覚めてくれた
 それだけで私は十分です』

彼なりの優しさに私はとても嬉しかった

そして私は医者から簡単な検査を受けた
首元には小さな青あざ、手首には身じろぎした時に縄で擦れた後で怪我を負ってしまった

医者からは安静にしてれば治るとのこと
私はあの日から2日ほど眠っていたらしい

その間にいろんなことが起きていたらしい

彼の父と叔父は共犯者として捕らえられており、今は牢屋に入れられているらしい

私の父は、一度伯父と話をする為に訪れた
その時に私の見舞いに来ることはなかったらしい

あの事件は私は衝撃的だった
今でも思い出すだけで体が震えかける

叔父がそんな目で私を見ていたと
今まで殺す機会を伺っていた
その事実が怖かった

きっと彼と出会うことがなければ、私はあのまま殺されていたのかもしれない
叔父の思い通りのままに

彼が私を変えてくれた
だから私は自分の意思でここに立っていられる、前に進める

そんな些細なことが私にとっては大事な一歩でもあった

だから私は、もう一度前に進もうと思う
夢の中であった母の言葉を信じ、父に向き合うことに

私にとって父は関わってはいけない、そう思っていた

父も私と関わることはせず、お互い干渉し合わなかった 
それがいけなかったのかも、親子として向き合うべきだったのかも

だから、父に聞きたい 本当の思いを 
少し怖いけど大丈夫、母の思いが勇気をくれたから

父は断ることもなく、私に会ってくれた
けれど父は私に目をくれず、視線は私をとらえてくれなかった

『お父様、ご迷惑をおかけしました』

父は私の言葉を発した途端、その瞳に私をとらえ驚きを隠せない様子であった

この容姿の私と接するのは初めてだ
見違えるほどの我が子に、どういう反応をするのだろう

『…やはり、お前は私とあいつの子だな』

懐かしむような瞳でこちらを見て、小さく微笑んだ
父はゆっくりと立ち上がり、私の頭のてっぺんから足の爪先まで、じっくりと観察するように見た

こんなに見られるのは初めてで、どうすればいいのかわからなかった

父は壊れ物を扱うように、恐る恐る私の頭を撫でた
優しく、不慣れた仕草に安心した
そしてずっと聞きたかったことを問う

『…お父様は、醜い私でも愛していましたか?
 私を娘と、思ってくれていましたか?』

『…お前が産まれた時、現実を受け入れずに
 否定した 俺の子ではないと

 受け入れらなくて、考えなくてすむように 
 仕事に没頭した
 その結果大切な、最愛の妻に先立たれ
 間違えてしまったと、そう思った』

父は悔しそうに、言葉をゆっくりと紡ぐ
当時のやるせなさが心に響くようだ

『成長していくお前を見て
 あいつが最後まで守ろうとした
 かけがえのないものを今度こそ守ろうと

 その為に、お前に干渉せず酷い扱いをした
 
 王として、父としていや
 人として最低なことをした』

唇をかみしめて、過去を懺悔しているようだ
そしてを意を決したように

『わかってくれとは言わない
 けど、お前を守る為にしたことだ

 あいつとは違うやり方で、
 お前を愛し、守りたかったんだ』

父の思いを聞いて、胸の中に渦巻いていたもやが取れたようだ

父のこれまでの態度は、干渉すればするほど私が危険にあうと思ってしたことで
私は愛されていた 見捨てられていなかった

母の言っていたことがわかった
父は言葉足らずで、けどその不器用な優しさがとても嬉しくて言葉にできなかった

『…ちゃんと、言葉にして欲しかったです
 私…ずっと愛されてないと…思って…』

『すまなかった、酷いことをした
 これからちゃんと、言葉にするから

 今からでも、遅くはないか?
 お前と親子との関係を築くことを
 許してくれるか?』

一番欲しかったもの、憧れていたもの

父と母に囲まれて、親子としてのぬくもりを感じたかった 
きっとあったかいものなんだろうなと、子供ながらに想像していた

城の窓から見える親子風景を見ると
羨ましかった

父と母に抱かれながら、子供は無邪気に笑っている  

私は嬉しくて、涙を流しながら笑った

『はい、お父様…
 私もお父様と親子の関係築きたいです』

流した涙の光景はぼやけてみえなかったが、
父は私を優しく抱きしめてくれた

すまなかった、と何度も謝りながら
その時私は思った

親子というものは、あたたくて嬉しくて
時には涙もあるけれど、笑い合え、支え合う関係なのだと

それは親子の絆と呼べる関係なのかも知れない

 
見えるものだけが全てじゃない
見えないものにも、愛というものがあるのだと、私はこの時知った

しばらく父と話をした。父と娘の会話を 

話をしてるうちに私は叔父のことを聞いてみた 父の兄の話を

『お父様は、叔父様のことをどう思って
 いらっしゃいますか?兄なのでしょう?』

気まずそうに、父は私から視線を逸らした
あの事件について、気を遣ってくれているのかもしれない

『あの事件のことなら、大丈夫です
 だから、話してください』

父は恐る恐る言葉を口にした
その話は決していい話ではないと物語るように


『私の兄は…とても歪んでいた人だった
 虐げられている人を見ながら微笑み
 家族以外を見下していた 家畜のように

 そして美しい侍女が城にやってくると
 …事に及んだ

 その事に私の父は兄を後継者に選ばず
 私に全てを一任した』

当時を振り返るように、父は遠い目をしていた

『兄はその事に腹を立てた
 あの頃からきっと、私を憎んでいたの
 だろう

 そして国を売った 王族として
 恥ずべき事だ
 あの人は兄ではなく、犯罪者だ

 お前にも危害を加えた
 父として、許せないのだ』

『叔父様とは、お話をしたのですか?』

『…ああ、兄は全て受け入れると
 自分が犯した罪を全て

 きっとお前の愛した人の言葉が
 心に響いたのだろうな
 そして気付かされたと、過ちに気付いたと
 そう言っていた』

愛した人の言葉、それは彼しかいなかった
あの時、彼は言葉だけで叔父を圧倒していた

そんな彼の強さに、私も惹かれたのだ
自然に笑みを浮かべていて、父もつられたように微笑んでいた

『微笑んだ顔が、妻に似ている』

『お母様に?』

『ああ、とても笑顔が素敵な人だった
 どんな困難な時も笑顔を絶やさなくて
 最後の時も微笑むようにして逝った』

懐かしむように父はゆっくりと亡き母を語った
最愛の妻を亡くして、父はどれだけ悔しかったのだろう

その悔しさがあってこそ、私に結びついて
見守りながらの愛を注いでくれた

『お母様はきっと見守ってくれていますよ
 きっと』

『…そうだな』

あの夢の出来事は私とお母様の秘密
お空の上ではお母様に見守られ、地上はお父様に愛されている

私は幸せ者だ

『お前は、王子と結婚するのだろう?』

急に婚姻の話を振られ、私はゆっくりと頷く

『近々挨拶に行くと、伝えておいてくれ
少し早いかもしれないが…
 幸せになりなさい』

思いを言葉にしてくれたことが嬉しくて 
私は舞い上がったように、父に抱きついた

父は頬を少し赤らめていたが、悪い気はしないようで、その手はとても優しくてあたたかった

言葉って本当に素敵なもの