田島くんが俺の手に手を重ねる。

しっとり、汗が皮膚を濡らしていた。花火大会の時の手汗。多分あれは田島くんのだったんだろうな。あの試合のあとも手汗がすごかったもん。

「お前手汗やばぁ」

「それは田島くんだよ」
「え、まじ?花火大会のときも、小学生のときも手汗ヤバいなって思ってたんやけど」
「その言葉。そっくりそのまま返すよ」

田島はシェイクハンズのつもりだろう。
試合が終わるたびにやって、ユニフォーム交換して。

俺とお前の試合は終わらせてなんかやらない。

あの時、委員を決めた時、俺は握手を無視してしまった事を思い出した。
彼はずっと俺を見ていてくれたんだ。
でも、ズルいから、サッカーの事は言わないで、ずっと俺を遠くから観察してたんだ。

「うわっ!?」

思いっきりその手を引っ張って、姿勢を崩す。

そして、俺の胴体で田島を受け止めた。
さっき、お姫様抱っこを軽々とやられたのに対しての仕返しのつもりだった。
確かに筋肉質の田島くんの体はずっしり重たい。
その皮膚の下には赤い筋肉がみっちりと詰まっているのだろう。ずっとサッカーのためだけに作られた、努力の形だった。



「ははっ、バーカ。油断してやんの」

「びっくりした。あー、もー、なんやねん。ハグしたかったらちゃんと言えや。してやるのに」

耳元で呆れるような、嬉しそうな声が聞こえた。

「俺は女の子に言ったことないから言えません。言わせることもありません。目を見たら分かります」

「モテる自慢止めろや!」

「うるさっ!」

耳元でいつもの大声を出されると鼓膜が裂ける。

再生不能になったらどうしてくれる。壊れたようにお前のその声だけがずっとリピートするようになったらどうしてくれる。田島くんは明日からいない人間なのに。
どうして田島くんの声は、こんなにも俺の胸の深くまで届くんだろう。

教室の西側からずっと聞こえていた声は、

『そんなもんかよ』の幼い、声変わりにしてない声に全く似ていないのに、どこか同じ成分を感じ取っていたから。
俺はずっと耳に入れ続けていたのかもしれない。

体を離した。

次の瞬間だった。


「キス、したら困る?」

両頬を両手で挟まれた俺はもう、田島から目を離せないように固定されていた。
また、はちみつみたいにとろり、溶けたような甘い眼差しだった。
俺を捕獲する、鋭い視線と、
甘やかしてから捕食する、その視線。

どちらの目にも俺が映されている事実を改めて思い知る。

もしかして
「田島くん、俺のこと好きなの?」

「え゙、今さら?」
田島くんが、びっくりしたような呆れたような顔をした。
「俺、お前に好きっていったやんな?」

「いつ?」

「え、…あれ、いつ?パンフレット作ってるとき?」

「やっぱりあれ、告白だったの?」

「うそやん。通じてないとかあるん?」

「いや、普通に俺に話題提供としてやってるのか、告白かどっちか分からなかった。内心めちゃめちゃ焦ってた」

「焦ってるんが分かったから通じたんかと思った。だって、若王子くん、俺のこと好きやんな?」

両頬をむにゅ、と押しつぶされる。
まさか内心焦っていたことまでバレてたなんて思わなかった。
一枚、二枚上をいくコイツにやられた。

「ふがふく!」
頬を押さえつけられたせいで、ちゃんと喋れなくて、
もちゃもちゃした喋り方になる。

「え?ムカつく?」


はは、と笑いながらその手を緩めてくれた。

「それでキスしたら、こまる?」