「ほな、いこかー」

玄関を抜けて、先に、夕日を浴びるように背伸びをした田島くん。
彼が陽を浴びると影はもっと長くなった。
夕方といえども、夏は日が長いから、時間感覚がおかしくなる。
俺はまだ下駄履で、ローファーにつま先を詰め込んでいた。

革がだいぶ柔らかくなったローファーで、地面を蹴る。
つま先まで力が入りやすい。
そうか、夏休みに学校に来てるから、いつもよりローファーを履くから柔らかくなったのか。

心も少し柔らかくなった気がした。
それは田島くんが俺を振り回してくれるから。
遠心力をかけて、ブンブン振り回しているくれる。
でも手は離さないでいてくれるから、少し安心して、振り回される。


「え?どこへ」

「花火大会。電車は今ごろラッシュやろから、一駅歩こうぜ」

俺が横に並ぶまで待っていた彼は、リュックサックを背負い直した。

「俺、よく見える穴場知ってるよ」

「まじ?やっぱり元カノ情報?」

「…やっぱやめようかな。教えるの」

「あーん、うそうそ。ごめん。若王子くんと2人ならどこで見ても楽しいわ」


歩幅がほぼ同じだから、隣を歩いても置いていったり、置いていかれたりというストレスがない。


いつもは校門をくぐれば話すことなく別れるのに、今日は同じ向きに出ていった。

影が2つ、長く伸びる。

時々田島くんが身振り手振りで冗談を言うたびに、
腕の影が俺の影を貫通する。

いろんな姿に変えるその影は、見ていて飽きが来なかった。

「小学生とか幼稚園生のときに、夕方になったらさ、家に強制的に帰らなあかんやん」

「あー、分かるわ。公園とかで遊んでたら親迎えに来るやつね」

「俺、あれが割と好きやった。オカンが怒りながら迎えに来るやんか。『もうちょい遊びたい』とか言いながらも、
オカンが、迎えに来ると安心すんの。なんかわからんけど『ああ、俺、ここにおるわ』って思う。当たり前なんやけど」

「なんとなく分かるよ」

母親だけじゃない。彼女に、友達に、誰かに必要とされて『自分がここにいる』と実感する感覚。

普段は意識しないから、忘れてしまうけど、自分を形成するのは自分だけじゃなくて、周囲の人や環境も関係がある。

ドロドロと液体か気体みたいに流されながら生きるため俺を王子様にしてくれたのは周りの環境のおかげだった。

でもそれは俺だけの感覚ではないようだ。



「まじ?分かる?いや、この話したらマザコン?とか言われるからさ」

「田島くんがマザコンかどうかは知らないけど」