パタパタ、と足音が廊下からした。

「ごーめん、遅なった。…は?なんで、木本が仕事してんねん」

入口から田島くんの声がしたと思ったら直ぐ、トーンが低くなった。
俺に向けられていた声より力が抜けて、喉仏が低い場所に位置したままのように感じた。


「あ、一輝さん。お疲れさまっした。連絡も返さないから探しに来ましたよ」

やっぱり、木本くんのほうが俺よりも関係性を深めている事実を改めて知るのは、ちょっと悔しかった。
連絡先、知ってるんだ。
それはそうだ。部活の先輩後輩なんだから。
モヤモヤとしたのを笑顔でまた隠した。
田島くんと目が合う。

少し、動揺したのか、いつも俺を射止める黒目は揺れて、すぐに反らされた。木本くんは悪びれる様子もなく、作業を手伝ってくれた。

「いや、スマホ調子悪かったんや。返してなくてごめん。てか練習は?」

「今日、ウェイトルームから水漏れがあって、使用中止になりました。午後は自主トレなんで、…若王子さんにモテの秘訣聞いてました」

「こら、若王子くんで遊ぶな。サボんな」

「いやいや遊ばれてないから」

「若王子くん、こいつから俺についていらんこと聞いてない?」

「はー、一輝さんの嫌いな食べ物はパクチー。今、イランコト言いました。それ以外は何も言ってないっす」


「うん。木本くんは何も言ってない」

木本くんは、やれやれ、と大袈裟に肩を竦めた。

「ほならええ。じゃあ木本、自主練しろよ」

教室から木本くんを押し出そうとする

えー、と渋々立ち上がり、
「若王子さん、少ししか手伝えなくてすみません。またモテる秘訣、教えてください…アデッ」

田島くんが木本くんの頭をしばいた。

「一輝さんも、部活、早く来てくださいね!」

名残惜しそうに退場していく木本くんは最後まで、俺たちに手を振り続けた。

田島くんは、シッシッと追い払う仕草をしながらも、大切なものを見つめるような、そんな顔をしていた。


「木本くん、可愛いね」

「アレが?…まあ俺が手間暇かけて育てたからな」


「ちゃんと先輩、してるんだなって思ったよ」

「まあね」

田島くんは、少し何かを噛み締めて、また席に着いた。

田島くんの中で何か感情が動いたのがわかったけどやっぱり何の感情なのかは分からなくて。

それを知る権利も、環境も、今の俺には与えられていない気がしたからそれ以上は何も言わなかった。