「お前が綺麗なの、見た目だけじゃないよ。中身ないとか言いながら相手に合わせてあげられる柔軟性があるやん。
この前、親がこっちに来たんやけど。その時水族館つれていかれてん。そこにいたクラゲがさ、いろんなライト当てられてたん。青とか紫とか。ただ色がちゃうだけやのに、すごい別の種類みたいにみえた。

ああ、若王子くんみたい、って思いながら見てた」

「びっくりした」

「なんで」

「また喧嘩売られたのかと思った」

「ふはっ、俺が圧勝する喧嘩とか無駄やん」

手を一切止めず、俺を見る事なくずっと机に向かい続けた。
田島が今どんな顔しているか、知らない。
俺もどんな顔してるのか分からない。
笑ってるんだろうか、困ってるんだろうか。

「だから、自分の中身を空っぽとか否定しすぎんな。結局、流される、相手に委ねる、空気に流されるって答えを自分で選んでるんやから、中身ないわけじゃないと思うねんな。」

ふと、田島くんの手が止まった。
俺に目を向ける、なんてことはなくて、
ずっと机に目線を向けたままだった。
蛍光灯が付いてなくても、夏の日差しが差しこむ教室は、明るい。
冷房のブーン、という音と、野球部の掛け声が聞こえた。
夏休みだ。

夏休みじゃないと、クラスメイトの、西と東で分かれて生息している田島くんと、こんな話なんかしない。できない。

「それに、クラゲじゃないけど、人から見られる姿って自分が思っているのと違うねん。

俺は赤やけど若王子くんから見たら俺は青かもしれん。
先生から見たら黄緑かもしれん。
意外とみんなそんなもんちゃうか?

みんな自分の中身を客観的に見て、それが主観と一致してるかなんて考えれてないわ」

「達観してるな」

「若王子くん、君はまだ
モラトリアム期なんやからいっぱい悩んだほうがええで。自分の悩みってすごいデカくて特殊やと思うやろ。意外と普遍的でありふれたものやったりすんねん」

「モラトリアム期、ねぇ。それは田島くんもでしょ」

「実は俺、人生2回目やからモラトリアムとかないねん。

やりたいことはやる。もし俺がお前なら、めちゃめちゃモテまくって表舞台に出まくって億万長者になる。お前は今モテまくっての部分は達成してるな」

よくわからない冗談を言いながらも手を止めない。
やっと俺を見た田島くんは、やっぱり口元を大きく開けて笑っていた。犬歯が鋭かった。

「野心がすごいね…」

「せやろ。俺はやりたいことはやり切るねん。最後まで」

「やりたいことがある、っていいよね」

「あ、じゃあめちゃめちゃモテまくって表舞台に出る案、あげるわ」

「いらね」

ふはは、と笑い合う二人だけの教室。

絶対、田島くんと、話すことなんかないまま進級するんだろうなとばかり思っていた。
半ば流されるように決まった文化祭実行委員。

終わりのみえない準備地獄。

数年後、「くだらない」と笑って話したい思い出になっていて欲しい。

「あのさ、田島くん。連絡先―――」
俺の声をかき消すように、教室の引き戸がガラガラと開く音がして、2人で振り返る。

「お、お前らお疲れ〜。夏休みも精が出るな」
普段よりもずっとラフな格好(Tシャツとハーフパンツ)で、俺等を実行委員に任命した担任が邪魔に入ってきた。

せっかく、連絡先を聞こうとしたのに。
ドキドキとした胸が、まだ走っている。
今までは女の子から連絡先を聞いてくれていて、俺から聞くのは初めてだったのに。


「田島、ちょっと職員室来てくれないか?」

「えー、作業中ー!」

「すぐすぐ!すぐ終わる!あとお前、この間の小論文模試寝たな!試験監督の先生に俺が怒られたんだからな!!」

田島くんが俺に、両手を合わせて去った。

しん、と静まり返った教室に俺しかいない。

するする、と紙が擦れる音が、また耳に返った。

のも一瞬だった。