走り続けるたびにメイクが崩れる。汗が頬を伝う。

一般開放型の文化祭は学生だけの平常時よりも確実に人が多くなるから、この中にまぎれてしまった田島くんを本当に見つけられるんだろうかと不安がさらに足を動かした。

俺を呼び止めようとする女子たちの声が近づいては後方へ流れていく。

人気の少ない3階の校舎をつなぐ渡り廊下まで来て、両手を膝について息を整える。
普通科とスポーツ科が行き来できる通路。3階は屋根のない、柵だけがある渡り廊下だ。今は学生だけの控室になっているけど、田島くんはおろか、まだ誰も戻ってきてはいなかった。

「たじ、ま。たじま。かずき。」

息と一緒に出る名前は、ただの単音に過ぎなかった。顎を上げて、息を吸い込む。秋に近づく、少しだけオレンジのフィルターがかかった青空と入道雲が目に入った。
たった一ヶ月。されど一ヶ月。
それでもあいつは確実に俺の中にまでズカズカ踏み込んで、足跡を残して行った。

絶対、関わることないタイプの人間だと思っていた。
今でもまだ思っている。
でも、
相手がどう思おうが、俺は関わり続けたいと思えた人間でもあった。


ふと中庭に目をやる。

そこにはあの、大きなリュックサックを背負った、見慣れた背中がポツンとあった。

あれは絶対、田島 一輝だ。

直感だった。
俺より先に教室に来て準備してる、売店でジュースじゃんけんして、コーヒー飲めない俺をバカにする。

ずっと俺より前を行く。そんな奴の背中を忘れるはずなかった。
ここから走れるほどの体力はない。でも歩いていったら見失う。
ここから飛び降りる?
怪我なく、着地できる自信がない。


周りが知ってる正解が分からない。
間違っていてもしかたない。
でも、絶対に間違いになんかさせない。

「田島ー!!!!!」

めいいっぱい叫ぶ。
サッカーの試合以来の大声だった。
カラオケでも、マイクに頼って、かっこいい声で歌うことばかりに気が向いていたから、自分の声が、顎の骨を通って頭へ響く感覚を、忘れてしまっていた。

腹から声を出しても、喉も頑張るから痛い。
あと何でか目尻から涙も落ちた気がした。

びっくりしたのか勢いよくその人物が振り返る。

やっぱり田島くんだった。
ヘアセットそのままに、制服に着替えた彼はいつにまして、かっこよく見えた。
いや、ずっとかっこよかったのに。 

「バーーーーカ!!」

「は!?お前ここまできて、言う事それなん!?」

「何にも言わずに退学か転校か知らないけどさ!俺に何も言わないで明日から急に消えるとかバカすぎるわ!!」