『お前の中の俺が、
明るくて、ちょっとガサツで、空気読めないバカでいい奴でいるなら、それでいいわ』


意味の分からなかったあの言葉を、
今になってようやく理解した。

14時から撤収作業に入る。裏方に徹してくれていた女子に、俺のカツラとティアラを丸投げにする。

びっくりした顔で受け取る。普段の俺なら、一声か二声かけていくけど、
そんな事、どうでもよかった。

ドレスは長いから嫌いだ。シンデレラだってきっとこんな感じでもどかしかったのかもしれない。

「ごめんなさい!通して!」

人と人の隙間を切り分けて、息を上げながら大声を出すたび、気管が閉まる。
酸素が足りない。心臓が悲鳴を上げるように震える。

サッカーをやめてからしばらく経つ。走り方を覚えていても、体自身はついていかなかった。

でも、「そんなもんかよ」とあの時の一輝の、声変わりしてない時の声が、足を止めさせてくれなかった。

ワックスがまだ残る廊下は滑りやすくて、バレエシューズが擦れるたびに舌打ちをしたくなる。

俺は、どこに向かってるんだろう。

ずっと分からなかった。

みんなが王子様って言ってくるら、流されるまま王子様になったけど、本当にそうなのか分からなかった。ただ、広い海でクラゲとして生きているビニール袋だと、いつか気がついてしまうんじゃないかと怖かった。

今はちがう。
俺は自分自身として、田島 一輝に会いに行く。
田島 一輝が今の俺のゴールだと、信じたかった。


「えっ!?若王子さん!走ってどこ行くんすか?」

「あ!木本くん!?田島くんどこにいるか知らない!?」

あまりに血相を変えている俺を見て、木本くんはかなり驚いた顔をした。
そりゃさっきまで一緒にいた相方を、必死に探しているなんてなにか事件かと思うだろう。

「すみません!わかんないっす!部室とかでサボってるとか?いや一輝さんならありえない…。俺も見つけたら捕まえます!」

木本くんは、俺の両肩を下に押しつけた。
やっぱり運動部。力強くて、ちょっと痛い。

「肩で息してるっす。一回落ち着いて。息、吸ってー吐いてー吸ってー…」

彼が俺の目を見て、ゆっくり話した。彼の虹彩はひまわりみたいに花びらがあって、彼の瞳に吸い込まれそうな理由はこの綺麗な花なのかも、なんて気がつく。
彼のリズムに合わせて息を整える。中指でトントン、とゆっくりリズムを刻み続けながら話を続けた。

「これ、一輝さんがしてくれた、おまじないっす。

俺、あがり症だから。一輝さんがこのおまじないをしてくれると安心するんすよ。

大丈夫。一輝さんは、きっと近くにいます。
俺も、おまじないなしで頑張れるようにならなくちゃ」

パン、と肩を叩いた。現役選手の肩パンは痛い。

でも、その音は、俺を離さないようにしっかり掴んでくれている気がした。
「ありがとう、木本くん」

「ほら!ダッシュっす!」

もしかして、木本くんも、田島くんがいなくなることを薄々勘づいていたのかもしれない。