「ふぁ~~」
翌朝、通学路をひとり歩きながら俺は大欠伸をした。
直後ぶるっと震えが走る。秋も終盤、そろそろマフラーが欲しいかもしれない。
それにしても朝日が眩しい。
結局、昨日は変に頭がさえてしまってほとんど眠れなかった。
(全部あいつのせいだ)
「おはよう」
「ひょっ!?」
背後から降ってきた低い声に驚いて妙な声が出てしまった。
振り向けばいつもと変わらない眠たそうな両目がこちらを見下ろしていて、途端、昨日のことが一気に蘇った。
間近に迫ったその顔と、そして――。
「お、おう」
ぱっと前方に向き直りながら、なんとか挨拶を返す。
すると笙真はいつものように俺の隣に並んで一緒に歩き出した。
「……」
「……」
少しの沈黙が続いて、ちらりと横目で見上げれば普段と何も変わらない横顔があって。
(やっぱ、昨日のアレは冗談だったのか?)
そう思えてくる。
その首にはすでに温かそうなマフラーが巻かれていて、そういえばこいつ寒がりだったなと思い出していると。
「今日、」
「へ!?」
急にこちらを振り向いた笙真とばっちり目が合ってしまった。
「小テスト、だりぃな」
「小テスト……?」
なんのことかとパチパチと目を瞬いていると、笙真は眉を寄せた。
「英表の。今日だったろ」
「ああーー! ヤッベ、すっかり忘れてた!」
思わず悲鳴を上げていた。
そうだ、英語表現の小テスト。確か、赤点取った奴は週末課題がっつり出すからなとか言われてたやつだ。
昨日色々あり過ぎたせいで完っ璧に忘れていた。
俺が青くなっていると、笙真はふぅと呆れたような溜め息を吐いた。
「課題、手伝わねーからな」
そんな冷たい物言いに、誰のせいだと文句を言いそうになるのをぐっと堪えて校門をくぐったときだ。
「あ」
笙真が短く声を上げた。
「あ?」
その視線を辿って、俺はゆっくりと目を大きくしていく。
校舎へと向かう生徒の中に、彼女がいた。そしてその隣には本命くんの姿。
幸せそうに笑い合うふたりを見て、昨日あの後どうなったのか窺い知ることが出来た。
「……」
本当は、彼女のあの笑顔を俺のものにしたかった。
でも俺ではきっと、あんなふうには笑わせてあげられなかったんだろう。
まだ少し心はざわつくけれど、その笑顔を見ていたらこちらまで自然と笑顔になっていた。
「なんつーか、めでたしめでたしって感じだな」
あちらの物語はヒロインとヒーローがくっついて見事ハッピーエンド。
でも当て馬くんであるこっちは……。
「あ~、俺も早くいい子見つけてハッピーエンド迎えて~」
いつもの調子でぼやいた、そのときだった。
ガっと強い力で腕を掴まれびっくりする。
「な、なんだよ」
そう睨み上げてぎくりとする。
笙真が、なぜかキレていた。
あまり感情を表に出さない奴だから、ハタから見たら分かり難いかもしれないが、長年友人やってる俺にはわかった。
「いきなり浮気宣言か?」
「は?」
「今、お前の恋人は俺だろう」
「え……ちょっ」
掴まれた腕をぐいと引かれ、笙真は昇降口とは全然違う方へと進んでいく。
コイツは見た目ひょろっとしているが小学生の頃から空手を習っていて結構力がある。見た目も中身もひょろい俺は躓きそうになりながらもついて行くことしかできない。
(それより、なんだって? 恋人?)
混乱している間に、ひとけのない校舎裏に連れて行かれた俺はドンっと校舎の壁に背中を打ち付けた。
「いってぇ……」
何すんだとその顔を睨み上げた途端、強引に顎を持ち上げられてまた唇が重なる。
「――っ!?」
昨日は突然過ぎて動けなかったけれど。
「っ、やめろ!」
渾身の力でもって友人の身体を突き飛ばした。
口元をぐいと拭って、数歩後ろによろけた笙真に向かって怒鳴る。
「お前、昨日から何なんだよ! 冗談にしちゃ笑えねーよ!」
「……冗談じゃねぇし」
「は?」
「冗談で、こんなこと出来るかよ」
そう言った笙真の顔を見て、俺は目を見開く。
ふいと顔を背け、笙真はそのまま足早に立ち去ってしまった。
ひとり残された俺はまた呆然と立ち尽くす。
一瞬見せた友人の顔が頭から離れない。
酷く傷ついたような、今にも泣いてしまいそうな顔。
――冗談じゃない、ってことは。
「本気ってことかよ……」