「えー、なになに?カラオケいくん?俺も行きたーい」

俺よりも先に答えたのは、
リュックを背負ったまま、女子の輪に割り込んできた田島くんだった。

今年から同じクラスになった彼は、誰とでも話す、気さくな、声が大きい脳天気な奴だと思っていた。

クラスの中心人物とまではいかなくても、彼が話すと、そこに勝手に耳がチャンネルを合わせそうになる。
内容はわからなくても何故か聞きやすいのか、
いつもこの空間のどこかには彼がいる、と認識してしまう。そんな人だった。

でもそれ以上は知らない。俺自身とは話をしたことない。
教室という一つの箱の中でも、

俺は東側、教室出口近くのエリア。
田島くんは西側、窓ガラスから校庭がよく見えるエリア。
俺は女の子にずっと囲まれてへらへら笑ってて、
田島くんはずっと男に囲まれて、けらけら笑っていた。口を大きく開けて笑うたびに日に焼けた肌に白い歯が浮いているように見えた。


「えぇ〜、田島には言ってないよ〜」
冗談めかしていう女の子の目は、本気だった。邪魔が入ったとばかり言わない。
「えぇ〜…てか、話変えてごめんやけど。
桜井さんが座ってるそこ、俺の席やねん。変わってくれへん?」

カラオケに誘ってくれた女の子が座っている椅子を指さす。

「え、まだHR始まらないよ。あと5分もあるじゃん」

「それまで俺が棒立ちでおらなあかんの?俺の足の力に期待しすぎやで〜」

大袈裟に嘆くような素振りを見せると他の被害者の男子たち(西側、田島エリアに追いやられている)がこちらをチラチラと見る。

いつも彼らのことを気にしていないわけではなかった。
入学してから俺に寄ってくる女の子たち。
大体が着飾ったり、おしゃれな子ばかりで気も強いからなのか彼らが気を遣って俺の周りの席を空けるようになった。
きっと自分の席で自習したい人もいただろう。
俺までいたたまれなくなって、少しお辞儀をした。
彼らはすぐ、目線をそらす。
ああ、また俺はこうやって男の人と関わる機会がなくなっていくのだろう。
ハブられているとか、いじめられているとかでもない。
ただ、話すタイミングとか、いろんなことが重なって先に避けられるとか、俺が原因で、男友達(になれる可能性がある人たち)との距離が遠ざかっていくのを肌で感じていた。

「分かった分かった!席取っちゃっててごめんなさい」

諦めた女子が椅子をすぐに彼に返す。彼の席は俺の真横だった。

「分かってくれてありがとう!助かるわ!」

彼が大声(というか地声がデカい)で言うと、俺の周りにいた女子たちも気まずそうに自分の席に帰っていった。
どさくさにまぎれて、カラオケに行かなくて済んだ俺は、一息ついた。