彼女は夢を見た とても素敵な夢だった
父と母が自分を愛してくれる夢
 
その光景を見ていると、羨ましい思いと悲しい思いが溢れた

こんな素敵な幸せな家族団欒とした家庭であったら
きっとあり得たかもしれない
けれどそれは叶う事はない

私が産まれたことにより、歪んでしまったから
女神かけた呪いで、醜く産まれた姫

母はどう思ったのだろう
悲しかったのだろうか、嬉しかったのか

どんな思いで、亡くなっていったのだろうか

母のことを知ることさえできなかった私は
疑問しか生まれない

けれど一番の願いは母に会いたい、それだけだった  
夢の中でだったら、少し願望を吐いてもいいかもしれない

そう思った姫は願いを口にした

『お母様に…会いたい 
 会っていろんな思いを…聞きたい』

決して叶うことのない願い 
その願いは神様に届くのだろうか

届かなかったとしてもいい
ただその願いを口にすることだけは許して欲しい

その願いを聞き届けたのかのように
小さな花吹雪が起こり、目を開けていられなくて、目を瞑った

そして花吹雪が止んだ頃、目を開けると
綺麗な女性がいた

その女性は、姫と瓜二つの様な容姿だった
少し後ずさると、女性は私に歩み寄ってきた

ゆっくりと輪郭を確かめる様に頬を撫で、女性は優しく微笑みながら涙を流した

『こんなに大きくなって…
 愛しい子、会いたかったわ』

その声に聞き覚えがあった
誰と言われてもわからないけれど、自分に向かって
我が子と言う女性はきっと

『お母様…なのですか?』

女性は頷いた そして私の頬にキスを落とす
突然のことに驚きながらも、母は慈しむように口づけを落とすので、私はされるがままであった

落ち着いた頃、母はゆっくりと語った

『私はずっと貴女を見守っていたわ
 苦しくて、悲しかったでしょう
 ごめんなさいね、不甲斐ない母で』

私は首を横に振る その様子に母は微笑み
優しいのね、と小さく零した

『見守っている中で、女神様が私の願いを
 叶えてくださったのよ
時間は少ないけれど、貴女に伝えたくて』

女神様、私に呪いをかけた女神だろうか
呪いをかけることもできれば、願いを叶えることもできるのだろう

母が叶えたかった願いとは、何だったのだろうか
気づけば思いが言葉になっていた

『お母様の願いとは、何ですか?』

『貴女のこれからの幸せを掴む為に
 貴女に会って、話をさせてほしいと』

母は亡くなっても、私を見守り続け幸せをずっと願っていたのだろう

娘の為にこれほどに思っていてくれる母はいないと、そう思った

『私も…ずっと思っていました
 お母様に会いたい、会ってお話ししたいと
 どんな人だったのか、知りたかったです』

『私のことね、大した話ではないのよ
 けど、今の貴女にはとても大事なこと
 なのかもしれないわね』

そして母は語り出した
私が産まれて母が亡くなるまでのことを

母と父は国の為の政略結婚であった
けれど、お互いに支え合い、慈しみ、愛し合っていた

後に子供を身籠った時は、嬉しくてどんな子が産まれてくるか、二人で楽しみしていた

けれど産まれた子を見た途端、父は顔面蒼白だったそうだ
『呪われた子が産まれてしまった』と

そんな赤子を抱き、母は父に懇願したそうだ
どんな姿でも我が子には変わりない、と
それを聞いても父は否定しかしなかった

世間の目を気にし過ぎて、我が子を見ることすらしなかったのだ

母はそんな私を胸に抱きながら、毎夜泣いたそうだ

『ごめんね、不甲斐ない私で…
 こんな姿で産んでしまってごめんね

 どんな姿をしても私の子よ
 貴女を愛させてちょうだいね』

何度も自分に言い聞かせるように、赤子に語りかけた
自分だけはこの子を守らなくては
愛したいと思った

けれどそれは長く続かなかった
彼の兄や親戚達が圧をかけてきたのだ

醜い子を愛してどうする、捨てた方がこの子と国の為になる、また身籠ればいいと

誰もが自分の子を否定し、唯一の味方だと思っていた夫にも見放され、母の心はもう限界だった

けれど子供を愛に注ぐごとだけは、やめなかった
どんな状況だとしても、ずっと赤子を抱き、命が果てる瞬間まで子供にぬくもりを、言葉を、子守唄を聞かせ続けていた

子供より先に命が散ってしまうことが、とても悔しかった この子の成長を見届けたい
そんなささやかな願いすら叶わない

たとえこのまま命果てても、見守る事はできるだろう

『どうか、貴女に幸福があらんことを
 そしてあの人が私の分までこの子を
 愛してくれますように』

その願いは叶う事はないかもしれない
けれど祈る事は自由だから 
母は自分の命が尽き果てるその瞬間まで祈ることをやめなかった  

『欲を言えば、最後に…あの人と…
 この子の顔を見て…朽ち果てたかった…』

そして瞼を閉じた
最後の瞬間は、幸せなそうな笑みを浮かべて
苦しんだ死に顔は見せたくなかったから

生を全うした、そんな表情で逝きたかったから

母の話を聞き、私は涙した
ずっと母に愛されないでいたと、きっと恨みながら逝ってしまったに違いないと

けど、違ったのだ
母だけは私の味方でいてくれて、私を愛してくれた
それが嬉しくて、私は母に抱きついた
抱きつきながら、子供のように泣いた

母はそんな私に、慰めるように髪を撫でてくれた 
その温もりだけでも涙腺が崩壊していく

これは悲しい涙じゃない、嬉しい涙だから余計に心に響くのだ

思いっきり泣いた後、母は一瞬ためらかったように見えたが、ゆっくりと口にする

『貴女は、お父さんのことどう思ってる?』

お父様、ずっと視界に入らないようにしてきた
それが最善だと思った
私と話す時も目線を合わせることもなかったから

『…わからないです
 ずっと関わるのを遮断されて、知ろうとも
 しなかったから…』

『あの人はきっと、貴女と関わるのを
 怖がっているだけ』

『お父様が…?そんなわけないです
 だって好きにすればいいって
 言うだけで…』

俯きながら否定すると、母が首を横に振った

『あの人は臆病なの 口では娘じゃないって
 言ってる割に、心と体は理解してるのよ
 
 そして貴女に関わりたいと思っている
 顔によく出るのよ、あの人』

懐かしむようた小さく微笑む母

『言葉も足りないのよ
 私に対してもそう、だから余計に
 あの人は後悔してると思うの
 貴女にしてきたことを、悔やんで
 自分を責めてる』

そんな母の言い分に理解できなかった
けど父のことを知らない私にとって、否定することはできない

父のことを愛している母だから、理解できることなのかもしれない
 
『お父様は…私と向き合ってくれますかね』

自信なさげに言うと、母は笑顔で頷いた

『貴女がほんの少し勇気を出せばきっと
 あの人も答えてくれるはず
 
 いままであの人がしてきたこと
 許せとは言わないわ
 けれど、あの人は貴女のことを娘として
 見てること、それだけはわかってほしい』

小さく頷くと、母は寂しそうに微笑み

『もう時間みたいね』

すると母の姿がどんどん透けていった
手を伸ばすが、先ほどまで触れ合った感覚がなくなるように、すり抜けていく

虚しさと焦りが私の中で燻るようだ

『嫌です、せっかく会えたのに
 さよなら、したくないです!』

『愛しい子、別れは必ずあるものよ
 それが私と貴女には早すぎただけ

 私はいつでも貴女を見守っている
 それを忘れないでね』

涙目になりながらも、頷く
そして最後に母は、優しく私を抱きしめ
耳元で囁いた

私の本当の名前を

『さぁ、貴女を待っている人がいるわ
 夢から覚める時間よ

 愛してるわ、ずっと』

『お母様、大好きです
 私絶対にお母様のこと、忘れません!』

母は透けていてわずかに見える程度になってしまったが、その表情は笑顔で美しかった

それが母と最初で最後の思い出だった