「…あ!お面買いたい!」

会場に着くと花火打ち上げ1時間前だった。
花火を観る場所とは別に屋台村のようなエリアにはたくさんの人がすし詰めになっていた。

その人の数に改めてうっ、と仰け反る。

毎年見ていたはずの風景なのに、何故か慣れることはなかった。

俺の右手首をパッと握り、引っ張る。
肩が抜けるかと思うくらいの勢いで、田島くんは人混みをかき分けて、お面屋まで駆け抜けた。


「…俺の分のお面かよ」

「それはそうよ。若王子くん、絶対ナンパされるし」

ハムスターのキャラクターのお面を嬉々として買った田島くんは、それを受け取るとそのまま俺の顔にはめた。

「田島くんもお面つけてくれるなら、これつけて回ってあげてもいいよ」

「おー、じゃあ、おじさん!キツネのやつください」

田島くんは、和風テイストのキツネのお面を買って、後頭部に着けた。

「…おい」

「つけてるもん」

「とんちをするなよ。一休さんじゃあるまいし」

「ハムスターが怒ってもなあ。あ、唐揚げたべよ」

また強く引き寄せられながら他の屋台にまで連れて行かれる。今度はちゃんと手をつないでいた。

汗ばむ掌。この汗がどっちのものかなんて分からなかった。

俺より節くれた指から伝わる圧力。

この手が俺の肩を引き止めたり、守ったり、階段の手すりを踊るように降りたりしていたんだ。

自分のものでないその指が、欲しかった。