まずは駅前のバーガーショップで腹ごしらえをして、俺たちは街中をぶらつき始めた。
 服を見て、CDショップで互いの推しアーティストについて語り合って、楽器屋で機材や楽譜を見て。
 久しぶりにめちゃくちゃ楽しくて、あっという間に時間が過ぎて行った。

 日が暮れて、また腹が減ってきた俺たちは夕飯も兼ねてカラオケに入ることにした。
 気兼ねなしに好きな曲を歌いまくって、大盛ポテトに唐揚げポテチとカロリーなんて気にせず好きなものを頼みまくった。

「やっべ、超楽しいんだけど! ポテトうっま!」
「そりゃ良かったな」

 俺が超ご機嫌なのに向かいのソファに座った笙真はいつも通り冷静で、こいつが俺のことを好きなんてやっぱり信じられなかった。

「よく考えたらさ、お前とこうして外で遊ぶの久しぶりだよな」
「高校入ってから、お前は女と出かけてばっかだったからな」
「そ、そうだっけか?」

 笙真の言い方になんとなく険を覚えて、俺は苦笑する。

(そうか……だからか)

 女の子と遊びにいくときは当然のように女の子の行きたいとこ優先で、カラオケも女の子に受けの良さそうな無難な曲ばかり選んでいるから。
 だから今日はこんなに楽しいのかとひとり納得する。

「お前はさ、気になる女の子とかいねーの?」

 コーラで喉を潤しながら、考えなしに出てしまった台詞だった。
 笙真が苦虫を噛み潰したような顔をして、そこで俺は自分の失言に気付く。

「あ、いや、お前とそういう話したことねーなと思ってさ」
「俺は、」

 笙真は俺から視線を外した。

「小学生の頃からずっと、同じ奴にしか興味ねーから」
「それって……」

 薄暗い部屋の中なのにその横顔が赤くなっていることに気付いてしまって、釣られてこちらの顔まで熱くなっていく。

(……え、嘘だろ。こいつ、ガキの頃からずっと俺のこと……?)

 ヤバイ。
 それはちょっと……いや、かなり、嬉しいかもしれない。
 その感情に自分でも驚く。

 ――でも、ということは。
 こいつは俺のことが好きなのに、ずっと女の子と遊びまくってる俺を近くで見ていたってことで。

(それって、辛くないか……?)

「ホントは、言う気なんてなかったんだ」
「え?」

 視線を外したまま、溜息交じりに笙真が続ける。

「お前が女の子が好きなのはよーく知ってるし、友達として、幼馴染として、これまで通り、これからもずっと、近くに居れたらいいと、そう思ってた」

 途切れ途切れに紡がれるその告白は、周りの部屋から響いてくる他人の歌声に掻き消えてしまいそうなほどに小さくて。
 俺は聞き逃さないようにじっと笙真を見つめていた。

「でも、お前がはじめて本気になってるのを見たら、ダメになった」
「ダメ?」
「フラれたお前を見て、心底ほっとしてる自分に気付いちまった」

 自嘲するように笙真が口端を上げる。

「サイテーだろ? ……でも、お前も悪いんだからな」
「は? なんで俺が」

 いきなり俺のせいみたいに言われて意味が分からない。
 すると、笙真が顔を上げこちらを見た。

「お前が、楽しそうでいいなんて、笑ったりするから」

 ――お前と付き合ったら楽しそうでいいな。
 確かにそう言った覚えはあるけれど。

「あれは、……お前が、慰めてくれてんのかと思って」
「あのとき、気持ち悪ィって拒絶されてたら諦めがついたんだ」
「気持ち悪ィなんて思うわけねーだろ!」

 思わず出ていた大きな声に、笙真が驚いたように目を丸くした。

「お前は俺の大切な幼馴染で、めちゃくちゃイイ奴で、だから気持ち悪いなんて……っ」

 そのとき笙真が向かいのソファから立ち上がってぎくりとする。
 そのままテーブルを回って俺のすぐ隣に腰を下ろした笙真は、真剣な顔で告げた。

「キスしていいか」
「!? お、おうっ」

 不覚にも、声がひっくり返ってしまった。
 そんなことにはお構いなしに笙真の顔が近づいてきて、ぎゅっと目を瞑る。
 キスなんて中学の頃にはとっくに経験済みなのに、こんなにも緊張を覚えるのは初めてだった。
 軽く触れたそれがちゅっと小さな音を立てて離れて、ほっとしたときだった。

「んむっ!?」

 今度は噛みつくように唇を塞がれて、同時にがっしりと後頭部を抑えつけられる。
 文句を言おうと開けた口の中にぬるりと生温かい舌が入ってきてカッコ悪く身体がビクついてしまった。

(ディープかよ!)

 目を開ければ笙真の伏せられた長いまつ毛がすぐ目の前にあって、急に全身が熱くなった。
 笙真の舌が俺の口の中を好き勝手むさぼるように動いて、だんだんと変な気持ちになっていく。
 女の子とだって、こんなにしつこくて激しいキスはしたことがない。
 いい加減息も上がってきて、さすがにこれ以上はヤバイ気がして笙真の身体を押しやろうとした、そのとき。

「うあっ!」

 あらぬ場所に感触を覚えて、口から高い声が漏れてしまった。
 視線を落とせば、笙真の手が俺のその場所に触れていて。

「勃ってるな」

 カーっと顔が沸騰するんじゃないかってくらい熱くなっていく。
 そんな俺に、笙真は嬉しそうに言いやがった。

「気持ちよかったか?」
「――だっ、誰かに見られたらどうすんだ監視カメラついてんだぞバカヤローー!!」
「ぅぐっ」

 あまりの恥ずかしさに、俺は笙真の鳩尾に拳を叩き込んで逃げるようにその部屋を飛び出した。

(なに笙真のキスで勃ってんだ俺ぇええええーーーー!?)